第7話 第4師団

「ア、アングレカム聖騎士団」

ポカンとした様子のスイセンがどうにか言葉を放つ。


「お、どうやら俺たちの名前は知ってるみたいだな」

団長と呼ばれる男が笑いかける。


「助けが遅れてすまない。怖かっただろう。」

凛々しい顔つきの女性聖騎士は心配そうな顔つきでこちらを見る。


「ところで諸君、この大層な結界をはっているそこの......ん?それは刀か?眩しくてよく見えんが......あの持ち主はご存じかな?」

団長とやらに劣らない体躯の男性聖騎士は、僕らを見渡し、手を挙げた僕に目を合わせる。


「驚いた。まだ10代半ばの少年がこの規模の結界系の剣能を?」

彼らは少し目配せしたが、僕らには笑顔を見せる。

団長は僕らに歩み寄るとそっと結界に手を当てる。


「ふむふむ、人も魔族も通さない結界か。いずれにしろ素晴らしい才能だな坊主!」

団長とやらが眩しい笑顔を向ける。


言い終わらないうちに僕の愛刀がまぶしく光って消えていく。

同時に結界半球の上部から空に向かって粒子が舞い散り、消失する。


「がはははは」

団長が急に笑い出す


「いやはやすまない。これ程の時間結界を維持して保っていただけ上出来と言えよう。こんな山中に結界術の剣能使い......それも今時珍しい刀使いとはな」

騎士団の中でも刀は珍しいのか。僕は思わず足をすくめる。

誇りは持っていても、憧れの聖騎士にまでバカにされちゃたまったもんじゃない。


「団長、怯えてます。もっと立場を弁えるように常に言っているでしょう。あなた外見も怖いんですから」

女性聖騎士が団長をなだめる。


「ごめんね、少年。別にあなたを笑った訳じゃないのよ。そもそも団長自身が刀使いですから」


「え?」

思わず呆けた僕を他所に、子供達が群がる


「ユリ以外に刀使う人いるの!?」

「すっごぉい。おじちゃん見して見して」

興味津々な皆をなんとかなだめる。


「申し遅れた、我らアングレカム聖騎士団、第4師団’’卯月’’。シナノの修道女メリア様の救援要請を受け君達を保護する。」


「「「第4師団卯月!?」」」

目を覚ましたばかりのツバキを含めた僕ら4人が驚く。

近場の駐屯兵ではない。王国最強戦力の12部隊の一角。それも王国内でもっとも自由に活動可能な遊撃隊の名前だ。


第4師団卯月となると、あの団長と呼ばれた男は間違いなくこの国で13人しかいない1級剣能使いの1人......

そんな人が刀使いだなんて。


深刻な状況にも関わらず少しだけ前向きになれた僕はきっと傲慢なのかもしれない。


「ってツバキ! 動いて大丈夫?」

フリージアがツバキの肩を支える。


「なんとかね......ありがとうフリージア。みんな」


「おいおいお嬢ちゃん結構な怪我してるじゃないか。アキ、怪我診てやってくれ」

団長が心配そうにツバキを見つめる。


「このくらいなら治りそうね」

先ほどアキと呼ばれた女性聖騎士がツバキの傷口を診る。そして自分の剣を前にあたたかな金色のオーラを出したかと思うとあっという間に傷口をふさいでしまった。


なんだ今のは......治療系の剣能なんてあるのか?


「メリアさんが助けを呼んでくれてたんだね」

ホッとするフリージアにスイセンが首を傾げる


「......いやそれにしても救援が来るのが早すぎる。そもそも何故こうなると分かってたのに僕らを外に出した? なぜメリアさんもアセビさんも僕らとは一緒に来ないのに、王都にいる聖騎士団まで呼び寄せた?」

落ち着きを取り戻し、独り言のように呟くスイセンだが、的を射ている。


確かに母さんが僕らを危険な目に晒すとも考えにくいし、なぜこんな辺境の地にアングラカム聖王国12席の1人がわざわざ動いたんだ......?


考えれば考えるほど分からなくなる。

混乱する僕らに団長が声をかける。


「何を言っている? 救援要請を受けたのは半日前だぞ。王都から急いで早馬を飛ばしてきたのだ。君たちが無事でよかった。ところでメリア様はどこだ? 見当たらないようだが」

男の目は至って真剣で、先ほどとは違う誠実さがある。


「......メリアさんはまだ修道院にいるよ。僕らだけが山を降りてたんだけど、途中で魔族に襲われたんだ」

まだ顔色が優れないスイセンは丁寧に説明したが、団長の顔は途端に曇る。


「遅かったか......」

口惜しそうな声と共に、彼は部下達に指示を出した。


「団長命令だ。この子達を無事カイの修道院まで送り届けろ。俺はメリア様の元へ向かう」


「「「はっ」」」

部下達が一斉に答える。


「さっきから母さんを様付けしてるけど、聖騎士様は母さんと知り合いなの?」

ずっと気になっていた僕の一言に、なぜか場が凍りつく。


「い、今なんと?」

今にも走り出しそうだった団長は、振り返って焦った表情を見せる


「え、いやだからなんでメリア『様』なのかなって」


「違う! その前だ!」

団長が僕を揺さぶる


「え、だから母さんが」

言い切らないうちに団長が遮る


「なんと......メリア様に息子がいたのか!?」

第4師団卯月の面々がざわつく。

え、母さんに子供がいることってそんな驚愕することなのか。


「なるほど......通りで結界を使えるわけか......となるとさっきの刀は......」


「これは思わぬ収穫だったな」

不思議と彼らは希望に満ちた目で僕を見てくる。

いや僕は母さんほど強くないし、剣能だってまだ自由に使え......

といいかけたところでふと気付く


「な、なんで母さんが結界を使えることを知ってるの!?」

母さんは僕らにも素性を隠していたのに。そう言いたかったのだが、団長は意思を汲み取ってくれたようで


「驚くことばかりだが、君の質問にはまた後で答えよう。今は迫り来る大災厄とメリア様の保護が優先だ」

団長の言うことは正しい。会話に没頭せずに冷静に状況判断できるあたり武人としてだけでなく切れ者のようだ。


しかし先ほどのスイセンの疑問が、僕の心に刺さったまま不安を拭いきれない。何か嫌な予感がする。


キィィィィィィン


突然耳を劈く高音が鳴り響く。


「な、なに? 今度はなんなの?」

子供達が不安気に周囲を見渡す。


今のは...山頂の修道院?

僕が視線を向けたときには、山頂から山全体を覆うように半径数 kmはある黄金の結界が広がる。僕のとは比べものにならない大きさ、速度で、金色の結界が構成されていく。


「これが母さんの結界....」

過去に一度だけ目にした母さんの結界。僕は一度使っただけが、この規模がいかに困難なことかヒシヒシと伝わってくる。


僕らの目の前まで広がった結界は、そこで広がるのをやめた。


「よし、メリア様の作ってくれた結界に入れば街まで行かなくとも安心というわけか!」

そういった聖騎士が結界に触れた途端、青ざめる。


「だ、団長......確か以前、高度な結界使いは、任意の対象を遮断できると仰いましたね」


「あぁ。さすがにそんな芸当が可能なのは王国内ではメリア様くらいだろうがな」

団長が戸惑いながら答える。すると若い男性聖騎士は続けて、震えた声で絞り出す


「この結界は......どうやら我々が遮断されるようです」


「なっ」

すかさず団長が突っ込むが、結界に弾かれる。


「なぜメリアさんはこんな仕様の結界を......?」

スイセンが再び頭を悩ます。


人を通さないとすると、逆に魔族を通す結界ということになる。僕らを遠ざけて魔族を中に閉じ込める..,...? なんのために? 答えなんて分かりきっているじゃないか


「......これは中じゃなくて外を護る結界だと思います」

僕は全くといっていいほど根拠のないことを言った。しかし、僕の全身の細胞が、母さんと過ごした日々が、そうだと言って聞かないのだ。


「どういうことだい?」

優しそうな聖騎士様が聞いてくる。


「ほんとに勘というか、根拠はないんですけど。でも。母さんはいつだって僕らの斜め上のことをするんです」

第4師団卯月の面々は、僕を真っ直ぐ見つめる。

こんな子供の戯言を間に受ける必要なんてないだろうに、きっとこの人達は誠実なのだろう。そう思わせる瞳だった。


「分かった。そうなるともはや突破は諦めるしかない。メリナ様が結界を張る必要がある『何か』が起ころうとしているわけだ」

団長は重々しい物言いで言った。


「総員! これよりカイまで全速力で撤退する。子供達を守りながら全速力でこの場を離れろ!」


「「「はっ」」」

卯月の面々と共に僕達は再び商業都市カイへと走り出す。


強気な言葉とは裏腹に、頬は涙で濡れ、聖騎士団に抱えられた子供達からも啜り泣く声が聞こえてくる。


あの結界は僕らを内側に閉じ込めて、外側から護るものではなかった。

それはすなわち、時に結界を意味する。

団長の言うことが本当なら何が起ころうとしているのか。

大丈夫。きっと母さんなら何事もなかったようにまた笑って迎えてくれるはず。信じろ。ううん、信じてるよ母さん。無事でいてくれ。


涙を堪えて上を見上げる。

降り積もる雪の中、水面下で既に事は起き始めていた。




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