43.逃げない理由

 俺達は、痛む身体を引きずりながら、多くの依頼を手分けしてこなしていく。ほとんどは肉体労働の依頼だ。手紙や物品の配達、指定地での簡単な採取作業等、時間の限られた作業は無かったが、朝から晩まであちこちを走り回される。


 傷む身体を時には治療院で直してもらいながら、俺達は何日もそんな生活を耐える。痛みでろくに眠れない日を過ごしながら、時間が過ぎるのをただただ待つ。


 仕事を沢山こなしている割には単価のいい仕事でないせいか、相変わらずギリギリの生活。途中でどちらかが体調を崩す時はあったが、そういう時は片方がカバーするしかない。時には夜遅くに帰って来てベッドに倒れ込むような日もあったが、けたたましくベルを鳴らす目覚まし時計のような魔具を抱えながら眠って耐えた。


 不思議とそんな生活も1カ月近くも続ければ慣れて来るもので、しごきに対する耐性がついたというか、体が楽になり始めた頃。相変わらず攻撃の軌道を見切ったりは出来ないが、数度に一度、予測して避けることが出来るようになった。革っぽい材質の鞭を首の皮一枚で躱すことに成功し、俺は笑みを浮かばせようとした。だがそこで容赦ない叱責と共に鞭の乱打が飛ぶ。


「一度躱したくらいで気を抜いてるんじゃないよ!」

「……がっ! ってぇ……」


 額をしたたかに打ち据えられ、血の筋が一筋流れる。珍しくその日は彼女の表情に苛立ちが見られた。


 俺達は庭の端と端で、真ん中にいるロージーを挟むようにしているから、対面にはリッテが、汗を垂らしながら必死で攻撃を躱しているのが見える。まるで一人でダンスでもしているかのようだ。驚くことに半分位は鞭の攻撃から逃れることが出来ていた。目がいいのと、敏捷性の高さのせいだろうか。それに時折、彼女の体の周りで何かが光るような……気のせいか?


 差を付けられて少し悔しく思うが、思考を続けられるのはそこまでで、またロージーの攻撃にさらされ始め、俺は少しでも被撃を減らすことに集中した。




「もういい……」


 それからまた数日経ったある時、ふいにロージーが動きを止めた。絞り出すような声と共に……。


「……え?」


 傷を負わない彼女と、ボロボロの俺達。けれど、その表情は入れ替わったように対照的で……今苦痛に呻いているのは彼女の方だ。


「うんざりだって言うんだよ……あんたらだってこれが意味のない理不尽な暴力だってわかるだろうが! なぜ辞めようとしない? 頭がいかれてんのか?」


 彼女は俺達を睨みつけると、足元の地面を鞭で殴りつける。足元の土が爆ぜて空中に舞った。だが、そんな威嚇にもリッテは身じろぎもせずに、彼女とまっすぐ向き合う。


「……最初はあたしだって、ただあなたが目障りなあたし達を遠ざけようと、無茶なことをさせて自分の苦汁を紛らわせようとしているんだと思ったよ。でもそれだけじゃここまで、続けられないと思うんだ。現にあたし、今、どんどん成長してるのを感じる。限界だって決めつけてたとこから、もう少ししたら抜け出せそうな気がしてる。ジロー君だってそうでしょ?」

「……結果だけ見れば、確かにな」


 俺は彼女ほど前向きにはなれなかったが、鍛えられたのは事実だ。少々の傷では怯まない自信が出来たし、一日中でも走り回っていられる位の体力も付いた。自分ではここまで追い込むことは出来ないだろう。それに、これだけ殴られて後に残るような傷は殆ど無い。手加減してくれているのは間違いようが無かった。


「だからお願い、止めないで続けて。どの道あたし達、いつまでもここにはいられない。どうせなら、やれるだけやってよ! そしたらあたし達、誰一人仲間を失うことなく、ここまで帰って来るって約束するから! あなたが鍛えてくれたから生き残れたんだって……。あなた達に、ありがとうって言いに来るから」


 顔を歪めるロージーは、決して目を逸らそうとしないリッテに静かに問いかける。


「……どうしてあんたは、失うことを怖れずにいられる? どんなに足搔いたって勝ち目のない敵が、必ずどこかで立ちはだかるってわかっていて、それでも逃げ出そうとしないのは何故なんだ?」

「……怖く無い訳じゃない。でもここで逃げ出したら、ずっとずっと先、踏みとどまれなかった自分に絶対後悔するから。前に言った通り、下を向いて生きたくないの。誰かに必要とされる自分だって、胸を張って生きていきたい。だから、逃げないよあたし。あなたの大切だった人達みたいに」


 そう言ってリッテは晴れやかな笑みを見せた。それを見たロージーは目頭に指をあてたが、やがて目からじわりと涙が滲み出て、一筋頬を伝う。


「あんたらみたいなのは、いつも人の気も知らないで無茶をしてさ……気が付いたら一番危険な所に自分達だけで行きやがって。あの子達もそうだった……こうして残される人間の気持ちにもなれっていうんだ……」


 ロージーはしばらく顔を押さえたまま、涙をこらえていた。その弱々しい姿にリッテは手を伸ばしかけたが、躊躇われるものがあったのか……胸にゆっくりと引き寄せる。


 やがてロージーは息を整えて、僅かに赤みのさした目を開けるとリッテの顔をがっと挟み込む。


「ふえっ……何!?」

「……約束しな。あんたは絶対に仲間を置いて死地に赴くような真似はするな。意思決定はなるべくそっちの坊やに任せるんだ。それを守るなら、あんた達がここにいる間、あたしが知ってる限りのことを教える。それができるか?」

「……う、うん。あたし元々考えるのには向いてないし……」

「そっちの坊やも、肝に銘じるんだ。でないと、あたしと同じ思いをすることになる。戦闘は他に任せてでも、生き残る道を探せ。この嬢ちゃんを死なせたくなかったらね」

「無理つっても駄目なんだよな。……やるしかないか。わかったよ」


 こうして俺達は正式にロージーに教えを乞うことになった。ディジィに続き彼女まで重荷を背負わせるようなことを言われ、ずんと肩が重くなった気がするけど、自分の役割を与えられたのは少し嬉しくもある。


 身体を回復する為に数日間の休みを言い渡された俺達だが、ほっとしたのも束の間、脳内に響く不穏な声と共に、俺は新たなる問題に直面することになる。 

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