サキュバスと世界最強のダンジョン ~淫魔と快適ダンジョンを創造しませんか?~

満地 環

第1話 出会い

 

 世界最強のダンジョン『ラプラスの悪魔』



 魔物が聞けば居住を羨み、冒険者が聞けば攻略を切望する。

 誰もが憧れるダンジョンをご存知だろうか?


 今では知らぬ者などいないと言われるほど有名なダンジョンである。

 では、そんな有名なダンジョンはどうやって出来たのだろう。


 それは一人の【アークデーモン】と一人の

【サキュバス】のちょっとした 【トラブル】 

から始まった。



 ◇



禍々しく、二本の角に真紅の双眸。

 黒を帯びた細く長い尻尾は、この世界でも最上位種の魔物【アークデーモン】の特徴だ。


 アークデーモンは豊富な魔法、膨大な魔力、魅力的なスキルを持ち合わせ、ダンジョンでは魔王の間の門番に抜擢されるほどの活躍が見込まれる種族だ。


 ダンジョンと言うのは、魔王が魔物たちと暮らす居住区である。魔物にとって天敵である人族の冒険者から身を守るために防衛力に配慮されているのだが、昨今では、その防衛力に挑戦したいという冒険者や魔王が貯めこんだ財宝か奪うために出入りする冒険者が増えてきた。

 より一層の防衛力の強化を考えたS級ダンジョン『臥竜洞窟』の魔王東洋龍は、一年前から武闘派の魔物の雇用を開始した。


 イツキ・ディアボロは一年前の第一次募集の際雇われたアークデーモンであった。


 ・最上位種のアークデーモンである。

 ・魔物には珍しい『真名』持ちである。

 ・昔、S級ダンジョンの最高峰『ラプラスの悪魔』を創ったディアボロ一族の末裔である。


 これらの理由から、面接で合格をいただいたのだが、


「はい、というわけで今日で貴様はクビだ。お疲れだったな」


 入社して一年。

 人事部の中級魔物【リザードマン】から解雇通告が下った。


「なんでですか!言われた事はしっかりやってきたと思います!」

「しっかり?魔法は使えない、戦闘はまるっきし、スキルは無し。それでしっかりやってきたと言えるか?」


 【アークデーモン】は最上位種の強力な悪魔だ。

 ただ、例外があった。このイツキ・ディアボロは栄華を誇ったディアボロの末裔でありながら、とても弱かったのだった。


 ・魔法が使えない。

 ・戦闘は中級魔物にも後れを取る。

 ・低級魔物でも最低一つは持つはずのスキルが確認されていない。


 真名持ちでありながらこの体たらく。

 因みに、真名とは限られた魔王より魔物に与えることができる名前である。イツキは小さいころに『ラプラスの悪魔』の最後の魔王であった祖父より名付けて貰った。祖父は固有スキル【名付者】 ネームメ-カー を持っていた。

 真名を持つ魔物は強力な力を得る。祖父の配下で真名持ちはとても強い人ばかりであった。


「待ってください!いきなりとか無しですよ!チャンスを下さい。必ず、結果を残して見せます」

「はぁ……、魔王様は少し様子を見るようにって言ってたが」

「それでは!」

「だがな、他の魔物たちが黙ってないんだよ。使えない悪魔のお守りは面倒だってな。それにお前の給料高いだろ?反感多いんだよ。手遅れだ、クビ!」

「そんな……」


 人事部のリザードマンはそういうと、イツキの私物の詰まった袋を雑に投げつけてきた。


「雇って失敗だったよ、無能悪魔。同じ最上位種のサキュバスの方が何倍もマシだな」


 わざわざ嫌味を吐いてくる。

 イツキにはそれに暴力で答えることができたが、戦闘になれば負ける。

 相手も勝てる相手と分かって言ってきているのだ。

 

 イツキは唇を噛み締める。

 ただ、反抗もできず哀れにもクビを受け入れるしかなかった。


 



「はぁ……。どうしよ」


 外にも魔物の居住区がある。

 それは、人族との交流に成功した魔物たちが人族の保護の下に発展しているのだ。


『臥竜洞窟』を追い出されたイツキは人族との交流に成功した『スライムさんの村』にいた。


 手に持つ金貨袋を覗く。

 皮肉なことにお金はあった。

 アークデーモンという設定された高額な給与と山奥のダンジョンであったためお金を使うほどの娯楽がなかった。


 明日明後日で飢え死ぬことは無い。

 ただ、失業というものは魔物の身であってもショックであった。


「おじいちゃん……」


 右手の指に嵌められた指輪を見る。

 ディアブロの家紋が彫られた指輪はイツキが小さいころに祖父から授かったものだ。

 『ラプラスの悪魔』を解体するときに、もう必要ないからと授かった指輪をイツキは形見のように大切にしていた。

 ダンジョンの宝物庫にあった指輪だったらしいが、その効果は詳しく教えてはくれなかった。


 ただ、身を守ってくれるお守りでなるよと言われていたから肌身離さず装備しているのだ。


「それにしても、魔物が多いなぁ……」


 まるでお祭りでも催されているのかと見間違うほど『スライムさんの村』は賑わっていた。

 幌馬車が二台、悠々と対向できるほど広い街道には魔物と人族がごった返していた。


「おい、聞いたか?この村、サキュバスが出るんだって」

「なに?なんて羨ま……けしからん村だ!」

「なんでも固有スキル【魅了】を使って金銭を騙し取るらしいぜ」

「なんかやる事がみみっちいな……」


 人族の会話が聞こえてくる。


【サキュバス】とは、固有スキル【魅了】や状態異常の魔法を得意とする最上位種の魔物である。

 敵を翻弄する戦い方を得意とする種族で、ダンジョンではサポーターとして頼もしい味方になる。

 その人気は高く、面接ではアークデーモン並みの合格率をもつ。


(サキュバスかぁ……。関わったら面倒臭そうだな)


 イツキは人族の会話を後目にそそくさとその場を立ち去る。

 取り敢えず、今日泊まるところを探そう。

 そして外食に出よう。

 嫌なことがあったら、美味しいものを食べてぐっすり寝よう。


 そう思ったとき。


「ねぇ、そこのおにーさん」


 イツキは銀鈴のような澄んだ声に呼び止められた。

 振り返ってみると、自分と同じ二本の角と赤い双眸を持つ少女が立っていた。

 悪魔には珍しい金髪で尻尾は二本伸びており、その先端はハート型に膨れていた。


 そして、不思議に思った。


 その少女には漆黒の翼があった。

 【アークデーモン】には無い品物である。

 それは、その少女が先程、人族が噂していたサキュバスであるイツキは思った。


「わぁっ!!」


 我ながら情けない声を漏らした。


「おにーさん、お金無い?私、お腹減っちゃってー」


 絵に描いたようなカツアゲである。

 

「お金なんて持って無いですよ」

「へぇ~、ちょっとジャンプしてみてよ」


 テンプレのような使い古された言葉にイツキは眉を顰める。


「それじゃ、仕方ないわね」


 サキュバスそういうと、イツキの頬に触れた。

 魔物の中でも美人の多いサキュバスは【魅了】を使わなくても、十分魅力的である。

 特に金髪という珍しい彼女は、他のサキュバスより特別に感じられた。

 

 彼女は息を吹きかけてきた。

 霧のような光る小さな粒子がイツキを包む。

 それはサキュバスが得意とする魔法【麻痺の霧】であった。


 イツキは咳き込んだ。

 それはサキュバスの息が臭かったからでは決して無い。

 むしろ、とてもいい匂いがした。

 【麻痺の霧】を吸い込んでしまい、生理現象で咳き込んだのだ。


 霧を払いうように手を振っていると、サキュバスはこちらに目を眇めた。


「どういうこと?なんで動いているの……?」


 【麻痺の霧】を吸えば体が痺れて動けなくなる。

 そうなってしまえばあとは金貨袋や金目になりそうな装備を簡単に奪える。

 それが、このサキュバスの上等手段であった。

 しかし、イツキは今も霧を掃おうと大きな動作をとっていた。


「おかしい。状態回復を即時に使った?そんな動作は……」


 このままでは逃げられる。

 手口が知られ、しかも逃げられてしまうなどサキュバスのプライドに傷がつく。

 サキュバスは最終手段にでることにした。

 

 【魅了】の呪いはそう簡単に解けない。

 解くには特殊なスキルが必要だ。

 日銭のため、プライドのため、サキュバスは容赦する気は無かった。


 深い真紅の双眸はみるみる金色に輝きだす。

 固有スキル【魅了】が発動したサインであった。


「ねぇ、おにーさん……」

 

 未だに霧を掃うイツキに声を掛け、目を合わせる。

 二人の視線が甘く絡む。

 彼女の宝玉のような瞳が自分の網膜に焼き付く。

 時間が止まり、周りが透明になったような感覚だ。

 

 ――――ただそれだけであった。


 イツキを襲った感覚はそれだけであった。

 変わったのは少しだけ、祖父から受け継いだ指輪が光っただけである。


(さっきから、このサキュバスは俺に何をしてきているんだ?)


 彼女がいろいろ仕掛けてきているは分かる。

 ただ、煙たい粉を吹き付けられたくらいであとは目が光るくらい……。

 イツキはサキュバスの次の動きを窺うことにした。


 すると、彼女の凛とした瞳が呆けた様に変わり、次の瞬間、力なくへたり込んだ。

 それにはイツキも驚いた。

 そして、彼女の息は荒く、白い肌が赤く染まっている。

 様子がおかしい。

 

「大丈夫……?」

 

 だまし討ちをするための演技の可能性もある。

 最大限の警戒をして彼女に近づく。

 それは、腰の引けた、とても情けない姿なのだが気にしないでおく。


 支えを失った人形のような彼女に恐る恐る手を伸ばす。

 それは初めて犬を触るように慎重なものであったが、その手を彼女は力弱く弾いた。

 

「……触らないで」


 カツアゲされていたのはイツキのはずだ。

 しかし、今の状況はまるで、イツキがサキュバスを襲っているような状況であった。


 サキュバスの心は混乱していた。

 何度も自問自答して、その混乱を解こうと必死であった。

 考えれば考えるほど、訳がわからなくなる。


 サキュバスは涙を滲ませる。……苦しい。この胸を締め付けられる感覚を知らない。

 これがアークデーモンからの何かしらの攻撃であるなら、とても強力な技だと感心せざるを得ない。

 おそらく状態異常にかかっているはずだ。

 

 なぜなら、おかしいのだ。


「なんで……」




 ――――この人に魅了されているの?

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