7.四月二十九日 午前六時
【四月二十九日 午前六時】
初めての時間
「〝特異点〟の正確な範囲を知りたいな。寧くん、いい方法はない?」
「それくらいなら、簡単だ」
ツツジの塀に座った寧は、通学鞄から先日返却された小テストを取り出した。答案用紙を細かく千切り、桜に灰を
水色と
「午前六時。前回の行き先は〝未来〟だから、今回は〝過去〟のはず」
〝特異点〟の力は、推測通りに発動した。破いた答案用紙の一部が、クッキー生地を型でくり抜くように消失する。桜の枝葉の真下、直径二メートルほどの円形の範囲だけ、煉瓦タイルが露わになった。
「すごい、本当に判っちゃった!」
頬を上気させた桂衣の隣で、寧は頬を引き攣らせた。――奈落への入り口のように浮き彫りになった〝特異点〟は、あの死体がぴったり収まるサイズだった。
例えば、人間の他殺体を、人知れずこの落とし穴に投げ入れたら、死体もトリックも見つけられない、完全犯罪の出来上がりだ。復讐だって、容易だろう。
暴かなくていい謎を、白日の下に晒してしまった。宮原苑華の救世主になり得る〝特異点〟が別の顔を見せたことが、寧に恐れを抱かせた。そして、足元に残った答案用紙を見下ろすうちに、もう一つの事実に気づき、愕然とする。
――あの時から、この結末は決まっていたのだ。
「この調子で〝特異点〟を把握すれば、苑華ちゃんを助けられるよね」
「……たぶん、もう無理だ」
「え?」
山の涼やかな風が、二人の制服を撫でていく。もう、寧には分かってしまった。桂衣の願いは、叶わない。
「俺たちがここで会った、始業式の四月八日に……〝特異点〟のそばに、この答案用紙が落ちてた。俺たちが今、〝過去〟に送った切れ端だ」
「分からないよ。もう無理って何? 切れ端と苑華ちゃんに、何の関係があるの?」
桂衣が、縋るような笑みを浮かべた。哀切の表情と向き合うだけで、寧の胸も激しく痛んだ。〝過去〟で真剣に走った時のように、他人の悲しみにここまで心を
「〝過去〟に
「嘘だよ」
「嘘じゃない。俺たちが〝特異点〟を調べ始めてから結構たつのに、三週間を超える時間遡行の例は、一度もないんだ」
「嘘、そんなの、嘘だよ!」
桂衣が、頭を振った。寧だって、こんな仮説は嘘にしたい。だが、嘘を信じ続けていても、宮原苑華は帰ってこない。桂衣だって、本当は分かっているはずなのだ。
「〝特異点〟の『風向き』は、〝過去〟よりも〝未来〟のほうに強く向いているのかもしれない。この桜とツツジだって、〝特異点〟の影響で早咲きなんだって考えたら、納得できる。それに、俺たちが〝未来〟に送った物で、まだ見つかってない物もある」
実験を始めたばかりの頃に、桂衣が〝未来〟へ送ったクマのぬいぐるみを、寧たちはいまだに見かけていない。何日、何か月、何年先で二人を待っているのか、その時を迎えるまで知る由もない。
「〝未来〟の上限は、観測不能。数年先まで行けるかもしれない。でも、〝過去〟には最長で三週間しか
「じゃあ、私は……苑華ちゃんを助けられないの……?」
絶望の目で呟く桂衣に、寧は何も言えなくなった。
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