101.騒々しい帰国が続き……

 悩む時間はさほど長くなかった。というのも、悩んでいられなくなったのだ。思わぬ提案から3日後、ランジェサン王国の近衛騎士団が訪れ、アシル伯父様は帰った。縄で拘束され、逃げられないよう格子付きの馬車に乗せられての帰還は、国王陛下としてどうかと思うわ。


 逃げられて探し回った宰相閣下や側近の皆様は、本当にご苦労なさったのでしょう。あれこれ状況を改善しようとする国王の言葉を一切聞かず、近衛騎士団長は丁寧に挨拶をして踵を返した。手土産に我が国で収穫した果物をお渡しする。


「また来るから」


 不穏な一言を残して連行される国王陛下を見送った翌々日の早朝、次にフォンテーヌ公爵家の門を叩いたのは、バルリング帝国軍の将軍だった。影武者を置いて姿を消した皇帝の足取りを追って、この屋敷に辿り着いたらしい。厳しいお顔の将軍は、皇帝陛下の顔を見るなり泣き出した。


「貴方様に何かあれば、我が首ひとつでは足りませぬ」


「皇太子もおるのだ。それほど大騒ぎすることでもあるまい」


 むっとした口調で言い返したものの、分が悪いのは皇帝陛下ご自身。幾多の軍功を誇る将軍の泣き落としに負け、渋々帰路に就いた。距離があるため馬車は持ってこられず、うちの馬車を提供することにする。予備の馬車にクッションや手土産のワインを載せてお渡しした。


 将軍は、ようやくお役目が果たせると嬉しそうに馬に跨る。逃げないよう足首に鎖と重しを付けられ、馬車で帰国する皇帝陛下を見送り、ふと気づいた。


「使者の方々は馬で来られたのよね? それはどうしたの」


 私の疑問に、兄が苦笑いした。


「馬は預かりとなった。今後の交流が増えれば、早馬の折り返しにも使える。互いに馬を預け合うことになるだろう」


 それもそうね。伝令や使者の方が乗り換えて帰るのに、ちょうどいいわ。フォンテーヌ家の馬と一緒に柵の中で自由に過ごす馬を見つめ、私は頬を緩めた。


「そうだわ、私、馬に乗りたい!」


 落馬すると危険だからと我慢してきた。でも今回は後悔したくないし、未練も残したくないの。お強請りは父クロードを唸らせ、兄シルヴェストルを心配させたが、条件付きで許可が降りた。


「必ず騎士を二名以上、リッドかカールのどちらかを同行させること。シルでもいい」


 お父様の言葉に、きちんと約束を交わす。心配されるのも嬉しいなんて、悪い子かしら。


「ありがとう、お父様」


「一番おとなしくて賢い馬を選んでやろう」


 そう言って、お父様とお兄様が選んだ子は、栗毛で目が大きくて優しい牝馬だった。立派なたてがみが柔らかく、顔の中央に流星と呼ばれる白い毛が生えている。名前はリディ、私が呼ぶと鼻を鳴らして応えた。


 早くリディに乗って散歩が出来るようになりたいわ。

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