90.釘を刺されてしまったか

 親として、今回はあの子にすべてを与えてやりたい。奪われ続けるだけだった前回を埋め合わせるには、世界を与えても足りなかった。足りなくても、ないよりマシだ。わしらが動けば、後始末は自動的に親世代が請け負うことになる。子ども達に害はなかった。


「クロード様、準備が整いました」


 知らせに来たジョゼフの声は柔らかい。学院で共に学んだ時期、彼は学年が一つ下だった。領地経営を兼ねていたクロードに追いつき、同学年で卒業した彼を宰相に後押しする。多少の打算もあった。だが頑張った者が報われる制度は必要だ。王国の基礎を支える若者が奮起する一因となれば、ジョゼフの抜擢は効果が高い。有能な宰相として辣腕を振るい、やがて敵対した。


 向かい合って初めて互いの力量を把握する。同じ方向を見るだけでは気づけない欠点が、ジョゼフにはあった。潔癖すぎるのだ。己の信じる未来へ進むため、迂回することが出来ない。穢れを拒んで人間関係を悪化させた。味方を減らすジョゼフが、最後に暗殺に倒れたのも当然だろう。


 今回のように柔軟に状況を判断して動くことが出来たなら、もっと早い段階で前回のわしは追い詰められた。息子シルヴェストルという信頼できる味方の存在も大きい。今回は息子の代わりに、仇敵と手を組んだ形か。悪くないな。


「気取られていないか?」


「おそらくは」


 確証はないが、シルヴェストルが何か動いている。さらに隣国ランジェサン王国や義姉が嫁いだスハノフ王国も、妙な動きをしていた。気になるが突いて蛇が出ては面倒だ。


 コンコン、ノックの音が響き入室を許可する。明るい執務室に気取られる書類はなかった。一通り確認して椅子に座る。さりげなくジョゼフも書類を手に取った。仕事中を装う部屋に足を踏み入れたのは、予想した人物と違った。


「お父様、ジョゼフおじ様。ご機嫌よう」


 公爵令嬢としては短い丈のワンピース姿で、コンスタンティナは優雅に一礼する。ふくらはぎを隠せる程度の裾がひらりと風に揺れた。輝く金髪を結わずに流し、彼女は穏やかに切り出す。まるで世間話のように。


「私はお父様やジョゼフおじ様と一緒に生きたいのです。だからその身を危険に晒したりなさらないで」


「っ!」


 なぜ知られた? どこから話が漏れた。互いに目で合図し誤魔化そうと試みるが、コンスタンティナは首を横に振った。


「そんなことはないと仰るのでしょう? 分かっております。でもお父様が早まった真似をなさったら、すぐに後を追います。覚悟なら前回から出来ておりますのよ」


 無理やり跪かされ首を落とされたあの日から、覚悟は出来ている。いつでもこの命を捧げると言われ、クロードは大きく息を吐いた。


「いつから?」


「ジョゼフおじ様を許した時から、ではございませんか」


 いつから知っていたと尋ねる父に、娘はさらりと返した。元宰相アルベール侯爵を許した時から、こうなる未来を描いていたでしょう? 逆に問い返すコンスタンティナの手腕に、大笑いした。声を上げて笑ったのは、完敗を認めたからだ。これは勝てぬ。


 ここに飛び込んでくるなら、シルヴェストルと決めつけていた。だが先に気づいたのは、無邪気な少女と思っていた娘コンスタンティナの方だ。いや、もしかしたら2人とも察していたのか。


「ティナを犠牲にして成し遂げるものなどない。計画はだ」


にしてくださいませ」


 さらりと髪を揺らした愛らしい娘は、くすりと笑って釘を刺した。

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