88.王位を簒奪する悪魔の囁き

 スハノフ王国で王位簒奪さんだつが起きた。隣国ランジェサンから迎えられ、王に顧みられることがなかった有能な王妃ルイーズ。彼女はスハノフ王家の血を引いていない。にも拘らず、夫を幽閉し王位を冠した。


 男尊女卑の考えが根強いスハノフ王国だが、あまりの手並みの見事さに女王を支持する者が後を絶たない。ここ10年ほど、ルイーズが手を回した改革が功を奏した形だ。有能な者ならば下位貴族や平民を重用する。反発する高位貴族には、こう言って宥めた。


 ――あなた方の部下が仕事を片付ければ、労せず地位も財産も維持できるのに? と。


 まさに悪魔の囁きだ。有能な者を下に置けば、何もしなくても楽が出来る。自分達が遊び惚ける時間と金を、勝手に部下が生産してくれる。そう告げた。愚かにも大貴族はそれを信じ決行する。気づけば、名ばかりの名誉職に追いやられた大貴族に発言権はなく、現場をすべて掌握されていた。


 重用された者は上位の者に従うフリをしながら、水面下で派閥化して勢力を拡大する。すべてはこの国をよくするために。一部の貴族だけが甘い汁を吸う、国民が苦しむ国を立て直すためだった。そのために外部勢力である王妃ルイーズを女王にすることをも厭わない。彼女が自分達を選んでくれたように、彼らも己の未来を選んだ。


「意外と簡単だったわ」


 嫁いで20年、一度も肌に触れなかった夫を見下みおろす。猿轡を付けられた元国王が何かを叫ぶがくぐもって聞こえなかった。その様子を着飾った姿で、ルイーズは穏やかな笑みを浮かべて観察する。この程度の男が夫だったなんて、無駄な時期を過ごしたこと。


「幽閉して頂戴、扉は溶接して二度と開かないようにしてね」


 笑顔で命じた彼女に逆らう貴族はいなかった。公爵の地位を持つ者が自領へ逃げ込んだが、彼らは気づいていないだろう。あの領地の周囲は、新たに王城の要職に就いた者らが持っている。広さはあり宝石の鉱脈はあるが、他国へ通じる道はなかった。宝石があっても食事ができなければ、民は飢えて暴動を起こす。兵糧攻めをご存じないのかしら。


 勉強不足を嘲笑うように地図を指さし、公爵領を完全封鎖させた。逃げてくる難民は受け入れてもよいが、きちんと身元確認をすること。徹底した管理体制だ。かつて手柄を奪われ煮え湯を飲まされた公爵の部下は、静かに同意した。


 国王が大切にしていた愛人はすでに逃げ出した。彼女自身に恨みはないため、放置するつもりだ。もちろん歯向かえば完全に叩き潰すだけ。容赦がない女王ルイーズは、同時に合理主義者だった。能力があれば引き立てる。きちんと報酬を約束し、約束を破ることがない。能力を見て地位を見ない。彼女の治世が安定するまでに数ヵ月しかかからなかった。


「お兄様、約束は果たしましたわ。ディアナの子を害する者は私が排除します」


 末妹ディアナ、愛らしく無邪気だった彼女の忘れ形見に胸を張って会えるよう。ルイーズは微笑んで手紙に封をする。実兄ランジェサン国王アシルへ、そしてフォンテーヌ公爵家へ。それぞれに早馬が立つ。見上げた空は雲が泳ぐものの、青空も覗き始めていた。


「女神様、やり直しの機会を与えてくださった温情に感謝申し上げます」

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