51.謝ることすら許されぬ罪
元婚約者アドリーヌの訃報を受け取り、目を通してから側近に手渡す。彼もしっかり目を通した後で、手紙を畳んで封筒に戻した。
「ご家族の不幸に、お悔やみ申し上げる」
「シルヴェストル様、お気持ちだけ頂戴いたします」
側近として控える青年は淡々と答え、頭を下げた。痛ましいと視線に感情を湛える主君を、誇らしく思う。他人の痛みを感じ取り、それを政へ反映していく。類稀なる主君になるだろう、心酔する側近の眼差しにシルヴェストルは気付かれないよう拳を握った。
マリュス侯爵エミールは、本来誰かの側近になる立場ではない。自ら当主となり人々を率いる地位を持つ。だが前回の実妹の振る舞いを理由に、領地ごとフォンテーヌ公爵家に下った。それは侯爵の肩書を捨てて、臣下となる誓いだ。
肩を並べて競い合う優秀な友人を失いたくないから、側近の地位を与えた。それを彼は忠誠心で受け止める。友情ではない。これが女神様の罰のひとつか。やり直しを命じられた時、最初に浮かんだのは妹のことだった。
あの夜会で袂を分かつ決断をした父とともに、王家との対決姿勢を深めた。王家の不誠実な対応を広め、王太子の言動を責め、ただ王家への復讐に走る。その結果が、国の崩壊だった。大切な領民を難民にしてしまった。
国を失った民は、苦労を強いられる。崩壊する前のジュベール王国は酷かったが、国という目に見える抑止力があることで民は守られていたのだ。その枷を壊した罪は大きい。
多くの貴族が互いを攻撃して滅び、頼れる者がいない民は流浪して苦労を重ねたはず。その頃には公爵家も滅亡したので、その後を知らない。今回こそ妹も領民も守り切る。それが償いであり覚悟だった。
忘れていたわけではない。前回憎しみをぶつけたマリュス侯爵家、だがエミールは関係なかった。アドリーヌと侯爵夫妻を苦しめるつもりが、エミールは家族のために矢面に立つ。友人を失う痛みより、己の胸にある後悔を晴らす方を選んだ。
だから……エミールが俺に詫びる必要はない。詫びるべきは俺の方だった。謝罪を受け取ってもらえない、いや、謝らせてもらうことすら出来ない。これが俺への罰だろう。エミールに自覚はなくとも、女神様はすべてを見通していた。
心を許せる友を失い、代わりに家族の氷は溶けた。どちらも手にすることは出来ない。欲張ることは、すべてを失う行為に等しかった。
「葬儀の予定があるだろう、休暇を取れ」
「いえ。あの者は我が侯爵家を追放されておりますので、お気遣いなく」
両親が勝手に葬儀を出すだろう。そんな軽い口調で己の妹を切り捨てるエミールだが、表情は僅かに青ざめていた。
「そうか? ならば命令だ。3日は顔を出すな」
憎まれるのを承知で、突き放す言葉を選ぶ。痛みが胸を貫くが、そのまま背を向けた。頭を下げる彼の気配を感じながら、罪人を引っ立てる部下に指示を出す。仕事に没頭したフリを装い、エミールがこの場から消えるまで握った拳を解けなかった。
遠ざかる彼の足音を背中で聞きながら、静かに目を閉じる。なんという罰か、もう一度やり直せても同じ未来を選ぶ――これが俺の犯した罪であり、与えられた罰だ。
妹コンスタンティナを幸せにする。もうそれしか残っていなかった。
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「やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?」に関し、カテゴリー変更を行います。
1.現時点で恋愛要素が前面に出ていない
2.群像劇で他の人視点が多い
これらの指摘により、変更させていただきます。
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