44.光が明るいほど足下は暗い
穏やかな海と豊かな森の緑に囲まれたフォンテーヌ公爵領は、かつてない賑わいを見せていた。活気のある街は人が溢れ、職を求める人と新たな働き手を探す人の交流が盛んになる。
木造建築は潮風に弱いため、石造りや煉瓦積みが一般的だ。主要な街道は石畳みが主流で、裏の路地も煉瓦や砂利などで清潔さを保っていた。海は恵みをもたらすと同時に、災害も連れてくる。過去の記録から災害の周期を調べ、備蓄をして民の安全を図る公爵家の統治により、この領地は豊かに実り続けていた。
どんなに豊かな土壌があれど、統治者が無能であれば、果実の収穫は見込めない。住んでいる民も自然とそれを理解し、己の領主を誇りに思ってきた。
「うっせぇ! 公爵家のせいだ! 俺は家も財産も失う羽目になったんだぞ」
王都から逃げて受け入れられた男は、かつて職人だった。手に職をつけ、若い頃から必死で働いて王都に店を構える。鍛治の技術で中流の生活が出来る財産も蓄えた。しかし王都から逃げるにあたり、高い金を積んで購入した家や土地、重い道具は置いてくるしか無かったのだ。
身ひとつで逃げ出したため、公爵領に来ても仕事ができない。道具が足りなさすぎた。それを嘆いて仕事をせず、嫁や子どもが逃げ出す。悪循環の中、今日も酔っ払って港付近の酒場で管を巻く。そんな男の前に、身綺麗な若者が金貨を置いた。
「っ、なんだ? こりゃ」
酔っ払って多少呂律が怪しい鍛治師の荒れた手が、金貨を掴んで裏返す。表裏を確認して握り込んだ。
「その金はやろう、ひとつ仕事を頼みたい」
「仕事だぁ? 鍛治かよ」
「王都から逃げて来た人達の救済事業だ」
胡散臭いと思いながらも、金貨を手離せない。握ったまま若者の後ろについて行った。裏路地を幾つか曲がり、木製の扉が嵌め込まれた煉瓦造りの家の前で止まる。軋んだ音を立てて開く扉に眉を寄せながら、中に入った男は息を呑んだ。
酒場でいつも見かける酔っ払いや、破落戸がわんさといる。物騒な雰囲気なのに、どこか安心できた。彼らは自分と同じ境遇で、裏切らない。そう感じた。
「仕事は簡単だ。公爵領で豊かな生活をする連中の家を襲って欲しい。奪った金は好きにしていいし、女も自由にすればいい」
わっと盛り上がる声の中、高揚感と酔いで鍛治師の男も歓声を上げた。俺らを踏みつけにして豊かに暮らす連中の財産は、俺らのものだ。奪って何が悪い。それに女もそうだ。着飾って歩く奴らは、俺らの苦労の上に立ってる。逞しい男に相手して貰えば、泣いて喜ぶさ。
場に呑まれる――その言葉通り、男達は下世話な想像と未来の財産に盛り上がった。まだ手にしていない金の使い道を考えることほど、愚かなことはない。気づく余裕もなく、男達は奈落へと足を踏み出した。若者が姿を消したことにも気づかず、男達は身勝手な未来を夢見て酒瓶を空にする。
光が輝けば、足元の影はより暗さを増す。フォンテーヌ公爵領、リュフィエ公爵領、ヴォルテーヌ公爵領、モーパッサン公爵領。四大公爵家の足元で、不吉な影が動き始めた。
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