38.後悔する暇はない
宰相ジョゼフとともに戻った屋敷の執務室で、さらに高くなった釣り書きの山に目を細めた。向かって左側に用意させた新しい机の上に積まれた手紙や釣り書きは、王家との婚約を解消するコンスタンティナへ向けたアピールだ。まだ13歳だが、筆頭公爵家の一人娘は引く手数多だった。
隣国ランジェサン王家から嫁いだ妻ディアヌは、才色兼備で求婚者が後を絶たなかったと聞く。多くの求婚者の中からクロードを選んだ美女は、優秀さを受け継いだ嫡男と生き写しの愛らしい娘を残した。前回は守り切れなかったが、今回こそ万全の態勢で守り抜く。
可愛いコンスタンティナの夫になる者は、厳選に厳選を重ねた上で彼女の想いを優先するつもりだった。親同士が勝手に決めた政略的な婚約の果てが、あの日の悲劇だ。繰り返す愚行は二度としない。いっそ手元に残る選択をしてくれても嬉しい。
「すごい量ですな」
さすがと感心するジョゼフに、用意した机を宛がった。しばらくは領地運営に力を入れなくてはならない。王家が自滅し続けるお陰で、領内に流れ込む民の数が増えた。多過ぎる人口増加は、民の得られる糧や収入を激減させる可能性がある。公共事業を増やすか、農地開拓を進めるか。早く手を打たなければ、王家の二の舞だった。
「わしの右にある書類は、政務に関係ないので無視しろ」
「釣り書きとお見受けする。仕分けの手伝いくらいは出来ますぞ」
宰相職に就いたアルベール侯爵の耳には、他国の王侯貴族の噂から裏事情まで入ってくる。危険な要素を持つ者は最初から排除すべきだ。そう匂わせたジョゼフへ、クロードは肩を竦めた。
「仕分けは必要だ」
信頼まで届かずとも、コンスタンティナに関する情報の一端を預ける程度の信用はある。そう示したクロードに、ジョゼフはじわりと熱くなった感情を誤魔化すように笑った。
「では先に政務を片付けましょう」
上位者としてクロードを敬う宰相ジョゼフの中で、新たな主君として彼が確定していく。忠義は尽くす価値がある者に捧げるべきだった。前回の失敗を教訓に、ジョゼフは覚悟を決める。どこへ向かう船だとしても、フォンテーヌ公爵家のために身命を尽くすと。
王家の下では提案しても了承されなかった公共事業が、次々と実現する。有能な者同士は最後まで語らずとも互いの考えを読み取り、施策の問題点を洗い出し承認印を押して予算を振り分けた。あまりに快適な仕事場に、ジョゼフは休憩のお茶を飲みながら本音を漏らす。
「前回、もっと早く見切りをつけるべきだった。王家と国は一緒ではなかったのに迷ったことが罪だ」
「ふん。そう思うなら今回は働け。誰に認められずとも、お前の仕事はわしが評価してやる」
優しく許す言葉ではなく、罪などないと否定する傲慢さもない。ただ事実として、今回のお前を評価してやると告げたクロードが、ようやく釣り書きの机に目を向けた。手元の書類が思わぬ早さで片付いてしまい、仕事を理由に後回しにした見合いの山と向き合う羽目に陥る。
「……夕飯までには終わらせるぞ」
「かしこまりました」
顔を見合わせた2人は苦笑いして、大量の手紙と釣り書きを半分に分けた。
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