27.その言葉を待っていた

 新しいドレスの注文をして、数少ない侍女にお茶を淹れさせる。朝から着付けや身支度の手伝いが足りず、気づいたら午前中を無駄にしてしまった。王宮勤めは下級貴族の子らにとって、最高の就職先のはず。ぐずぐずしないで補充すればいいのに。


 王妃コレットは眉を顰めた。目の前で緊張した面持ちでお茶を淹れているのは、平民の侍女だ。裕福な商家の出で、残った侍女の中ではもっとも教養があるらしい。お茶の葉を丁寧に蒸らして差し出されたお茶は、ドレスの着付けよりマシだった。


 普段と違う形に髪を結ったのは、侍女が複雑な編み方を覚えられなかったから。王家に嫁いでから、これほど不自由な生活を強いられたことはない。コルセットを締めるのに、臀部に足を掛けて全力で引き絞られた時は近くにある物を投げて抗議した。


 乱暴を通り越して、無礼に当たる。そう叱りつけたら大泣きし、もう実家に帰ると言い出す始末だ。どんなに使えない侍女でも、これ以上減ったら今までの生活が維持できない。仕方なく許して次の仕事まで休ませた。こんな生活が続くのは耐えられない。


 夫である国王ウジェーヌは浮気もなく、その点は安心していたが……前回の失敗は、あの謝罪にあったと考えていた。貴族達の目がある場所で、フォンテーヌ公爵クロードに頭を下げて詫びたと――。国の頂点に立つ権力者が、一貴族家当主に人前で?


 血腥い光景に卒倒した私は目覚めてその話を聞き、再び卒倒した。あり得ないことよ、あってはならない。あの後から貴族達の対応が変わった。順風満帆だった王家は斜陽し、権力や求心力が一気に減退する。あの謝罪がすべての元凶だった。


 大切に育てた一人息子が、新しい人形を欲しがったことも問題だけれど。権力を振りかざして王家を蔑ろにする貴族の台頭や、バルリング帝国の介入は、すべてあの日から始まった。積み上げた過去がゆっくり崩れるのを、必死で守ろうとしたのに。


 今度は夫に任せておけない。私が動かなくては! コレットはお茶を淹れた侍女を褒めて下がらせ、少し渋い紅茶を飲み干す。眉を寄せて溜め息を吐き、扇を手に取った。まずは宰相の呼び出しと執事への叱責からね。ベルを鳴らして執事を呼び、数日前から休暇と称して顔を見せない宰相を呼び出すよう命じた。


「かしこまりました。お伝えいたします」


 型通りのいつもの返答に、妙に苛立った。まるで感情のない人形のような受け答えに聞こえる。不愉快さが手伝って、普段よりきつい口調で応じる。


「まだ新しい侍女の手配が出来ないの? 無能な執事ね、あなたの首を挿げ替えてもいいのよ」


 脅しのつもりだった。だがその言葉を聞いた時、執事は普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて頷く。ゆったりと最敬礼をして、別れの言葉を吐いた。


「長らくお世話になりました。後任は侍従の中から選定しておきます」


「え? 今のは言葉のあやで」


「失礼いたします」


 出ていく執事を引き留めようと伸ばした手が宙をかき、コレットは茫然と立ち竦む。こうして王宮内には、平民出身の僅かな使用人と王家のみが残された。

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