24.今なら失わずに済む幸せ
飛び起きて、大急ぎで手元の荷物を集める。逃げなくちゃ、今回はあんな苦しい死に方は嫌よ。もう一度同じことを繰り返せと女神が望むなら、天にツバ吐いて逃げ出すわ。
親は私の未来を知らない。流行り病で2年後に死ぬのだから、王宮で王太子の恋人にまで上り詰めた私を知らなかった。近所でも評判の可愛い少女、いずれは素敵な夫を見つけて幸せになるはずよ。相手を選び間違えたの。今なら間に合う。
王太子なんて雲上の人を狙わなければよかった。知り合った貴族から次々と繋がり、いつの間にか目の前に立っていた王子様。貧乏で惨めな生活から抜け出したかっただけよ。
両親を失った成人前の私は、必死で食堂で働いた。娼館だけは嫌で、楽が出来ると聞いても断る。どんなに働いても、食堂の看板娘でも、食べていくので精一杯だった。酔っ払いに尻を撫でられることもあるし、無理やり接吻けを迫られたこともある。
未来を変えるなら、そこそこ金を持つ下級貴族か商家の跡取りに嫁ぎたいわ。日々の生活に苦労して働く羽目にならなければ、贅沢は要らない。豪華すぎるドレスだって、動きにくいし苦しかった。本当に見てるだけとは大違いだ。
コルセットなんて、最初は拷問道具かと思った。美しく見せるために腰を細く絞る。理屈はわかるけど、侍女が背中や尻に足を掛けて全力で引っ張った時は、口から内臓が出たかと思った。吐き気と痛みで食事が出来ないのに、微笑むよう言われる。
堅苦しいマナーでがんじがらめの貴族は、食べる順番まで決まっていた。もっと気楽に、穏やかに生活したい。何より二度と石打ちの刑は御免だった。あの王太子も粘着質でしつこかったし、二度目はない。
用意した荷物を持ち上げて気づいた。両親をどうしよう。私を産んで育てて愛してくれた。このまま私だけ逃げたら、何も知らない両親を貴族が殺すかも。それに……今この地を離れたら、2年後の流行り病を避けられる。
両親が生きていたら、別の土地でやり直す苦労も辛くない。そうだわ、一緒に逃げるようお願いしよう。理由は何とでもなる。大嫌いな男に言い寄られて怖いと言えば、話を聞いてくれるはず。
一度荷物を置いて階下に降りる。豪華な屋敷じゃないし、家具だって立派じゃない。なのに懐かしくて涙が滲んだ。鼻の奥がつんとして目が潤んでしまう。それを誤魔化すように何度も瞬きして、元気に声を掛けた。
「おはよう、お母さん、お父さん」
「おはよう、ドロテ。今日も可愛いね」
「ご飯の準備は出来てるわよ、お寝坊さんなんだから」
料理を運ぶ母が手伝いなさいと笑う。父は穏やかな表情で、私の髪を撫でた。大きくてごつごつした手の感触が嬉しくて自然と頬が緩む。
幸せだった頃のすべてが、まだ手の中にあった。表情を凍らせた人形姫より、きっと私の方が幸せだったのよ。なのに失われて狂ってしまった。今度は守り切ってみせる。
ぐっと拳を握り締め、覚悟を決めた。父と母に隣国への移住を提案するために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます