第11話 2021年7月7日 夜遅く

 水も滴るいい女といい男・・・か?俺?


 草履を無くした織姫。

 俺は織姫をおんぶすることを選んだ。


「本当に大丈夫?」


「もちろんだ、任せろっ!!」


 ・・・とは言ったものの、ずーっとおんぶするのは意外とつらい。

 はじめは天使の羽かと思うくらい思った織姫も重く感じてくる。


「降りようか?私」


「だ・・・大丈夫だ・・・っ」


 もう一押しされたら、仕方なく降ろしてやろう。

 今の時代は女性をか弱い存在だと決めつけてはいけない時代。女性の意見も尊重せねば・・・。


「うん・・・わかった」


 わかられてしまった。

 

 びちゃびちゃの蒸し蒸し。

 これだから、高温多湿の日本は嫌だ。

 雨は上がったけれど、そのせいで気温があがり、むわっと蒸し暑くなってやがらあ。


「今日は・・・楽しかったなぁ」


 織姫が幸せそうな声でしゃべってくる。

 こいつも蒸し暑いだろうによくそんな声が出せるもんだ。


「そりゃ、良かった、なっ」


 服も濡れているから足も重いぜ、こんちきしょー。


「彦星は・・・楽しかった?」


「・・・」


「彦星?」


「ちょっと考えてんの!!」


 かっこいいことを言おうとしていたのに、織姫に催促されてしまった。

 恥ずかしい話、人とだって長いことろくに話をしてないんだ。


「最高だった・・・」


 ダセー一言しか出てこない。


「私もサイコーだよ」


 さらっと言える織姫。俺はメチャクチャ嬉しくなるけれど、調子に乗って失敗した経験なんていっぱいある俺は自分を諫める。

 

「俺の最高はな、本当の最高だっ」


「えー、私のだってそうよ?」


「いいや、俺のはなぁ~、人生で一番楽しかったの最高だ、一緒にすんなっ」


「私も・・・あなたといる時間が何よりも幸せだよ・・・」


 顔を俺の肩のあたりに預ける織姫。


「俺もだ・・・」


「えっ?」


「うわっと」


「きゃっ」


 急に織姫が動くから、俺は体勢を崩しそうになる。

 

「びっくりしたぁ・・・」


 織姫が顔を出してくる。彼女の髪が俺の頬を触れた。


「それはこっちのセリフだ」


「じゃあさ、じゃあさ、働いて?」


「なぜそうなる・・・?」


 痛いところを突かれて、これじゃあ千年の恋も一瞬で冷めるぜ。

 せっかく、青春と言う名のモラトリアムを満喫していたのに・・・。

 

 ただ、仕事をするなら定番のお約束があるなら頑張れるかもしれない。

 鉄板で憧れるワンシーン。


『ご飯にする、お風呂にする?それとも・・・ワ・タ・シ』


 俺はそれを照れてしまうかもしれないけれど、言ってほしい。そんな純情な男心。


「まっ、考えておくよ」


 俺は余裕をかました。


「・・・そっか」


 けれど、織姫はがっかりした顔をした。

 俺はその顔が今でも脳裏に焼き付いている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る