第6話 2021年7月7日ランチタイム

「「いただきます」」


 ズズズッ


 モグモグっ


「うん、おいしいっ」


 俺の目の前には衣装替えをして昨日よりコンパクトな着物を来て、髪を結っていた織姫がいる。

 そんな織姫は蕎麦を食べて満面の笑みを浮かべる。

 満足そうな顔が溜まらん。

 こっちまで幸せを感じてまう。



―――30分前


「やだよ」


「はぁ!?」


 俺は織姫を二階に残し、母親と金の交渉をしていた。


「んで、ダメなんだよ!?誕生日だぞ、俺」


「あんたね・・・あんたぐらいの歳だとそろそろ歳を取るのが嫌になってくる歳なのに。まだ、そんな子どもっぽいこと言って。隣の鈴木さんとこの貴明君なんかね、自分の誕生日に親子三代、家族みんなをご馳走に連れて行ってるってのに・・・あんたはまだ、貰うことしか考えてないのかい・・・」


 呆れて物も言えないって顔の御袋。


「去年までは、普通にくれてたじゃねえか。なのに、何で今年に限って・・・」


(織姫が来てくれた時に限って・・・)


「20代までは我慢できた。でももう、30だよ。光彦。私や父さんだってもう若くない。そろそろ父さんだって退職して年金暮らしだよ。いい加減、働いてもらわないと」


「んなもん、母さんだって主婦業じゃねーか。んなもん、俺とほとんどかわんねーだろ。扶養じゃんか」


(やばっ)


 元々コミュニケーション能力が低く、口が悪い俺。自慢じゃないが、相手を怒らせるのに右に出る者がいない。本当に・・・自慢じゃないが・・・。俺は焦って母親の地雷を踏んじまった。


「あんたって子は!!」


 いつもなら大ゲンカで、物を投げつけ合うまでいく。誕生日なんだから大目に見ろよと思っている俺は、散々文句を言われてぶちぎれても当然だと思うだろう。


 けれど、今は違う。大事な女性が待っている。ここで、プライドなのかよくわからん張り合いをしたって、織姫を悲しませるだけな気がした。


(来んなよなっ、織姫)


 ザザザッ


「ちょっと・・・光彦・・・あんた何してんの」


 俺は土下座をした。

 新しいゲームが来たときや、スマホやPCゲームのガチャが当たったときにその機器に土下座して感謝したことはあるが、人に、それも謝罪でするのがこれが初めてだ。


 織姫には散々情けねー姿を見せているけれど、こればっかりは見せたくなかった。


(ん?散々・・・んなこと、今はいい)


「頼む、母さん。いいや、お願いします母上。今日だけは、今日だけは赦してください」


「あっ、あれだろ、いつものなんかの真似だろ?気持ち悪い。やめておくれよ」


「いや、お願いします。今日だけは・・・本当にお金が必要なんです。今日は出かけたいんです」


 ゴンッゴンッ


 頭を何回も床に着ける。


「ちょっと、本当に止めとくれよ・・・あれかい?昨日死ねみたいなことを言ったからかい?謝るからさぁ、犯罪とか自殺はやめておくれよ・・・」


(このババァ、息子をなんだと思ってやがんだ。信用しろってんだよ・・・)


「今日は、本当にガチで、マジでまともに暮らしたいと思ってるんです。お願いします、お願いします」


 ゴンッゴンッ


「あっ、わかった。出会い系サイトとかだろ?今はマッチングアプリって言うんだっけ?それだろ?やめときな・・・あんたみたいなニートを好きになる人なんていないから、傷つくだけか、ボッタクられるだけだから」


 イラッ


 俺はぶちぎれそうになったが、織姫が「待ってるね」と言った笑顔が浮かんだ。

 

(たとえ、あいつが不法侵入者で、虚言癖があって、詐欺師で、美人局であったとしても・・・いや、そんな可能性は0だ。俺はあいつを信じるって決めてるんだから、例え天地がひっくり返ってそうだったとしても、俺は騙されて笑って死ねる)


「お願いしますっ!!」


「・・・わかったよ。いくらだい?」


「10万、出世払いで!!!」




 ズズズッ


 モグモグッ


「あれっ、彦星。蕎麦食べないの?蕎麦がダメな人?」


「違うぞっ、どう織姫をエスコートしようか考えてたとこだ」


 ポッと赤くなる織姫。


「・・・嬉しい。ありがと」


 ズズズッ


「うんめぇ、織姫と食べる蕎麦はうめぇ」


「もう・・・ばかっ」


 モグモグっ


 織姫が今度は音を立てないように蕎麦を食べ始めた。ちょっと、女の子らしくしようとでも思ったのか。しかし、


「べらんめぇ、こちとら、江戸っ子でい。蕎麦ってのは音を立てて食うのがうめいんでい」


 ズズズッ


「どやっ」


「ちょっと、口の中見えてるから、汚いっ」


 笑いながら織姫が指摘する。

 織姫は艶やかな長い黒髪を耳にかけてもう一度、


 ズズズッ


 っと意気な音を立てて、そばを食べて上目遣いで、これであってる?っと聞いてくるような笑顔で俺を見て来た。

 その日光にほとんど当たっていない白くてぷっくりした赤ちゃんみたいな耳も、キラキラ光る上目遣いの目も、モグモグでぷにぷになほっぺもかわいくて仕方がなかった。


 人と食う飯、いや、かわいい女の子と食う飯は最高だぜ。

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