第43話【レオン視点】

 王都から飛竜便が五つも届いた俺はグロッキーだった。

 机の上に置かれた王国の紋章で封をされた報せを複雑な表情で眺めていると、褐色肌のハイエルフ、セレスさんが紅茶を差し出しながら聞いてくる。


「中を確認されなくてもよろしいのですか、ドブ人さま」

「ドブ人⁉︎ ドブネズミとご主人さまが融合してるよセレスさん!」

「蔑まれて興奮しないでいただけますか」

「してねえ――と言いたいところだけど、毒舌でメイド、しかもクーデレ美人。妖艶な色気がある褐色ハイエルフとか刺さるに決まってんじゃん!」

「本当に気持ち悪いですね……はぁ。そんなにご自身で確認されるのが嫌なのでしたら私が読み上げましょうか?」

「ダメだ!!!!!!」

「! 突然、大きい声を出さないでください。セクハラですよ」

 

 手紙の送り主はわかっている。

 レティファ、レベッカ、エリス、シオン、クウの五人だ。

 俺はリディアちゃん以外に唯一本性で迫ることができる毒舌メイドに聞いてみることにした。


「セレスさん」

「セクハラです」

「名前呼んだだけじゃん! 聞いてよ俺の話! 秘書兼メイドでしょ!」

「ええ……心は神セブン様に、身体はドブ人様のモノですね。今夜もわたしに情欲をぶつけになられるのですか? できれば顔にかけるのはやめていただきたいのですが」

「一度だってやったことないよ! そうじゃなくて! お願いだから相談に乗ってよ!」

「……はぁ。なんですか。さっさと話してください。レオンさまと違って私は業務があるのです。私が下処理した書類の印をつき、ぽけっーと響様の胸部や臀部を眺めている誰かさんと違って忙しいのですが」


「ぐっ……返す言葉もない」

 神セブンが巣立ってまもなく。

 院長の業務負担を減らすべきですわ、とかなんとかレティファの提案により奴隷商へ。

 そこで毒舌褐色ハイエルフに一目惚れして購入に至った経緯がある。

 ちな、代金は神セブンのみんなが出してくれました。ウマー! 

 やっぱり持つべきものは美少女&美人の寄生元だよね! 

 

 ちなみにセレスさんは元ダークエルフで、失明していたこともあり相場よりも格段に安く、購入後にエリスの法医術で光を取り戻し、紆余曲折あり俺の【天啓】でハイエルフに進化した。

 セレスさんの凄いところは、本来、転移するには国家レベルの魔導装置が必要だが、それを介せずポンポンと転送をやってみせるところだろう。

 デカ乳デカ尻の褐色お姉さんだけだと思ったら大間違いだ!


 で、頭の方もすごくキレるので、執務も任せたところ見事、ただ押印するだけに至るという。

 さらに大商人となったシオンから毎日のように食材が送り届けられ、見事にロリヒモ光源氏計画が成功したのだが、


「ほら、前に話したことあるじゃん? 俺の孤児院経営の裏に隠された本当の欲望を」

「ああ、幼女の純情を利用し、豚のように肥え続ける最低の計画のことですね」

「ぐっ……! 否定はしないよ」

「当然でしょう。事実なのですから」

「ぐはっ……!」

「それでロリヒモ光源氏スパイラルがどうかされたのですか……?」

 

 ハイエルフの口からロリヒモ光源氏スパイラルなんて言葉が出るの、なんか凄いな。

 俺は一体彼女に何を話しているのだろうか。いや、今さらか。本題に入ろう。


「その……もうすぐレティファって女王じゃん?」

「ええ。そのようにお聞きしておりますね」

「レティファはさ――多分、俺の計画に勘づいているんだよね」


 今でも鮮明に――夢にまで見ることがある。レティファが突然王都に戻ると言い出したときのことを。

 あの悪夢はあれから数年以上経った今でも見る。寝汗がびっしょりになり、うなされるのだ。


「俺って昔から全然良いところがなくてさ」

「存じ上げております。否定はいたしません」

 いや、なんで知ってんねん。仮に知ってたとしても否定しろよ。一応俺のメイドだろ。

 ご主人様に堂々と毒を履くメイドなんて世界広しといえどセレスさんぐらいだよ。

 まあ、そこが刺さるんだけど。いいわー。うちのメイドさんいいわー! マジで良い買い物したぜ。いや、俺は一銭も払ってないんだけど。


「最近気付いたんだけどさ――レティファのやつ、やたらと俺を出世させようとしてくるんだよ」

「…………はっ、はぁ? いまいちおっしゃられようとしていることが理解できないのですが」


「たっ、たたた、たとえばだよ? あくまで仮の話だと思って聞いてよ?」

「なんですか急に。たとえ話をするならもっと堂々としていただけますか。そこまで動揺されたらやましいことがあるようにしか見えませんよ」


「やっ、やましことなんてないよ!」

「犯罪者は誰だってそう言います」

「ええい! 黙って聞いてよ。たとえば愛情と食べ物に飢えた純粋無垢な幼女がいたとするじゃん?」

「……レティファのことですね」

「違う!」

「犬歯を剥き出しにして否定されても、はいそうですかとはなりませんよ。聖人ぶることだけは超一流であることは認めますが」


「クソッ! 毒舌を吐かれて興奮する性癖さえなければセレスさんなんか解雇してやるのに!」

「残念でしたね――お互い」

「ちくしょう! まあいいよ。その娘はさ、父親のような信頼できる男性に出会ったとする。彼はずっと無性の愛を注いでくれた。けど彼女は気付いてしまった。その愛の裏に潜む真の目的を」


「自分好みの女に育て、寄生し、口をパクパクさせるだけであーんしてもらい、己は何もせずただただ怠惰な生活を過ごし、あまつさえ、その娘たちとにゃんにゃんしたい、でしょうか?」


「そうだよ!」

「最低ですね」

「軽蔑される覚悟はある!」

「えっ、すごいです。返す言葉がありません――ですが、まあいいでしょう。そんな変態ドスケベ院長がいたとして……続けてください」

「その愛の裏に隠された真実にたどり着いたとき、少女たちは一体なにを思うのか。その答えは当然一つしかない」


「……もったいぶらずにさっさとおっしゃっていただけますか。幼女たちとリバーシで遊んでいたらムキになっていつの間にか一日が終わっていたどこかの院長と違って私は忙しいのですが」

「胸に黒い炎を――復讐してやると誓うんじゃないかなって」

「…………はっ?」

 

 セレスさんがここ一番、何を言われたのか分からないという表情を浮かべる。

 俺はなぜ分からないんだよ、という不満を抱きながら補足を続けることにした。

 俺が元いた世界に中年男性が成人していない少女に愛情を注ぐ物語があった。

 少女は大人になってから――具体的に言えば母親という立場になってからその中年男性の異常性に気付き、人生でたった一度しかない青春時代やそのときの純情はもう戻ってこないことを悟り、恐怖を抱くというストーリーだ。


 もしレティファが本当に俺の欲望に勘づいていたとしたら。

 やたらと出世させようとしてくるという相反する行動にも納得がいく。

 彼女は平民出身である俺を強制的に成り上がらせることで過労死させようとしている可能性がある。

 だっておかしいじゃん! 数日前も褒賞がどうたらこうたらって便りを寄越してきたんだよ? 殺す気じゃんか! 労働力を搾取する気満々じゃん!

 どうせ搾り取られるなら精力にして欲しいよ! 俺はベッドの上でなら過労死も大歓迎なのに!

 クソッ! 俺はいつまで童貞を続けなくちゃいけないんだ! 響さんもガードが硬いし! 俺はただ美人とエッチがしたいだけなのに!!!!

 誰かギシギシアンアンさせてよ! せっかくみんなの寄付で暮らせるようになったんだし、子作りしたいよ俺は!

 同情するなら抱かせてよ、響さん! 


 シモ方面を抜きにしてセレスさんに説明したところ、こめかみをおさえながら、

「……レティファ様も苦労されておりますね」

 と、あろうことか向こうの肩を持つ始末。

 なんでだよ!!! 聞いてた⁉︎ 俺の話ちゃんと聞いてました?

 いや、まあ、そりゃ、欲望垂れ流しでみんなのことを育てのは悪いと思うよ?

 けど俺、マザーテレサじゃないもん。下心あるもん。欲だってあるよ。慕われて、立ててもらって、美少女とイチャイチャして美味しいものあーんしてもらいたいじゃん!

 それの何が悪いんだよ! 男ならおっぱい吸いたいって思うじゃん! 

 だって、人間だもの。レオを。 

 だからこそセレスさんの反応は解せぬ、だ。

 苦労してるの俺じゃん!!

 毎回毎回、褒賞、勲章、爵位に、貴族が参加するパーティ、就任や祝場への招待――しつこいよ!!!!

 まずは男爵から? 要らないよ! 地位と名声なんか死んでもごめんだよ! 

 そもそも前世で俺は過労死したんだから! しかも俺TUEEEEEできるチートなしでの異世界転生だよ⁉︎

 俺YOEEEEEEだからね! ようやく夢の生活ができるようになったのに出世なんかしてたまるかってんだ!

「こっちはようやくセレスさんという超絶優秀なメイドさんを手に入れて夢の生活を送れるようになったんだ。出世したらまた仕事しなくちゃいけないじゃん! 嫌だよ! 俺、働きたくない! ずっと美少女と美人のお姉さんに寄生していたい! 養われたい! ただ生きているだけで褒められたい!」


「――ここまで突き通されるといっそ清々しいですね。なぜか爽快感があるのに不快という不思議な状態です」

「なあ、セレスさん。俺、間違っているのかな?」

「間違っているか否かで言えば、間違っていると思いますが」

「嘘だッ!」

「そこで犬歯を剥き出しにして否定できるところレオン様のすごいところではありますが……」

「出世したくない! もうわかるでしょ⁉︎ この便りは俺の欲望に気がついたみんなが血眼になって俺の出世を企む不幸の手紙なんだ! 燃やしてよ! 同情するなら燃やしてよ!」


 ――ビリビリッ! パカッ。


「『孤児院を巣立ってから早いものでもう半年になりますわ。いかがお過ごしでして。

 先日お送りした褒賞授与の件も辞退とお聞きして残念でなりませんわ。

 レオン様は相も変わらずレオン様なのですわね。ふふっ、本当は喜んではいけないのことなのでしょうけれど、おもわず笑みが漏れてしまいますわ。

 もう間も無くしてわたくし、レティファは女王として即位することとなりますわ。

 戴冠式には是非ともご出席いただきたく。

 もちろん目立たれることを嫌われるレオン様ですからお忍びでか構いませんわ。

 即位と同時にレオン様と直接お会いしてお話ししたいことがございますの。女王ごときが大賢者様を呼びつけることは無礼極まりないことは重々承知しておりますが、貴方の娘の晴れ舞台、ぜひとも一目見ていただきたく。ご都合の調整、なにとぞよろしくお願いしますわ。次期女王――レティファより』」


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 ついにレティファが! レティファが女王に! クソッ! 【天啓】による才能人身掌握の開花がこんな形で! これ以上、平民の分際である俺がレティファの招集を断れば最悪不敬罪で打首! 嫌だああああああああああああああああああああああああ!」


「――レオン様のスケジュールは確認するまでもなく真っ白ですので――いつでも良いと返信おきますがよろしいですか?」


「嫌だああああああああああああああ!」 


 ☆


 一方その頃。王都の王城にて。


「ふふ。神セブン――『G7総監督』作戦始動ですわ。正攻法がダメなら邪道で攻めるまで。ああ、待っていてくださいませレオン様。わたくしは必ず貴方様を王に――そして、この国でニホンを再現してみせますわ」

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