第26話【レオン視点】

 リディアちゃんと手を繋いで孤児院に戻って来てから数日後。お昼のこと。

 孤児院に流れる不穏な空気をいち早く察知した俺は内心ビクビクしていた。

 突然だが、院長である俺と寮母長である響さんの役割は明確に分けられている。

 孤児院の経営、運営――執務全般は院長である俺が受け持っている。事務業務も決して楽じゃないんだけど、そこは元しがないサラリーマン。やってできないことはない。

 それに幼女を美少女かつ才女――すなわち才色兼備に育て上げ、養ってもらうためには経営者として携わるのが最適だ。

 あとは買い出し、調理、洗濯、清掃といった雑用に子どもたちと遊ぶことだろうか。

 幼女たちと戯れることは想像以上に楽しく、俺的には息抜きに分類される。

 前世はもちろん、万年Eランクの俺に構ってくれる人は少なかったが、神セブンのみんなは俺のことが物珍しいのか――単純に愛情に飢えているのか、めっちゃ構ってくれる。

 リディアちゃんなんか俺の本心を読み取っているにも拘らず、セクハラさせてくれる。感謝しかない。結論、すごく楽しい。

 さらにクウが先祖帰りし、錬金術の才覚をいち早く発揮したため、生活の質は比較的早い格段で飛躍した。

 ボロボロだった孤児院はリフォームされ(ただし、露骨に目立つことを避けるため、ガワはボロボロのまま。内装だけを綺麗にした)住み心地は格別。

 なんと風呂まであるんですのよ! 

 洗濯、清掃は俺と響さんだけじゃなく、神セブンも含めた当番制――だったのだが、それも最近はリディアちゃんが召喚した妖精が担当してくれている。

 召喚術まで万能なリディアちゃん、マジ優秀。ぺろぺろしたい。

 今度ご褒美にスカートを捲ってあげようと思う。

 余談だが、リディアちゃんが妖精の召喚を成功させるまで衣服は川で洗っていた時期もあるのだが、そのとき神セブンのみんなから、

「殿方とレディの下着は別々にすべきですわ」

「お父さんは自分で洗うの。クウの下着には触れちゃ嫌なの」

「レオンは絶対触らないで!」

「スピアもその、下着は恥ずかしいのでごめんなさい」

「レオンちゃんとは別々にお願いできるかしら」

「本当にごめんなさい! レオン様!」

「言っとくけどこればかりはあーしも逆鱗だから」

 とまさかの全員から一緒にするな宣言を食らっている。やれやれ仏のレオン様でも我慢の限界だよ。

 ……ぐあああああ!

 思い出したら胸の傷が! 古傷がまた開いて……!

 さすがの俺も幼女の下着で興奮するほど畜生ではないが、いずれ彼女たちも成人を迎えるわけで。

 長い目で見れば下着の洗濯は魅力的な家事である。偉い人はそれがわからんのです。

 だからこそ「気にしないでくれ」と下心なんてありませんよ、という顔で反論したのだが、

「「「「「「「やめて」」」」」」」

 という異口同音にさすがの俺の心も折れた。

 なんだよ! みんなしてなんだよ!

 俺はただ大人になったみんながどんなブラやパンティーを穿いているのか、チェックしたいだけじゃん! 

 そりゃ魔が差して被ったり、ブラを頭に乗せて「猫耳!」みたいなこともするかもしれないけどさ! それの何が悪いのさ!

 いいじゃん! それぐらいの役得があってもいいじゃん! なんなんもう! マジムカつく!

 ここで食い下がるのが変態ドすけべ院長こと俺だ。

 必死に嘆願していると、「レオンさんがいかがわしいことを考えていないことは理解しています。ですが、今回はダメです。私が洗濯させていただきます」

 ごめんなさい。いかがわしいことしか考えていません。

 俺のもう一つ固有スキル【鑑定(※女性限定、スリーサイズのみ可)】によれば、Fカップある響さんが『これ以上は私が相手になりますよ(瞳の奥が笑っていない)』と忠告してきたのである。

 さすがの俺も下着のために命は張れない。レディのパンツを着ようとしたら首が切れていたなんてシャレにならん。

 俺の夢はあくまでみんなとにゃんにゃんすることである。

 血の涙を流しながらみんなの下着は諦めることになった。

 ここで「響さんの下着を洗濯させてください」と言える勇気があれば、また違った世界線に行けたかもしれないが。

 余談だが、この世界の下着は随分と単調だ。エロさや可愛さがない。いずれ裁縫とデザインに才能がある孤児がいれば、その辺りも攻めてみるつもりである。

 

 買い出し、調理も俺にとってご褒美の分類だ。なにせ合法的に響さんと一緒にお出かけできるんだから。

 荷物持ちは男子の役目だと相場が決まっている。

 もちろん鬼である以上、響さんの方が圧倒的にチカラ持ちなのだが、男として振る舞える――俺が紳士的になれる数少ない場面の一つ。新婚風な空気になって一石二鳥なのだ。

「ふふっ、それじゃお言葉に甘えますね。あ・な・た」と微笑みかけてきたときの威力といったらもう。

 滅びのバーストストリームを食らったかと錯覚するほどだ。粉砕! 玉砕! 大喝采!

 ちなみに荷物は十人分近いため、めちゃくちゃ重い。

 響さんが軽々と片手で持っていたそれを奥歯を噛み締め、血管がブチギレそうな状態になる俺。カッコ悪過ぎる。最近のマイブームは筋トレです。

 ただ、最近はなぜか神セブンの一人が必ず付いてくる。

 おのれ神セブン……新妻との甘い時間を邪魔しおって。という気持ちは一割ほどで、残りはそれも悪くない、だ。むしろ楽しいまである。

 なにせ真ん中に神セブンという配置。その両手を俺と響さんが握るという――俺が前世で夢にまで見た仲睦まじい光景になる。

 前世で俺のことを「来世でもモテない」と断言した駅前のインチキ占い師ババアに見せつけてやりたい気分だ! ざまあ!

 神セブンが着いてくるようになったのは、両親に両手を握ってもらうという――今となっては叶わぬ夢を擬似的にでも体験できるからだろう。たぶん一番最初に着いてきたレティファがその心地よさをみんなに伝えたのだろう。

 料理に関しては響さんが主担当。ときには神セブンと一緒にすることもある。

 ロリヒモ光源氏スパイラルを画策している俺としては、第二期生、三期生では調理の才能を秘めている子をぜひ引き取りたいものである。

 響さんの手作り料理も決して悪くないのだが、やはりそこは元暗殺部隊。料理経験がまだまだ浅いのか――それとも前世で舌が肥えてしまったのか、やや物足りない。

 響さんの「ふふ。こう見えて私、捌くのは得意なんです。捌くのは」という、いまいちどう反応していいか困る冗談に関しては未だに正解がわからない。諸君、なんて答えたらいいと思う?

 さて、ここで冒頭に戻るのだが、響さんには響さんにしかできない役割というものがある。言うまでもない。母親としてのそれである。そこには当然――説教も含まれる。

 俺は自他ともに認める女の子に甘い性格のせいで、神セブンの子を叱るのが苦手だ。

 そこにはみんなに嫌われたくないという恐怖や不安があるのかもしれない。

 じゃあドスケベ院長をやめろよと言われてしまいそうだが、アイデンティティを即刻捨てろと命令されて遂行できる人がどれだけいるだろうか。はい、論破。

 そんなわけで俺は滅多なことでは神セブンに怒声を上げることはない。手を上げるなどもっての他である。我を見失うときはみんなの命に危険があるときぐらいだ。

 つまり何が言いたいか。俺は娘たちにとって甘々なパパであるということ。

 ――

 現在、シオンが目の前に差し出された昼食を机から払うようにして、気まずい雰囲気になっている。

 いわゆる癇癪である。

 そして、俺にはシオンがそうなってしまっているだけの理由についてそれなりに目星がついている。

 おそらくだが、レベッカたんの覚醒だ。

 武闘派のレベッカと頭脳派のシオン。

 二人は対になるような存在だ。

 なにより次々と神セブンが才能に目覚めていく中、ずっと燻っていた二人でもある。

 素直にこそなれないものの、互いを励まし、磨き合うライバル関係にあったと言えるだろう。

 そんな中、響さんの謎発言「いずれ命を狙われるレオンさん」により【天啓】の発動、剣術の才能があること、それを伝えることを余儀なくされ、瞬く間に覚醒。

 急激――という色んな工程をロケットのごとくブッ飛ばし、俺の救出に一躍買ってみせた。

 最後の一人となってしまった焦りや不安――取り残されてしまった恐怖。

 天才たちに囲まれ、一つ同じ屋根の下で暮らさなければいけない心境は複雑に違いない。それは十分理解できるところだ。

 だからこそ孤児院の財務相を担う響さんに『シオンの秘めた才能覚醒の可否』を相談・申請を進めている。

 彼女は商人としての才能を秘めている。寄付による自堕落な生活を送るためにはシオンは必要不可欠な存在である。

 ロリヒモ光源氏スパイラル計画の要とも言える。

 前世が日本であり、知識や知恵、記憶を引き継いでいる知識チート。

 誘拐されても一切抵抗できない、引くぐらい弱い代わりに才能を開花させる他力本願チート【天啓】

 孤児院院長というまだ何色にも染まっていない幼女たちに教育を施すことができる立場。

 この三つから考えても融通の効く商会が有るのと無いのでは、結果が大きく変わってくることは誰の目から見ても明らか。

 悪く言えば金の成る木を生やそうとしているわけだが、響さんの返答は「考えさせてください」である。

 ロリヒモ光源氏スパイラル計画を見せたときもそうだったが、響さんは俺の卑しい計画に勘づいている。

 しかし、理想論や綺麗事だけでは孤児院を回していくことはできないため、仕方なく、黙認している節がある。

 シオンの覚醒は今度こそ後戻りできない。いくら孤児を育てていくためとはいえ、今度こそ俺のゲス計画の片棒を肩ぐことになる。

 共犯。共謀。同罪。それらからは逃げられない。今後一生まとわりつくことになる。

 そりゃあ、「考えさせてください」となるわけである。ましてや誘拐された直後。

 私たちの身にもなってください、と説教されたばかり。こいつ全然反省してねえ……! と響さんが額に青筋を立てるのも無理はない。

 だが、分かって欲しい。男には絶対に負けられない戦いがあるんだ。

 美少女に養ってもらいながら、コスプレエッチや赤ちゃんプレイ、スライムを使ったプレイをする夢が! 

 そんなことを思案している間も険悪な雰囲気が充満していく。

「いい加減にしなさいシオン。食べ物を粗末にしていいなんて誰が教えました?」

 さすがの響さんも相手が幼女であることをきちんと理解した上での怒り方である。

 本気でキレたときの彼女の怖さはこんなもんじゃない。殺人鬼モードの響さんは中身がおっさんの俺でも失禁するレベルだ。

「別に。不味くて食べられないだけよ」

 見るからに不機嫌なシオン。どこの女優だ。

 さすがの俺もまずいよ、まずいよ、である。鬼相手にその言動は絶対にヤバい。

 なんとか仲裁に入りたいところだが、響さんの発する妖気が肌に絡みつき、声が出ない。

 絡みつくのはベッドの上だけにして欲しい。

「シオン。これはレオンさんが――みんなが頑張ってくれたこそこうして口にすることができるのです。これまで私たちがなにで空腹を凌いでいたか、もう忘れたのですか」

 たしか俺が院長になった初日に出てきたのは水のスープだったかな? 水のスープってそれただの水やないかーい!

 あと、パンは煉瓦を齧っていると勘違いするほど硬かったよ。歯が削れちゃったよ。

 だから貯金でまともな食べ物を買ったよね。あのときのみんなの食いっぷりといったらもう……。

 ちなみに響さんも暗殺部隊で活躍していたわけで、蓄えがあったそうなのだが、存在しないはずの組織を抜けるためには色々と難しいらしく。この孤児院に寮母長と戻ってきたときには無一文。

 戦闘力こそあれど、冒険者ギルドの登録なども禁じられているそうで(過去が過去だけに個人情報の流出も洒落にならないため)、本当にお金には困っていたようだ。

 響さんの偉いところは貧しい思いを自分も一緒になって過ごしていたこと。

 色々と制約がある中で幼女を七人も育てなければいけない重圧は結構のしかかっていたことだろう。

「そんなの知らないわ! 別にいいじゃない! みんなにはお金が稼げるだけの才能があるんだから!」

 お客様、お客様、お客様! 困ります!

 あーっ! お客様! 困ります!

 あーっおお客様!!

 なんて思っている間に響さんの肩が大きく稼働する。

 えっ、ちょっ、えっ⁉︎ まさか響さん、引っ叩く気ですか⁉︎ 

 それはいけませんお客さま! 困ります! あーっ! お客様! 困ります!

 いやいやいや、ふざけている場合じゃなくて!!


 ――パチンッ!!







































 ――俺はシバかれた。

「レオンさん⁉︎」

「「「「「「⁉︎」」」」」」

 バチンッ、ドンッ、ガラガラ、パリーン!

 とにかく色んな音を響き渡らせながら、みっともなく床に転げ落ちる俺。

 痛ってええええええええええええええ!

 痛ったああああああああああああああ!

 ……痛ったああああああああああああ!

「ごっ、ごめんなさいレオンさん! 言葉が通じないなら態度で示すしかなくて――」

 シオンのことか……

 シオンのことか――――――っ!

 あまりの痛みで覚醒したサ●ヤ人のごとく胸で叫んでしまう俺。

 さすがに手を出すのはマズいですよ響さん!

「大丈夫ですか⁉︎」

 大丈夫なわけねーですYO! 

 痛ったあああああああああああああ!

 マジで痛てえええええええええええ!

 俺ITEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!

 しかし、ここは紳士の見せ所である。

 考えてみればこの場に悪者はいないわけで。というか、それで言うなら悪いのは俺だ。

 もはや言うまでもないが、シオンは頭が良い。本人の大人びた言動と合間って神セブンでも上位に入る賢さだ。

 癇癪を起こしたことだって俺がこの孤児院に来てから初めてのことである。

 つまりそこには必ず因果関係がある。

 普段は優しいシオンのことだ。

 今回の『因』に当たる部分はおそらく自分だけが俺の役に立てていない、ことに対する負い目だろう。

 ずっと燻っていたレベッカでさえ、数日前に覚醒してしまったんだ。これまで抑えつけてきた感情が爆発してしまっても仕方がない。

 レティファから聞いた話によれば、俺が誘拐されたとき、救出に向かいたいと申し出てくれたと言うじゃないか。

 それを宥めたレティファもさすがだが、こんなドスケベ院長を助けに行きたいと主張してくれたシオンも可愛いもんじゃないか。

 得意分野が非戦闘系であることは頭が回るシオンなら誰よりも理解しているのに。

 つまりですね、これは俺のせいなんだよ。

 チンピラごときに誘拐される弱い俺が悪い。なのに嫁さんと娘が不甲斐ない旦那(父親)のせいでマジもんの母娘ケンカに発展しかけているわけで。

 自他ともにゲスとはいえここで身を呈して庇わないわけにはいかない。

 ヒモとはいえ、いや、ヒモだからこそ守らなければいけないものもある。

 みんな笑顔。ラブ&ピース。全員幸せのイチャイチャハーレム。みーんな気持ちいい性活。

 ただでさえ可愛い女の子は笑うともっと可愛くなるんだぜ? だったら笑顔にしてあげたくない?

 いや、すでに響さんを泣かしてしまった俺が言えた口でないことは百も承知ではあるんだが。辛い。色んな意味で泣き出したいのは俺だ。

「れっ、レオン様! すぐに法医術を――!」

 エリスたーん! エリスたーん!

 オヤジにも打たれたことないのに!

 腫れ物でも触るようにエリスたんの小さな手が俺の頬に触れる。温かい光がエリスたんの両手に灯るや否や、心地よい気持ちよさが広がっていく。

 気持ちいい。ちょー気持ちいい。

 やれやれ。仕方ない。ここは父親である俺の出番だ。任せておきなさいな。

 エリスたんの法医術を見たシオンは思い詰めた表情を浮かべ、やがてダムが崩壊したように大粒の涙を流したかと思いきや、


「レオンちゃんなんて大っっっっ嫌い!」

 

 ええええええええええええええええ⁉︎

 どえええええええええええええええ⁉︎

 二度もぶたれた! 響さんには物理的に、シオンには精神的に! オヤジにもぶたれたことないのに!

 ――バンッ! と逃げるように孤児院を飛び出すシオン。

 追いかけなくてはいけないと本能が理解しているにも拘らず、愛娘に嫌われた親バカオヤジのごとくチカラが入らない俺。

「レオン様⁉︎ レオン様!!!!」

 エリスたんの法医術もどうやら治せない怪我があるらしい。

 心に負った傷までは治療できないようだ。

 俺は腰が砕け、震える足のまま、リディアちゃんに目配せする。

 孤児院には結界が張られているとはいえ、心配にならないわけがない。

「……はぁ。なんであーしが。仕方ないから見失わないようにだけしてあげる。その代わり、後でやることやりなさいよ」

 文句を言いながら一瞬で姿を消すリディアちゃん。どこかに走り去っていったシオンの身に危険がないように見張ってくれるんだろう。

 ごめんね。そしてありがとう。

 今度、ご褒美に太ももぺろぺろしてあげるから、歩けるようになるまでお願いね!

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