第16話【レオン視点】

 計画通り……!

 男爵にフルボッコにされた俺は帰途を歩きながらそんなことを考えていた。

 隣には肩を貸してくれている響さんがむにゅっと密着している。

 ミラコー!!!! 俺はいま! 最高に! 興奮している!

 殴られたおかげで横腹が痛い中、俺は幸せな気分になっていた。

 なにせ密着状態。なにこれ⁉︎ 横乳めっちゃ柔こいんだけど! うひょー! すげー! 乳SUGEEEE! 

 おっぱい、おっぱい! おっぱい、おっぱい! おっぱい、おっぱい! おっぱい、おっぱい! 

 そーれそれそれおっぱい、おっぱい!

 脳内に潜むリトルボーイ、すなわち俺が歓喜のあまり祭り騒ぎをおこしていた。

 レベッカたんありがとう! 

 男爵ありがとう! 

 男爵のクソガキ――てめえはエリスたんにちょっかいを出したことは許さんが今回だけは大目に見てやる。

 感謝するんだな俺の寛容さと響さんの横乳に!

 孤児院の運営ってのは当初想像していた数百倍クソだるいわけで。

 孤児のみんなは可愛いが、やたらと俺に構ってもらおうと必死だ。

 それに相手をしていると必然的に俺の事務業務は彼女たちが寝静まった頃になる。

 響さんも執務はあまり得意ではないらしく、なにより寮母長として一日中付きっきりだ。

 疲労も溜まるだろうし、苦手なことは得意な人に任せるのが効率的だと相場が決まっている。

 お美しい顔を睡眠不足で濁らせるわけにはいかない。響さんは俺の目の保養なのである。

 だからこそこれぐらいの役得は享受してもバチは当たらないだろう。

 本来の目的は幼女を才女に育て上げ、寄付を募る形で養ってもらうことだったが、この横乳の感触だけで十分過ぎるリターンを得た。

 レオン、幸せ過ぎて怖い!

「適当に流さないでください! 聞いてますかレオンさん!」

「ひっ、響さん⁉︎」

 瞳を閉じて、響さんの柔らかい感触、匂い、温かさを感じることに集中していた俺はなにやら話しかけれていたらしい。

 急いで確認するとジト目を向けられていた。年上系お姉さんの呆れた視線。

 ……良い! めっちゃ良い!

 あーもう、マジで結婚してくれないかな。絶対に幸せにする! この人と結ばれて幸せだったって思ってもらえるように頑張るから!

 えっ、どうやって養うかって?

 そんなの決まってるじゃん! 卒院したみんなの寄付でさ! (クズ顔) 

「全くもう。なんですかその顔は」

 このまま貴女を押し倒して孕ませたい顔です。

 とはもちろん言えないので、

「えっと……ありがとうございます」

「どうしてレオンさんがお礼を言うのですか?」

 おっぱい。二の腕。甘い香り――その全てに対してです。

 とはもちろん言えないので、

「私の身を案じて止めに入ってくださったじゃないですか」 

「当然です!」

 当然ですか。じゃあ結婚してください。全部丸裸の子づくりエッチさせてください。

「今回は押し切られてしまい、渋々了承しましたが、やはりああいったご自身が犠牲になるような真似は今後金輪際、私の目が黒いうちは絶対にさせませんので、そのつもりでいてくださいね」

 可愛い。早口の響さんも可愛い。

 これでキレたら文字通りの『鬼』になるというのもポイントが高い。

 夫婦になったら間違いなく尻に敷かれそうだ。できれば物理的にお尻を顔に乗せて欲しい。ぐへへ。

「……えっと。私の目が黒いうちはってことはずっと一緒にいてくれるってこと?」

「! からかわないでください! 私は真剣に言っているんです!」

 照れる響さん。やっぱり可愛い。というか、何をしても可愛い。反則だ。卑怯だ。責任取って俺の子を産んでください。

「それと、その――大変申し訳ございませんでした」

 と項垂れる響さん。

 どうったの? 貴女が謝るようなことなんかありましたっけ? 可愛いは正義。たとえ何をしでかしても俺が許す!

「えっと……」

「レオンさんに頭を下げさせてしまったあげく、言いつけを守らず乱入してしまいました。手加減はしましたが、男爵に手まで。きっとこれから露骨な嫌がらせも増えるかと思います。本当に――ごめんなさい」

 なるほど。響さんは今後のことが心配なわけか。

 最近のレベッカたんは周囲が才能を発揮し始めていることで焦っているのか、じゃじゃ馬娘に拍車がかかっている。

 今回は相手がただの男爵だからこそよかったものの、これが爵位の高い貴族相手なら事はもっと大きくなるかもしれない。

 俺が頭を垂れるだけで、問題が丸く収まるならいくらでも下げるのだが、残念ながらここは異世界。相手によっては垂れた頭が落ちる。

 響さんと合体もしないまま、生涯の幕を閉じるのは残念すぎる。さすがの俺も命は張れない。

 つまりレベッカたんの矯正は急務ということになる。

 幸い俺には一つだけ案がある。

 というのも戦闘系チートを持たない代わりに俺には【天啓】と呼ばれる固有スキルなるものがある。

 簡単に言えば他人の才覚を見抜くチカラである。

 このスキルが覚醒し、俺TUEEEEできる瞬間を今か今かと待ち望んでいたのだが、本当に他人のそれを見抜くだけであり。

 鏡に写った俺がこのスキルを発動したところ、特筆すべきものが一切ないという現実に絶望した。

 とはいえ、他人の才覚を見抜くスキルである。やりようによってはひと財産築けそうではある。

 だが、【天啓】の恩恵を存分に享受するためには舌と脳をフル稼働する必要がある。

 なにより俺が弱っちいこともあり、たとえ恩を売る形で才能を自覚させてもすぐにぞんざいに扱われる。つまり都合の良い鑑定器だ。

 だから俺は王都から地元であるこの領地にUターンし、ツテを使って孤児院の院長に就任したという経緯がある。

 そういった経験から俺は【天啓】で見えたそれを無闇矢鱈に伝えることに抵抗がある。

 たとえばベストセラー作家を夢見て物語を紡ぎ続ける人がいたとする。

 俺の目――【天啓】にその才能が写し出されなかったとき、待っている現実は残酷だ。

 才能がないことなど本人が自覚しているだろうし、それを告げることは大きなお世話だろう。

 そもそも才能がない=成功できない、という短絡的な結論もどうかと思う。

 たとえ大勢の人に受けいられなくとも、誰かの心に刺さればいいと考えている人もいるだろうし、紡ぎ続ければそれでいい――それが大金代わりの報酬だと思う人もいる。

 対象の成功が何を指すかなど千差万別だ。

 さて、対象を子どもにしてみて考えみよう。俺にはレベッカが剣術に長けていることが視えている。おそらく王国屈指の剣士になるだろう。

 いや、剣聖に至ることも夢じゃない。それほどの才覚が視えている。

 教えるのは簡単だ。なにせ俺は剣を差し出すだけでいい。たったそれだけで放っておいてもメキメキと上達するだろう。

 だがそれでいいのか、と悩む俺がいる。

 いや、才覚ある幼女を育て上げ、寄付を募る形でヒモになろうとしているクズ野郎がなに良心を働かせてんだ、というのはごもっとも。

 だが錬金術師(研究者)、商人、作家と違ってレベッカが剣術にのめり込んだ場合、騎士団を始め、剣士として生きる道に歩むことになる。当然危険はつきまとう。

 もちろん異世界である以上、自衛の手段を持たない方が危険であることは俺YOEEEEの俺自身が身をもって経験している。なにせつい先ほど味わったばかりだ。

 才能がある。そしてそれを自覚できる。

 一見、良さげではある。

 だが、それは無限の可能性があるレベッカの道を一気に狭めてしまうリスクもあると思う。やりたいことがあるならさせてあげたいし、【天啓】で視えたそれを伝えるのは一区切りついてからでも消して遅くない。

 一方、やりたいことが見つかっていない状況でいきなり『最適解』を提示してもいいもなのだろうか。

 そこにたどり着くまでの紆余曲折も人生だと思うのは古い考えた方だろうか。

 悩む。レベッカたんが剣を握れば魔物を相手にすることになる。

 冒険者という選択肢が出てくる。そうなれば孤児院に資金が入ることになるだろう。正直に言えばそれは助かる。

 というのも彼女たちの才覚は響さんと相談の上、できるかぎり伏せてある。

 一番の理由は誘拐を恐れてだ。

 お前が言うなと総ツッコミされそうだが、世の中には欲にまみれた人間がいる。彼女たちの才覚がお金になることは他ならぬ俺自身が痛感している。

 見せつけるように披露すれば襲われる危険もある。

 ここは辺境の田舎だし、元殺人鬼の響さんがいるので、見せつけるようにして披露しなければ大丈夫だとは思う。それでも慎重さを忘れるつもりはないが。

 要するに。俺は選べずにいるのだ。

 剣術。冒険者として名を上げるのは悪いことじゃない。また、他のみんなと違って隠さないといけないこともない。

 レベッカが腕を上げれば上げる分、生活水準も上げてあげられる。強くなればそれだけ孤児院に悪い人間を寄せ付けないバリアとしても機能する。

 良いこと尽くしだ。レベッカたんの人生を決めつけてしまうかもしれないリスクさえ目をつぶれば。

 ということをボコられているときに、気を紛らせるために考えていたことを響さんに相談したところ、

「なっ……!」

 目をぱちくり。響さんは驚いた顔をする。

 えっ、もしかしてなにかまずいことを言っただろうか。

 俺が内心ビクビクしていると、響さんは呆れたように「はぁ……」とため息をこぼしてから、

「まさか男爵に手を上げられているときにそんなことを考えられていたのですか?」

「えっ、あっ、うん、はい。ただ誤解して欲しくないのは頭を下げることぐらいはどうってことなくて――でも、やっぱりこういうことが続いたらレベッカはもちろん孤児院全体にも良くないし。響さんにも心労をかけることになるしさ」

「本当に貴方という人は――」

 急に視線を逸らされる俺。

 えっ、なになに⁉︎ もしかして続く言葉は自分のことばかり考えて、みたいな⁉︎

 保身ばかり考えているクソ野郎だと思われちゃった? 

 嫌だ! それは絶対に嫌だ! 最悪、孤児のみんなからクズ野郎と罵られてもいいから、響さんだけは! 響さんだけには嫌われたくない! 嫌だぁぁぁぁ!

「レオンさんの身近にいる人の気持ちも考えてあげてください!」

 うぎゃああああああああああっー!

 嫌われた! 自分のことばかりじゃなくてもっと周りの気持ちになって考えろって怒られたぁぁぁぁぁぁぁ!

 諦めざるを得ないので試合終了です。安西先生、響さんにダンクシュートしたかったです。ありがとうございました。さようなら。

「こういうことはちゃんと私にも相談してください。あの子たちの問題は私たち二人の問題でもあるのですから」

「あっ、はい、すみませんでした……」 

 もはや今の俺に響さんの横乳を楽しむだけの元気はない。

 意訳すると何一人で勝手に悩んでやがんだてめえ。おめえがミスったらこっちにも支障が出るんだからな? そこんとこわかってんのかあアん? ってことですよね。

 あっ、はい。本当ごめんなさい。

 安西先生。響さんにダンクシュート決めたかったです。もう二度とバスケしません。

「自分ばかり思い悩んで肝心な事は相談してくれない。そんなに私は頼りないですか(ぶつぶつ)」

 響さんがブツブツ言っている。どっ、どうしよう聞き返したら怒られるかな。

 でもなんて言ったかすっごく気になるし。

「あの、響さん? 今なんて――」

「レオンさんにはがっかりしたとそう言ったんです!」

「なん……だと……」

 俺の霊圧が消えた。

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