第13話【レオン視点】

 結論だけ、書く。

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したおっぱい失敗した失敗したおっぱい失敗した。

 納豆のような粘り腰で「飾りつけだけでもさせて欲しい」という嘆願は吐き捨てるように却下されてしまった。つらたん。

 あまりに俺が食い下がるもんだから「いいからレオンちゃんはなにもしないで! 私に恥をかかせるつもり⁉︎」とすごい剣幕で押し切られるしまった。

 ……なんだよ! そんな言い方ないじゃん!! 飾りつけぐらいさせてくれよ!

 昔はよかった。

 彼女たちが幼い頃は輪っかを作ってあげただけで大喜びしてくれたもんだ。

 それが今や王都で欠かせない人材になった途端これだ。

 ちくしょう! また腹が立ってきた!

 なんだよ、私に恥をかかせるつもり⁉︎ って。こんなことで腹の底が煮え繰り返っている俺の方が恥ずいわ!

 だいたい折り紙は俺の数少ない特技の一つだぞ?

 それを封印されたら、折り紙の得意なスケベ院長からただのどスケベ院長に下がってしまう。

 鶴を折っただけで幼女から賞賛されたあの頃に戻りたい。

 折り紙で作った王冠に神セブンが突然オークションを始め、数百万もの値がついたあの頃に戻りたい。

 川辺でいじけていると、

「なにあんた……もしかして落ち込んでんの?」

 背後から声をかけられた。

 振り向かなくてもわかる。この声は剣聖のレベッカだ。

 燃えるような紅の髪に猛禽類を想起させる瞳。高身長で引き締まった肉体。

 けれど女としての主張も忘れないという欲張りっぷりである。

 戦闘力たったの三。ただのゴミである俺が決して敵わない相手だ。

「いつまでも落ち込んでんじゃないわよ。十六になったら卒院。あんたが決めたことじゃない?」

「それはそうだが……」

 どうやらレベッカは俺がみんなとの別れを惜しんでこの川辺にやってきたと思い込んでいるようだった。

 彼女は生粋の武力派。戦闘狂の一面もある。一流が集う王都でその実力を振るうこともできるため、卒院にいち早く踏ん切りをつけた人物でもある。

 別に王都と孤児院が地球の裏側にあるわけでもなし。不眠不休で走れば一週間程度でたどり着ける距離じゃない、とはレベッカ談である。

 不眠不休で走れば一週間……?

 これはゴリラですか? いいえ、脳筋です。

 王都とここ、どんだけ離れてると思ってるの? 馬鹿なの? 

 色々とツッコミたくなる俺だが、レベッカは知らない。

 実は俺が神セブンとの別れを惜しんでいるどころか、望んでいることを。

 俺が川辺でいじけて指で絵を描いていたのは飾りつけを取り上げられたからだということを!

「ああ……もう! 見ていられないわね! はいっ! これでいい!」

 レベッカはなにを勘違いしたのか。俺の傍に高速移動し、震える手を握りしめてきた。

 恋人のように指を絡ませてくる。

 棚からぼた餅とはこのことである。

 手が震えていたのは折り紙をしたくて仕方がなかったからなんだが、もうどうでもいいや。手の温もりこそ真実。この手をぎゅっと握られるならなんだっていい。

 ……うひょーぉぉぉぉぉぉっ!

 レベッカのお手て柔らかぁーい!!

 世界広しといえども、聖剣を握る国宝級の手に指を絡ませることができる男なんて俺ぐらいじゃねえの⁉︎ ウマー!

 あー、神セブンのみんなとの別れは辛いよぉー、悲しいよー、泣いちゃうよー。だからもっと手の感触を楽しんでもいいよね? 答えは聞いてない!

 レベッカの両手は剣士ということもあってたくさんの傷とたこができていた。

 この程度なら法医術で治療すればすぐに消えるのだが――、

「……あっ、あんまり手の感触を意識しちゃダメよ? 私は他の子たちと違って――」

 俺が傷やたこに触れたからだろう。

 剣聖とはいえ女の子である。傷まみれの手にいい思いはしていないだろう。

 レベッカの俺の握るチカラが弱くなる。

 ダメよ〜、ダメダメ。

 今の俺はシオンに戦力外追放されて傷心中なのである。肌の温もりは必須! 凍った俺の心を溶かすことができるのは体温だけだ!

 俺は逃すまいと追うようにしてレベッカの手を握り返す。

「えっ、ちょっと……!」

 と困惑するような――恥らっているような彼女を見て俺は脳をフル回転させる。

 どうすればこの手をもっと握っていられるだろうか。いや、願わくばこの手で俺の聖剣を握って振ってもらうためにはどういう言葉をかければいいだろうか。

 俺の息子――約束された勝利の剣エクスカリバーは宝具である。

 超一流のS級美女にしか握ることは許されない暴れ馬。

 僕はね、正義の――いや性技の味方になりたかったんだ。

「――なにを戸惑うことがある。この手にできた傷は強くなりたいと願った勲章のようなものだ。たこがつぶれてゴツゴツしたところも、皮がめくれザラザラしているところもレベッカが誰かを守るために剣を振るった証拠だ。そんな手に触れさせてもらえることを――握らせてもらえることに敬意を表することはあっても嫌だと思うことはない。だからレベッカも握り返してくれるかい?」

 俺は天才じゃないだろうか?

 女の子の手ってどうしてこんなに柔らかくて、ぷにぷにしてて、温かいんだろう。

 幸せホルモン、プシャァァァァー!

 ドーパミン、ドバドバァァァァ!

「……ふーん。やっぱり覚えてくれていたんだ」

 えっ、なにを?

「ほら。私って昔から喧嘩早かったから。いっつも暴力的だったじゃない?」

 うん。それは覚えてる。爵位が低いとはいえ貴族のクソガキをボコボコにしてたもんね。

 君、知ってる? 俺めちゃくちゃ土下座して回ったんだよ? 響さんと一緒に。で、謝罪しに行ったら、俺の嫁さん候補の響さんとにゃんにゃんさせろとか言ったから、ぶん殴ろうとしてカウンターをもらって、それを見た響さんが鬼人化して――もう本当に大変だったんだから!

 ボロボロになった俺を響さんが介抱してくれなかったら――肩を貸してくれたときに横腹に横乳の感触がなかったら――蒸発してたからね? 結論、響さんのおっぱい、柔らか過ぎ! ナマ乳揉ませてくれないかなー? 無理かなー?

 まっ、たいてい貴族のクソガキが親の権力を盾にイキリまくっていたのが原因だし、内心じゃ「鼻の骨だけじゃなくて肋骨も折ってやればよかったのに」って思ってたんだけど。

「エリスに嫌がらせする貴族の子どもが気に入らなくて――ボコボコにしたことがあったじゃない? そのときあんたが私に言ってくれたことは『アーサー王』を拝命することになった今でも鮮明に覚えてる」

 あれ、俺なんて言ったっけ?

 えっ、レベッカたん⁉︎ どうしたの? 手を握りしめるチカラが強――痛い痛い痛い! 握り返してって言ったけど強いよ! 君、握力百キロあるよ! りんごを片手で握り潰せるんじゃない! 

 あっ、でも、手の柔らかさがダイレクトに伝わって――なにこれ。痛いのに気持ちいい。新境地だ。レオン、痛いのも行けちゃう。

 だけど涙が出ちゃう。男の子だもん。

「鼻の骨だけじゃなくて肋骨も折ってやればよかったのに、って。ふふ。あの大賢者様がよ?」

 あっ、口に出して言っちゃってたんですね俺。口は災いのもと。気をつけよう。もう遅いかな……遅くないよね?

「それから私の手はとても綺麗だって言ってくれたわ。強くなるために努力した証だって。それを大切な人を守るために振るったレベッカは騎士に相応しいんじゃないか、ってね」 

 俺を揶揄うように笑みを浮かべるレベッカ。

 ごめんな。全然覚えてない。

 もしかして俺とレベッカは一週間フレンズだったのかな? 

「その努力は――チカラは――大切な人を守るために使ってこそ真価を発揮する。いざというときは躊躇なく行使しろって。でも、どうか暴力で黙らせればいい、そういう勘違いだけはしないで欲しいとあんたは言ってくれたわ」

 言ったっけ? あー、なんか言ったような気もするね。

 たしかにエリスたんにちょっかいをかけてくるボンボンにムカついていたのは事実だけど、その度に鼻の骨を折っていたんじゃ、俺の頭がいくらあっても足りないからな。

 いや、こんな能無しの頭を下げたぐらいで許してもらえるならいくらでも下げるんだが。

 謝って許してもらえるって最高のコストパフォーマンスだし。

 ただ、それで騎士団に相応しい才能があるレベッカに悪評がついて回るのは良くない。

 彼女には剣士としてお金を稼ぎ、孤児院に寄付してもらわないといけなかったし。

 レベッカが薄く朱にそまった顔を俺に向けてくる。

 えっ、ちょっ、なっ――!

 まっ、まさかそういう雰囲気が出来上がってた⁉︎ 水辺で男女が露出にゃんにゃん⁉︎

 ダメだよレベッカ。俺の声がみんなに聞こえちゃうよ。でもそんな熱い視線で求められたら――。

「ねえ、久しぶりにアレ、見せてよ」

 ああいいとも。俺の聖剣でよければいくらでも観察してく――ん? アレ?

「レオンの抜刀術を見たいの。お願い」

 美人の上目遣い+お願いを断れる男が果たしてこの世にいるだろうか。いいや、いない。

 ……だが。

 くそおおおおおっ! 脳筋だと思ってたのに! レベッカは脳筋だと思っていたのに!

 上げて落とされた!

 そりゃそうか! レベッカはもう剣聖。俺のにも気付いているに違いない。

 ぬおおおおおお! まさか卒院間近に強請られてしまうとは! ああ、そうかい、シオンだけじゃなくてレベッカも俺のことを見限ってたのか。

 レベッカの思惑は、成長した彼女の前でインチキ抜刀術を披露させて、幼少期に騙していたことを認めさせる気だな⁉︎

 ひどいよ!

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