第2話【レオン視点】

 ――時は遡って。

 レオンがパレードに参加することなど夢にも思っていない頃。

 彼は平和な一日を過ごしていた……はずだった。


 ☆


 どうもレオンです。

 前世の日本で女の子から言われて興奮――間違えた、衝撃的だったのは「汚ねえんだよ、ドブネズミが!」です。

 対戦ありがとうございました。

 突然だけどさ……みんなワクワクしてる?

『時計の針って面白くて、長針と短針が約一時間ごとに重なるんだよね。毎時間重なるんだけど、でも、十一時台だけは重ならないんだよ。短針が逃げ切っちゃう。二つの針が再び重なるのは十二時。鐘が鳴る時。

 鐘が鳴る前は、報われない時間があって。

 鐘が鳴る前は、見向きもされない時間があって。

 俺? 

 もちろん俺にもあったし、皆にも必ずあると思うんだよね。

 人生における十一時台が。

 でも大丈夫。

 時計の針は必ず重なるから。

 だから、みんなも挑戦しなよHAHAHA!』

 孤児院の執務室でぺったん、ぺったんとハンコを押しながら勝ち組名言を反芻する。

 苦節十年。

 ……いやぁ、長ったなぁ。

 最貧困時代を経験した分、才色兼備の美少女たちからの寄付金で生活できるようなった現状はとにかく感慨深いものがあるね。

 しみじみと感傷に浸っていると、

「どうぞ」

 心が安らぐ香りとともに差し出されたのは紅茶だ。腕を追うようにして視線を移す。

 処女雪のような肌で綺麗な手は――俺の癒し、響さんだ。

 彼女は孤児院の寮母長。

 もともとはこの孤児院の総責任者だったお姉さんだ。

 顔を造形するパーツはそのどれもが一級品。舐め回したい。間違えた。チューしたい。違う。ベロチューしたい。

 あかん、響さんの顔を視界に入れたら理性が全く機能しない。

 ちゃんと仕事しろこのムシ野郎!(それは思っていても口にしちゃダメ!)

 高身長のモデル体型で特筆すべきはパイオツだ。でかい。デカ過ぎる。なに食ったらここまで成長するんだろうか。

 埋もれたい。その谷間に顔を埋めたい。埋めて子どもに戻りたい。おぎゃりたい。

 孤児院の幼女たちみたいに「お母しゃん!」「ママー!」「ひびきおねえちゃん!」と口にしながら、その魅惑の双丘を歪ませたい。

「あらあら。よだれが垂れていますよ」

 妄想からの至福で一瞬意識がぶっ飛んでいた俺はどうやら口からよだれを垂らしていたらしく、響さんがそれをハンカチで拭ってくれていた。

 目と鼻の先に整った顔。

 うわ、まつ毛長! くるるんってなっとる。かっわ! えっ、かっわ! はい、推し。響さん推し。俺の嫁決定。

 押し倒すけどいいよね? もちろん答えは聞いてません。

 脳内がピンク一色に染まる中、響さんはジッと俺の両目を見つめてくる。

 あっ、これ惚れられたわ。

 前世でチワワのような目をしていたら「死んだ魚のような目をやめなさい!」とブチギレされたことのある俺の瞳はどうやら今世では美人を惹きつけるらしい。

「ほら。クマができてます。執務をお任せしている私がこんなことを申し上げるのはおこがましいと思いますけど――ちゃんと休んでくださいね。じゃないと巣立っていったあの子たちも悲しみますから」

 目を伏せ申し訳なさそうに言う響さん。

 うん。プロポーズしよ。俺のことを気遣って本気で心配してくれる年上系のお姉さん。ナイスですねぇ。はぁっい!

 どうやら響さんは執務室に山のように積まれた書類を見て気遅れしている様子。

 それと俺の両目のクマを勝手に結びつけて、深夜遅くまで執務を頑張っている院長像を勝手に作り上げている。

 

 えっ、中身を確認しなくていいのかって?

 やれやれ。これだから素人は。

 自慢じゃないんだけど、この孤児院には才女が集まっていた。

 その才覚を見抜いた俺はピーンと来た。

 よし、利益度外視で彼女たちを育て上げることだけに集中しよう、と。

 巣立った彼女たちの類まれな才覚に寄生し、寄付してもらおう。養ってもらおう。

 そんな下心で孤児院経営していたら――。

 彼女たちは無事に巣立ち、莫大な額を寄付してくれるようになった。

 それは当初俺が画策していた額よりも0が二、三個多くて顎が外れそうになったことは秘密だ。

 そんな背景もあって優秀な従女兼秘書――セレスさんを雇うこともできた。

 彼女が一度確認した資料には先にサインが書き終えられている。

 セレスさんは奴隷商人から購入した経緯もあり、背信行為ができない。俺や孤児院に害になることを行えば奴隷刻印が死に誘うからだ。

 まあ、俺としてはもう絶対の信頼を寄せているので奴隷刻印を解いてもいいんだけど、「レオン様は主人と従女という関係で興奮する変態ですので、このままがよろしいかと」って言われちゃった。

 ドMかな?

 つまり、俺の存在価値はもはやただ黙って執務室でハンコを押すだけ。目のクマは、ごめんなさい。こういう目なんです。

 ちなみに書類で気になることがあればたいていセレスさんが確認し終えている。

『○○のため、こうこうこうしようと存じます。理由は――案は――』みたいな注意書きがされてあるのだ。

 俺はそれをうちの従女兼秘書マジ優秀、とセレスさんのデカ尻を思い出しながら確認し、気が付いたら一日の業務が完了する。

 なのにセレスさんと響さんは「本日はお疲れ様でした」と労ってくれる。天国かな?

 さて、ここで大切なことは、調子に乗らないことだ。

 衝撃的な告白をすると、巣立っていった彼女たちの中には『剣聖』『王女』『大商人』『ベストセラー作家』『聖女』『創造の錬金術師』『大魔導士』と今では王都で欠かせない偉人にまで成長した娘たちもいて。

 奇しくも才覚の豊作――特筆すべきことがなにもない、つまらないど田舎の孤児院から天才が現れたとなれば、当然院長に注目が集まる。

 勲章や褒賞を餌になんとか俺を外に引き摺り出し、そのカリスマ性を利用しようと近付いてくる不届き者もいるわけで。

 上手く立ち回れば地位や名声を上げられたんだろうけど――

 いや、当然でしょ。これでももう十分過ぎるぐらい寄付をもらっているし、なにより嫉妬で命を狙われたんじゃたまらない。

 そういや王族の護衛に出世した『剣聖』が俺の近衛をやりたいとか言ってたっけ?

 そんなわけで嫉妬を買わないように「私の手はこの小さな孤児院だけで塞がっているんです」みたいな言葉を盾にできるかぎり俗世と関わらないようにしていたら……「なんて無欲な人なんだ! さすが聖女様の師にして父。大賢者だ!」とまた噂になっていた。

 アッハ、うける!

 幼女を俺好みの女の子になるよう育て、巣立った彼女たちから雛のように寄付してもらっているだけなのに『聖人』『大賢者』だよ? 

 とりあえず響さんに求婚しようとした次の瞬間、

 ――バンッ‼︎

「ドブネズ――レオン様! 王都からお便りが飛竜便で届いております! 受け取りをお願いしてもよろしいでしょうか」

 お使いから帰ってきたセレスさんが息を切らしながら執務室に入ってくる。

 ……どうでもいいけど、今ドブネズミって言いかけなかった? 

 まさか前世だけじゃなくて今世でも言われるとは。レオンまいっちんぐ。

 いや、っていうか、このど田舎に飛竜便?

 それもわざわざ手紙を送るだけに?

 いやいやいや!

 この世界の郵便は召喚術師による伝書鳩の使役か、せいぜいグリフォン便がいいところだ。

 飛竜を操作する竜騎士は需要に対して供給が間に合わない貴重な存在。

 わざわざ手紙に飛竜って……どこのブルジョアだよ。

「わかった。受け取ってくるよ」

「急いでください! 飛竜便は五通届いているそうで、他の竜たちが着地できず渋滞しています!」

「ええっ⁉︎ こんの狭い領地に飛竜が五体も来てんの⁉︎ 馬鹿じゃないの⁉︎」

 よっぽど緊急の何かだろうか。こんなど田舎に飛竜まで使って手紙を送り届けてくるなんて普通じゃない。

 もっ、もしかして俺の可愛い教え子たちに何かあったのだろうか。

 ……嫌な予感がする。

 このときの俺は平穏なヒモ生活が失われるまでの不吉なカウントダウンが始まったことなんて知るよしもなかった。



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