【彼女は知人】💁♂️【小話】
細見歩く
第1話 💁♂️てにをはってなんだ。
これは彼女から知人になった大切なひとの話。
人生を俯瞰で見るようになって、より彼女は魅力的で狂おしく思うようになった。
象徴的な記憶がある。センセーショナルなわけではない。私にとって鮮明な記憶というだけ。文章を書くときに、ふと思い出してしまうような場面だ。
恐らく19歳くらいのとき。
当時はメールで戯れあうことが私たちの楽しみのひとつだと思う。
*
「おはよー、今日はバイトに行ってくるよ」
僕は日雇いのアルバイトに出勤すべく家を出ようとしていた。
出発前には付き合っている彼女に向けて朝のメールを送る。なんのことはない。用事もない。ただ連絡を取り合うことが彼氏彼女の特権だし、義務でもある。
日雇いのアルバイトは、割と気持ちが楽だ。
働いたらお金になるし、別に難しいことはない。考えることがあるとすれば、働きたいという気持ちを持てないくらいだ。
インターネットにどっぷりと浸かっているとは思わないが、日常的に接続していると、目の前の現実が全部FAKEに見えて仕方がなかった。働いたら負けだと思うなんてREALだったし、みんなと違う僕はDOPEな気もしてくる。
だからこうして、彼女に満足して欲しくてバイトにも励んでいるんだから。デートするのもプレゼントするのもお金がかかる。これだけはどうやったって一番の現実でもあった。
僕らは学生だし、お互い実家に住んでいるから、愛を確かめるにもお金がいる。
手早く準備を済ませた僕は、ニーハンのバイクに跨りアルバイト先に向かっていた。しっかりと運転すれば30分以上かかる道を、モラルの欠けた運転で20分くらいに短縮して駆け抜ける。
ジリジリと感じるスリルや、背徳感。彼女の顔を思い出しながら走る内に、次に会える日が楽しみで仕方がなくなっていた。
アルバイト先に到着し、ケータイを確認すると、彼女からメールの返信が来ていた。
「おはよう。今日も一日いい日になるといいね。アルバイトがんばって」
可愛らしい顔文字がついたメールの本文と、繰り返すごとに増えるメールの「Re:」が不思議と絆に見えて嬉しく感じる。
しかし、働きたくないという僕の気持ちが通じてしまったのかはわからない。せっかく時空を短縮してまで駆けた20分のアドバンテージも虚しく、僕は遅刻をしていた。
今日の仕事がいつもの出社時間と違うことを把握していなかったといえば、その通りなのだが、日雇いの仕事なんてこんなものかもしれない。今日の仕事がなかったことに愕然としてしまったが、僕は何も言い返すことなどできるはずもなく、帰宅の途に着くしかなかった。
その場にいても仕方がないので、派遣会社から帰ろうとバイクに跨る。しかし、そのまま家に向かうような気分でもなかった。とりあえず、寂しい懐はそのままに、飲み物でも手にして一息を吐こうと考えていた。
近くに自動販売機を見つけ、バイクを停めた。
手が余る僕は彼女に「今日の仕事なかったみたい」と落ち込んだ絵文字をつけて送信する。
遅刻してしまったことは言わない。格好がつかないからだ。
しかし、遅刻をしてしまった事実は、僕の中で罪悪感として現れていたのか、どうしようもない現状に開き直ったのかはわからない。
多分僕は、彼女に肯定して欲しかったんだと思う。
「お疲れ様でございます。ご連絡を賜りまして誠にありがとうございます。」
と、テレビで聞き齧ったような敬語を書き連ねて彼女にメールをしたのだ。
手にした飲み物を飲み切る頃に、彼女からの返信がやってきた。
「急に丁寧か!てにをはが気になるけど、いい感じなんじゃないかな?
がんばって!」
思っていた内容でなかったことに、僕はカッと顔が熱くなった気がした。
ただ、少し認めて欲しかった。仕事はなかったけど、社会人みたいに振る舞えるんだよ、僕は。
なんで上から目線なんだよ。ちょっとしたネタじゃん。これもネタなの?
次のデートどうするの?僕、お金ないんだよ?
八つ当たりに近い思いが湧き上がってくるのを、なんとか心に留めておき、「てにをは」とはなにかを調べるのだった。
【彼女は知人】💁♂️【小話】 細見歩く @aruku_hosomi
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