第19話 図書室の怪 ③
「なずな、どうして安倍くんは、リサ達に声をかけたんだと思う?」
「なんでだろう?」
学校からの帰り道、わたしは、すずしろをいれるはずのゲージを揺らしながら、リサちゃんと並んで歩いていた。すずしろはというと、ゲージに入ることを嫌がって、真っ白いしっぽをぴんと立ててわたしたちの少し先を歩いている。おばあちゃんが編んだ服を着ているから、背中の翼はぱっと見、わからない。
リサちゃんには、理科部で預かっている子猫で、わたしはお世話係に任命されたと説明している。
ちゃんと、話さなきゃだなぁ。
いつもそう思うけど、なんとなく話すことができない。
「もしかして、なずなに気があるとか?」
「そんなことありえないよ! 名簿を見て、初めて『芹沢なずな』がわたしだってわかった感じだったし」
わたしは、右手をぶんぶんと大きく振って否定をする。
「そういえば、来館者名簿の名前を見てから、安倍くんの態度変わったような気もする」
「でしょ―。だから、安倍くんは、『芹沢なずな』という名前だけ知っていたんじゃない?」
「なずなってそんなに有名だったの??」
「まさかぁ」
そうよ。わたしは目立たない一般生徒だ。校内順位だって、たぶん、中くらいだし(希望的観測)、朝礼で表彰されたこともない。
「あるとすれば……」
「すずしろ!!」とわたしとリサちゃんの声が重なる。「だよねー」と二人で笑いあう。
「理科部でけがをした子猫のお世話をしている女子生徒がいるっていうのは、かなり有名なのかもね」
「そうかも」
「すずしろって、かわいいもん。リサもすずしろのケガが治ったら、モフモフを堪能したい!!」
あっ!!
「……、ねえ、リサちゃん、今日ってうちに遊びに来れる? ちょっと話があるんだけど……」
「? なになに? 柳井センパイへの愛に気がついたの? それとも安倍くんにトキめいてしまったとか?」
「ないない!! それは両方とも絶対にないから!!」
わたしは真っ赤になって、全力で右手をふる。リサちゃんがそんなわたしをみて、アハハと笑う。
「アハハ。からかっただけよ。……、なずなってすぐに真っ赤になるんだから、……かわいい」
リサちゃんが、少しアツくなった私のほほをちょんちょんと触る。わたしは口をとがらせていたけれど、プッとふいてしまった。
「んもぅ。リサちゃんったら! ……今日は、忙しい?」
「ううん。期末テストも終わったところだし、問題なしよ。なずなの家に行くのって久しぶりじゃん? おやつ、何をもっていこうかな? やっぱ、三好堂のアイス最中かなぁ。そうなると、駅前経由になるから、ちょっと遅くなるな。となると、コンビニでアイスかぁ。最近、『バターアイス』っていうアイスが流行っているらしいからそれにしようかな。でも、すぐ売り切れるって話だし……」
リサちゃんが、腕を組んで、何を手土産に持っていくか悩みだした。
わたしはあわてて、「今日はね、おばあちゃんが、すずしろのためにスフレを作って待っているって言っていたから、おやつはいらないよ」と声をかけた。それを聞いて、リサちゃんが首をかしげた。
「? すずしろのためのスフレ?」
「うん。詳しいことはおばあちゃんの工房で話す」
「……わかった」
リサちゃんが大真面目にうなずいたかと思うと、パンと両手を叩いて飛び上がった。とびっきりの笑顔をわたしにむける。
「よくわかんないしけどさ……、なずなのおばあちゃんの作るスフレって、チョコレートのふわふわっとしたスフレでしょ? いや――ん。久しぶりに食べるぅ! ちょー楽しみなんだけど!」
◇
「……、というわけで、すずしろは物の怪で、わたしはすずしろのお世話係になったんだ。給食室の事件も、物の怪達が遊んでいたのを誰かが見て噂になったらしいの。ごめんね。今までだますようなことばかり言って……」
リサちゃんの顔をまともに見れず、ずっとティーカップとにらめっこしながら話していたわたしは顔をあげた。リサちゃんは、楽しみにしていたおばあちゃん手作りのチョコレートスフレに手をつけずに、じっと目をとじてわたしの話を聞いてくれた。
そして、話が終わると、ゆっくりと目をあけて、わたしをみて、作業台の上でスフレと格闘しているすずしろを見た。わたしはすずしろに、すずしろが着ている服の紐をとる。
しゅるり……。かすかな音を立てて紐がほどけて、服が落ちる。
ふわっと、すずしろの真っ白な翼が広がる。ぱさり ぱさり とすずしろが翼を揺らす。白い毛でおおわれた鳥の羽のような翼。風切羽も雨覆羽もふわふわした真っ白な羽。大きさは、それほど大きくない。飛ぶための翼というよりも、空中でバランスをとるための翼と言った方がいいかも。
「やだ。ほんとに天使猫みたいに翼があるじゃない。かわいい!! 」
リサちゃんがすずしろに手を伸ばす。すずしろが、スフレを抱えてさっと逃げる。
『スフレはあげないよ! リサが来たから一つ減ったんだからね!!』
「しゃべった! いやん。声も可愛いじゃん!」
リサちゃんが黄色い声をあげる。すずしろは、チョコレートまみれの顔でつんと澄まして立っている。
『当然!』
わたしは、「チョコまみれの顔じゃ、そんな澄ました顔をしても、全然ダメだから」と言いたいところをぐっと我慢する。
だって、チョコまみれの顔にすっかり心を奪われたリサちゃんが、ずずっとすずしろに近づいたんだもの。
「リサの分を少しあげたら、触っていい?」
『仕方ないなぁ』と言いながら、すずしろはリサちゃんのそばによった。リサちゃんはすかさず、すずしろを抱きかかえると膝の上にのせて椅子に座った。
「わたしも、なずなのおばあちゃんのスフレ大好きだから、はんぶんこね!」
リサちゃんは、フォークでスフレを半分にすると、片方を自分の手にのせて、すずしろの口元に持っていった。片手にスフレをのせ、空いている手ですずしろの背中をゆっくりとなでた。すずしろはまんざらでもないらしい顔をして、スフレを食べ始めた。
「きゃー、食べたわよ! なずな、見た?? リサの手の中のスフレを食べたわ―!! かわいいー! なずなが猫もどきという名前の物の怪だというから、ちょっと身構えたけど、モフモフしていて、かわいいじゃん! なんで、もっとはやく教えてくれなかったのよぉ。いけずぅ」
「いけず?」
「西の方の方言で、意地悪っていう意味」
「ごめん」
もっと早くリサちゃんに言えばよかった。
リサちゃんを信じていなかったわけじゃない。でも、いろいろひっかかって、なんとなく切り出せなかったんだ。それに、期末テストもあったしね。
言い訳をしようとしたわたしの唇が自然にとがっていたみたい。リサちゃんがあわてて言う。
「そんな顔しないでよぉ。ちょっと茶化しただけなんだから。リサ、なずなが秘密を話してくれてうれしいなぁ。すずしろのモフモフを堪能できてうれしいなぁって思ってんだから!」
もういいよね?とばかりに、すずしろがリサちゃんとわたしの顔を見る。そして、リサちゃんの膝の上からするりと抜け出して、棚の上に登っていった。リサちゃんが「あっ」と小さな声をあげたけど、すずしろを追いかける気はないらしい。手元にあったティーカップを手に取る。今日は、リサちゃんの好きなミントティ。
「そうそう、木曜日って、明後日でしょ? 行く?」
「なんだか、嫌な予感がする。だから、明日の放課後、柳井センパイに相談しようかなぁ……」
わたしもミントティを口に含む。ミントの青くてさわやかな香りが鼻から抜ける。口の中もさっぱりする。わたしがほわっとしていると、リサちゃんがわたしの顔をのぞきこんだ。
「それって、リサもついていっていい? 木曜日の夜の件は、リサも誘われてるし……」
「う……ん。でも、理科室って、物の怪、いっぱいいるかもしれないよ?」
明日は部活もないから、柳井センパイ以外のセンパイがいるとは思えない。
「大丈夫よぉ! だって、柳井センパイいるでしょ? 柳井センパイとお話しできる絶好の機会じゃない? 普段は部員じゃないからお話しできないし! 」
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