第5話 おばあちゃんとすずしろ ①
「おばあちゃんいる?」
わたしは、すずしろを抱きかかえながら、おばあちゃんが作業している工房に足を踏み入れた。拡大鏡越しにおばあちゃんがわたしのほうを見る。
うう。おばあちゃんの目が、目が大きく見えるよぉ。
わたしの顔がひきつったのがわかったのか、おばあちゃんが笑いながら、拡大鏡から目をはなして、わたしのほうを見た。
「お、おばあちゃん、あのね、このこね……」
一瞬真顔になって、おばあちゃんがわたしを見るから、ドキッとする。
おばあちゃんは、昔、失せもの探しの占い師をしていたって噂を聞いたことがある。たまに、おばあちゃんの手作りアクセサリーショップ ― HAKUYOKU になくしたものを探してほしいと頼みに来る人もいるしね。でも、おばあちゃんは、どんなに頼まれても首を縦に振らない。
占いをしない理由をおばあちゃんは話してくれないけど、たぶん、ママのせいじゃないかなぁって思う。
ママは占いを信じない。「理論的根拠がない」と言ってテレビの占いでさえ嫌な顔をする。そんなこともあるから、おばあちゃんもわたしも、ママの前ではユウレイや物の怪の話はしない。二人っきりの時だけ、内緒話のようにするだけだ。
「おや、かわいい子だねぇ……」
ふんわりとしたおばあちゃんの言葉に、わたしの肩の力も抜けていく。
「何て名前だい?」
おばあちゃんがすずしろを見て聞く。わたしが答えるよりも早く、すずしろが口を開いた。
『すずしろ』
すずしろが、わたしの腕の中で翼をふわりと広げる。まるで、翼をおばあちゃんに見せつけるかのような仕草だ。おばあちゃんはふふふっと笑う。
「りっぱな翼だねぇ。それに、良い名前だ。なずながつけたのかい?」
「うん。おばあちゃん、わたしね、学校でね、すずしろのお世話係に任命されたの。だから、家にも連れて帰ることになったんだけど、いいかなぁ?」
わたしは、おずおずと、おばあちゃんのそばに近づく。
おばあちゃんはメノウ浜で拾った綺麗な石をペンダントにするところだった。
作業台の上には、桜色、飴色、ヒスイ色、いろんな色の石が入っているケース、刺繡糸や縫い糸などの糸が入っている箱、綺麗な六角形の小箱、金色の小皿に乗せられた小さいけれど真っ赤なサンゴの欠片、編み途中の紐がかかっているボード……。
「いいも悪いも、なずなとすずしろで決めたことだろう? 私がとやかく言うことはできないよ」
「でも、ママはどうかなぁ」
そう。一番の問題はママ。
ママは自分の常識を超えて理解できないものは見ない。どんな現象だって科学の力で解明して見せるっていつも言っている。
さっき、柳井センパイが人間は見えない『気』より見える科学をとったって言っていたけど、まさにそんな人間だわ。
「さくらがうんと言うかどうかは難しいところだけど、……、でも、まあ、……大丈夫だよ。なずなが気持ちを込めてちゃんと説明すればわかってくれる」
「そうかな?」
「そうだとも。さくらだって、頭ごなしに否定したりはしない。いつだって、なずなの話をちゃんと聞いてくれるだろう?」
「うん。そうだね」
「なら、あとは、なずなの頑張り次第だ」
「そっかぁ。……なら、頑張ってみる!」
「いい子だ」と、おばあちゃんが、しわくちゃの顔をもっとしわくちゃにして笑った。
よかったぁ。第一関門クリア!
おばあちゃんが、腰を少し浮かして自分の座っている位置をずらした。わたしはおばあちゃんが座っていた長椅子に一緒に腰を掛ける。
優しく、おばあちゃんが、すずしろの頭をなぜた。
あれ?
すずしろ、おさわりオッケーはお世話係だけじゃなかったの?
すずしろは、嫌がりもせずに、耳をへにゃりとさせて、のどをごろごろならしている。
「やっぱり、おばあちゃんって、すごいね。すずしろが甘えている」
「それなりに年をとっているからねぇ……」
作業台の上にあった、綺麗な六角形の小箱から金平糖をとりだすと、すずしろの顔の前にだした。すずしろが、ぺろりと口の中に入れる。
「おばあちゃんはすずしろのことを知っているの?
甘いものが好きだっておばあちゃん知っていたの?」
わたしはびっくりして、おばあちゃんとすずしろを交互に見る。
「すずしろのことは話には聞いたことがあるくらいだよ。彼らは、たいてい甘いものが好きだからね。いつもこうやって用意してあるんだよ」
すずしろが、もっと欲し気に、六角形の小箱を見た。でも、おばあちゃんがくれないことがわかると、わたしの腕の中からするっと抜け出し、工房の中を歩き始める。お気に入りの場所が見つかったらしく、少し高い棚の上にのぼると優雅に毛づくろいを始めた。
「そっかぁ……」
わたしは綺麗な六角形の小箱を見、すずしろを見、そして、作業台の上を見た。
「ねえ、おばあちゃん、マクラメ結びを教えてほしいんだけど……」
「何をするんだい?」
「うん。昨日ね、メノウ浜でね……」
わたしは、ポケットから月長石を取り出すと、おばあちゃんに見せた。きらりと石の内部の黒い部分が光ったような気がする。
「おや、これは……」
「お世話係の印だって、理科部部長の柳井センパイが言っていた。それでね、理科準備室の鍵といっしょに、肌身離さずもっているように言われたんだ。小さな巾着の中に入れて首からぶらさげようかなっと思っていたんだけど、おばあちゃんの作っているアクセサリーを見ていたら、ペンダントにするのもいいかなって」
「それはいい考えだ。ならば、その不思議な石にみあうだけの紐と編み方を教えなくてはいけないな」
おばあちゃんはそう言うと、すずしろがいる棚のところに立って引き出しを開けて、木箱から白い糸を取り出した。
「この紐を使うのも久しぶりだね」
「それは?」
「封じの糸さ。邪をはらい、『気』を正常にする。たいていのことでは切れないし、ちょうどよかろう……」
「? そんなたいそうなものを使っていいの?」
「ああ。このくらいのものを使わなくては、すぐに切れてしまうよ」
「そうなの?」
「ああ、そういうものだ……。まず、石の周りの長さをはかって、編む長さを決めようじゃないか」
「うん」
わたしは、月長石をとりだすと、メジャーを使って長さをはかった。
「6cmくらいだよ」
「なら、このくらいの長さでよかろう。 次はボードに紐をクリップでとめなさい。幅はそうさねぇ、1cmくらいでいいかねぇ……」
おばあちゃんに教わりながら、紐を編んでいく。マクラメ編みというのは、紐を結びながら編んでいく編み方だ。おばあちゃんは首飾りの紐以外にもバックとかも編んでるのを見たことがある。わたしはまだ一つしか編み方を知らないけど、そのうちいろんな編み方に挑戦したいって思っている。
紐をこっちから通して、反対からも通して、結んで、……
紐をこっちから通して、反対からも通して、結んで、……
この繰り返し。
一つ一つの結び目は小さいけれど、同じものをいくつもいくつも結んでいくと、綺麗な模様が編みあがっていく。わたしは、おばあちゃんに教わりながら、一心不乱に、マクラメ編みをし続けた……。
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