たくさん書いてごめん。読んでくれてありがとう。きっと会いに行くよ。だからおれのこと、忘れないで。
お互い、中学生になっても楽しく過ごそう。佐藤らしく、無理せず頑張れ。
吉田
「吉田くん……」
彼らしい手紙だと思った。驚く内容ばかりだったけれど、彼がわたしと仲良くなろうとしてくれていた事実に、嬉しくなる。
わたしは、手紙をそっと胸に抱いた。
きっと会いに行くよ――その言葉を信じて、わたしは顔を上げる。
その時、今度こそ伝えられなかったことを伝えるんだ。
そうして静かに決意の炎を宿し、わたしは手紙をアルバムとともに、棚へ置いた。
◆◆◆
時間はあっというまに過ぎて、わたしたちは中学生になった。
新しい制服に身を包んで、どきどきしながらの入学式。
でもそこには、同じく緊張した面持ちのかおりちゃんや木村くんがいて、ほっとする。
相変わらずクールな片山さんに、制服が似合う松井さん。
見知った面々がいてくれて、これからの生活にちょっとの不安がありつつも、どきどきとわくわくが胸いっぱいに広がっていた。
木村くんはお母さんのケータイを借りて、時々吉田くんと連絡を取り合っているらしい。元気そうだと教えてもらい、嬉しい半面、ちょっぴり切なくなる。
どんな制服を着ているのかな。どんな子がいるのかな。学校は近いのかな。
いろんなことを思い浮かべては、頭の中で語りかける。もちろん答えなんて返ってこないけれど、ふとした時に吉田くんを思い出しては、そんなことをしていた。
「苺樺、ほら」
「すごい、ちゃんとできた!」
五月の休日。自宅の庭で、お母さんと一緒にプランターの前へ立つ。
三月には花が咲いて、お母さんに教えてもらいながら授粉をして。虫や病気の対策も頑張った。雨が多くても病気になると教えてもらい、注意しながら観察した。
そうして、ようやくイチゴの実がなったのだ。
形はいびつだけど、そういうものらしい。初めてのことなのに、実がちゃんとなったことがすごいと褒めてもらい、嬉しくなった。
「今日まで、よく頑張ったわね」
「お母さんに、たくさん教えてもらったからだよ。ありがとう」
「苺樺が、今日まで毎日ちゃんと向き合ってきたからよ。良かったわね」
諦めなければ、努力は報われる。
挑戦し、取り組んできたからこその結果に、不思議な心地に包まれた。
「苺樺、お母さんそろそろ中に戻るけど……」
「わたしは、もう少しイチゴを見てからにする」
「わかったわ。すっかり暑くなってきたから、少ししたら中に入ってね」
「そうする」
お母さんが、ドアの向こうに姿を消す。その様子を見届けて、再びイチゴへ視線を落とした。
「イチゴ、できたよ……」
美味しいかは、わからないけれど。そう一人呟く。
思い浮かべるのは、約束の相手。
できたら教えてと言っていた、イチゴ好きな彼。
「イチゴ、できたのに……」
嬉しいはずなのに、悲しい。
ずっと走ってきて、ゴールを迎えた。それなのに、誰も待っていなかったかのように、切ない。
目標を失って、これから先、どこへ向かって歩けば良いのかが、わからないでいる。
虚無感に、心を奪われた。
目を背けていた感情が、頭をもたげる。
「かおりちゃんに、木村くん。片山さんも、松井さんも、みんないるのに……」
黒猫やうさぎのぬいぐるみ。財布で揺れる、縁結びのお守り。お揃いで買った、鹿のストラップ。キャンディーが入っていた、可愛い缶。
彼との思い出が、部屋に溢れている。
だけど、日常にただ一人、吉田くんだけがいない。
上手く育てることができて、やっと実ったイチゴ。目の前にその赤い果実があるというのに、渡したい相手だけがいない。
これでは、ゴールしたとはいえない。
イチゴを育てたのは、実が見たかったからじゃない。
彼の笑顔が見たかったからだ。
だからわたしは、こんなにも悲しい気持ちでいるんだ。
そう理由がわかったところで、どうしようもない。
イチゴができた――それは、そんな理由で会いに行けるほど、重要な話でもない。
そもそも、どこにいるのかも知らないというのに。
こんな気持ちになるなら、やめておけば良かった。
「イチゴなんて、育てなければ良かった……」
思わずぽろりと漏れた言葉は、誰の耳にも届かず風に乗って消える――そのはずだった。
「そんな悲しいこと言うなよ」
「え――?」
背後から聞こえた声に、わたしはその場で固まる。
その声を、わたしが間違えるはずがない。
だけれど、そんなはずがない。
だって、この声は――
「どう、して……」
おそるおそる振り返る。
そこには、知らない制服を着た、見知った笑顔の少年――吉田くんが立っていた。
「もしかして、幻……?」
「え……」
混乱した頭でそう言うと、目の前のクールな表情が崩れた。目を丸くして、口を開けている。
かと思えば、途端に吹き出して、肩を揺らしながら笑い始めた。
その様子に、かあっと頬に朱が差す。
「やっぱり、佐藤といると飽きないな」
「わ、笑わないで……」
ようやく、自分が何を言ったのかを理解して、恥ずかしくなる。
吉田くんは「悪い」と言いつつ、まだ笑っていた。
「急にごめん。連休で、こっちに来てたんだ。じいちゃんとばあちゃんに、中学の制服姿を見てもらおうと思って」
「そうだったんだ……」
「それで、近くまで来たから……佐藤がいるかなって思って。そしたら、あんなこと言ってるからさ……」
あんなこと――イチゴなんて、育てなければ良かった……。
罰が悪そうに頬を掻く吉田くんの顔が見られなくて、わたしは目を逸らす。
「ごめん」
どうして吉田くんが謝るのか。
わたしは驚き、困惑の表情で目の前の彼を見つめた。
「そんなことを言うくらい悲しい気持ちになったのは、きっとおれのせいだよな……ごめん」
「それは……」
わたしは口を閉ざす。違うとは言えなかった。
「そうだよ……」
「佐藤……」
「イチゴができて、今日まで頑張って良かったって思えて、嬉しかったのに。なのに、何だか悲しくて……吉田くんに伝えたいのに、会えなくて、だから……」
声が震える。
一方的な思いを捲し立てたって、吉田くんを困らせるだけだ。
それなのに、わたしは言葉を止められない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます