第23話 世界が変わる時


 その言葉は、深く深く突き刺さった。

 耳に、心に。


 ずっと、秘密してきた。


 でも、それは、あの日みんなにバカにされて──怖くなったから。


 まるで、おかしい人みたいに、ダメな人みたいに否定されて、普通にしていないと、友達がいなくなると、おもってしまったから。


「あれ、黙っちゃった。もしかして図星だった」


「っ……うるせー」


「はは、ねぇハヤト、一つだけ教えといてあげる」


 すると、まるで内緒話でもするようにアランと距離が近づいて、その紫色の瞳と目が合う。


「空気って、とても厄介な魔物だけど、空気はね──


「……え?」


「嫌な空気は、変えてしまえばいいんだよ。いつの世も、世界を変えるのは、たった一人の勇気から始まるんだ。誰かが、ほんの少しだけ勇気を出して、空気を変えるだけで、世界はあっという間に変わったりするんだ。──というわけで! 今から、を食べに行こう!」


「へ?」


 …………クレープ??


「ちょ、なんで、いきなり話が変わった!?」


「変わってないよ」


「変わっただろ!」


「あはは。ねぇ、ハヤト! 僕はね、人も魔族も、もっと自由に生きるべきだとおもうんだ。男とか女とか、恥ずかしいとか、恥ずかしくないとか、そんなの関係ないよ。だから”男がクレープ食べるのは恥ずかしい"なんていう空気は、僕たちが壊しにいっちゃおう!」


「え!?」


 そう言うと、アランは俺の腕をとって、ブランコから立ち上がらせた。


 飲み終わったジュースの缶を二つ一緒にゴミ箱に入れると、アランは俺の手を引いて、また商店街の方に歩き出す。


「ちょ、ホントに行くきかよ!?」


「うん! あ、それともクレープ嫌いだった?」


「いや、好き……だけど」


「じゃぁ、問題ないね! せっかくだし、とびっきり甘くて、かわいいクレープ頼んじゃおう!」


 笑って、楽しそうに進んでいくアラン連れられて、俺は、またさっきの商店街にやってきた。


 夕方になって、クレープ屋さんの行列は、昼間見た時より長くなっていた。


 だけど、そこにいるのは、見事に女の人ばかりだった。


 一人だけ男の人もいたけど、彼女と一緒に並んでる感じで、男だけで並んでる人なんて一人もいない。


「本当に、並ぶのか?」


「うん……ねぇ、ハヤト。僕たちは、何も悪いことはしていないし、誰にも迷惑をかけてないよ。ただ、可愛いものが好きで、裁縫が趣味で、男だけでクレープ食べようとしているだけ。だけどそれは、決して恥ずかしいことじゃない。食べたいものを食べるのも、好きな物を好きっていうのも、人は自由でいいはずなんだ。だから」


 勇気を出して──そう言われて、繋がった手をキュッときつく握りしめられた。


 その手を伝って、アランの言葉が、まるで魔法のように染み込んでくる。


 アランは、実践しようとしてるんだ。


 さっきの言葉を──



「……っ」


 その後、思い切って首を縦にふると、俺たちはクレープ屋さんの行列にならんだ。


 凄く緊張して、まともに前が見れなかったけど、そんな俺の横で、アランは、お店の看板を指さしながら、俺に話しかけ始めた。


「ねぇ、ハヤト! あのクレープが一番おいしそう!」


 内容は、そんなありきたりなものだったけど、そこから少し話を続けていると、近くにいたお姉さんが、俺たちに話しかけてきた。


「君たち、クレープ好きなの?」


 そう聞かれて、アランが笑顔で「うん!」とかえすと、次第に話す相手が、2人から3人、3人から4人と増えて、いつしか、店先で語られる美味しそうなクレープの話に、道行く人たちが足を止めるようになった。


 そして、その中には


「お母さん! 僕もクレープ食べたい!」


 たまたま通りかかった男の子や


「なぁ、たまにはクレープとかどうよ?」

「あー、俺も食いたいと思った」


 高校生くらいの男の人たちもいて、気がつけば、そこには、男も女も関係なく、クレープを食べたいという人達が、たくさん集まっていた。


(すごい、本当に……変わった)


 そこにはもう、男がクレープを食べるの恥ずかしいなんて空気はなかった。


 それは、世界が変わった瞬間だった。


 アランが、空気を、世界を──変えた瞬間だった。






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