第5話 勇敢な少年


「くそ、シャルロッテ、まだ、動けたのか……っ」


 すると、ベビ男は、その人形をきつくにらみつけた。


(シャルロッテって……あの人形の名前?)


 みれば、その人形は、手に針を持っていた。


 どうやら、さっき転んだ拍子に、一緒になげとばされたらしい。廊下のスミには俺が持ってきた裁縫セットが転がっていて、中にあった針がなくなっていた。


 たぶん、あの針で、ヘビ男の手を刺したんだ!


「早く逃げなさい。ここにいたら、本当に連れていかれてしまうわよ」


 すると、俺の前に立った人形が、ヘビ男を睨みつけたまま、そう言った。


「あぁ、わかったぞ、シャルロッテ! 姿ということは、もう魔力が残っていないのだろう。そんな小さな針一本で、どう戦うつもりだ!」


 すると、そこにまた男の高笑いが響いた。確かに、こんなに小さな体で、あんな大きな男に勝てるはずがない。それは俺でもわかった。


 でも、その人形は


「バカにしないで。たとえ勝機がなくとも、私は最後まで、アラン様を守りぬくわ」


 その姿は、すごくかっこよかった。

 見た目は可愛いお人形なのに――


「ありがとう」

「え?」

「私の体を治してくれて。おかげで、もうしばらく戦えそうだわ」


 そういって笑った人形は、その小さな体で、ヘビ男に向かっていった。


 俺は、その光景を見ながら、どうするべきか考える。


 逃げるなら今しかない。

 でも──


「痛っ、痛!? こらぁぁ、ちょこまかとぉぉ!?」


 目の前では、ヘビ男を交わしながら、人形が攻撃をしかけていた。


 細い針で、男をズブズブと刺す姿は、ちょっとシュールだった。


 だけど、レースたっぷりのドレスをひらつかせながら闘う姿は、まるで少女アニメに主人公みたいで


「ハハハハハハハ、つかまえたぞ!!」


 だけど、それからしばらくして、その人形はつかまってしまった。まるでリンゴを握りつぶすみたい、ヘビ男が、人形の体を締めつける。


「フハハ、ざまぁないな、シャルロッテ! 瀕死のお前たちに何が出来る! それに、魔王様に、お前とカールは始末しろといわれているのだ! このまま、中の"ハーツ"ごと握りつぶしてやる!」


「ああぁぁぁぁぁッ」


 中は、ふわふわの綿なのに、シャルロッテは凄く苦しそうだった。


(どうしよう……っ)


 廊下の隅に座り込んだまま、その光景に息を飲む。


 あれは、ただの人形だ。だから別に、このまま見捨ててもいいはずなのに


(死んじゃう……っ)


 あのままじゃ死んじゃう!

 なんでかそう思って、目の奥が熱くなる。


 どうしよう、どうしよう。

 どうしたら……


(あ、あれは……っ)


 するとその時、廊下の隅にあった何かに気付いて、俺はすぐさま、ヘビ男を睨みつけた。


「おい、オッサン!!!」

「はぁぁぁぁ!?」


 いきなり、オッサンよばわりされて、すごく怒ってる。だけど、俺はその場から、勢いよく立ち上がると、その先に転がっていたサッカーボールを思いっきり蹴りあげた。


 するとそれは、ドシュ!!?──と、見事ヘビ男の顔面に当たって


「ぐぁぁぁぁぁ」

「やった!」


 上手く当たった! 俺は軽く喜んだ後、ヘビ男の手から離れた人形とミーを抱えて、一階へと走りだした。


 でも──


「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!」


 逃げる俺たちの背後から、また男の叫び声が聞こえきた。


 やべー、怒らせた!

 これで、つかまったら、確実に殺される!


がああああああ、私のがぁぁぁぁ!!」


「え!!?」


 だけど、その後また男の声が聞こえてきて、俺は呆気に取られた。


(えぇ、顔!? ぶつけられたのが、そんなに嫌だった!? いうか、アンタの顔、いうほど美しくないけど!?)


 でも、顔にボールがあたったのが、よほどショックだったのか、ヘビ男は、ふらふらと屋敷の窓にもたれかかると、その後、逃げるように、屋敷の窓から飛び立っていった。


(な、なんだったんだ。あれ……)


 逃げていった男をみて、俺は、ドサッとその場に座りこんだ。


 死ぬかと思った。


 でも、安心してる場合じゃない。俺は改めてミーを抱き上げると、その体に怪我がないかを確認する。


「ミー、大丈夫か!?」

「みゃ~」


 ミーはその後、いつもと変わらない鳴き声をあげて、俺は安心して、ミーを抱きしめた。


「よかったぁぁ~」


 本当によかった。すると俺は、今度は人形に目を向けた。


「あの……大丈夫?」


 人形相手に声をかける。

 凄く苦しそうだったけど、大丈夫かな?


 すると、ぐったりしていたシャルロッテは


「ありがとう。あなた、とても勇敢なのね」

「ゆうかん?」

「男らしくて、カッコイイってことよ」


 そう言って、ゆっくりと立ち上がったシャルロッテは、とても綺麗に笑っていた。


 見た目は、小さくて可愛いお人形。それなのに、その姿は、とても綺麗でカッコよくて。


 だけど──


「俺は……っ」


 嬉しいはずのシャルロッテのその言葉に、俺は、申し訳なさそうに俯いた。


 裁縫が趣味で、可愛いものが大好きな俺は、男らしくも、カッコよくもない気がしたから。


「俺は、男らしくないよ……全然」

「?」


 ポツリと呟けば、シャルロッテは不思議そうに首をかしげた。


 この人形も、笑うのかな?


 俺が本当のことを言ったら、みたいに、また笑われるんだろうか?


「……それより、あなた大丈夫なの?」

「え?」


 すると、またシャルロッテが話しかけてきて、俺は首を傾げる。


「え? 大丈夫って、なにが……」


「この屋敷には、人間よけの結界がはってあるの。だから、人間が屋敷の中に入れば、異臭や吐き気に見舞われて、一分ともだずに逃げ出したくなるわ」


「ええ!?」


 結界!? じゃぁ、本田くんが言ってたアレは、結界がはってあったからなんだ!?


「あれ? でも、俺は、なんとも……」


「そう。アラン様と、波長が似てるからかしら?」


「波長? あ、そうだ! そのアランって」


「アラン様は、私達の主人あるじよ。魔界をすべる魔王様のご子息にして、王位継承権をもつ魔界の王子──アラン・ヴィクトール様」


「ま、魔界の王子……様?」


 するとシャルロッテは「ついてきて」と言って、俺を奥の部屋にみちびいた。


 赤い絨毯の敷かれた廊下を、ひたすら進むと、広々とした部屋に通される。


 すると、その中には、男の子がいた。


 アンティークのソファーに横たわって、静かに眠っていたは、俺と同じ年くらいの、とてもとても綺麗な男の子だった。

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