第53話 クワァトからの旅立ちと白兎(2)
「それじゃ、気を付けていくのよ~! これ、お腹が空いたら食べてねん」
ニコルはクワァトから発つ二人に、ずっしりと食料を詰め込んだ袋を受け渡した。
「わぁ! こんなに沢山! ありがとうございます!」
「レイ、本当にありがと! また近くに来たら顔出してくれよ!」
「あぁ。その時は、ノアの顔を見に寄るとしよう」
「絶対だぞ! 絶対だからな!」
レイとノアの師弟のやり取りを、リリスとニコルは笑顔で見守っていた。いや、笑顔というより、ニヤニヤと表現した方が適切かもしれない。
「じゃぁ、またね! ありがとう~~!」
名残惜しいが、別れの挨拶を済ませた二人は歩き出す。リリスはニコルに持たされた袋を胸に抱き、大きく手を振ってもう一度、二人に別れを告げた。その横で、レイも軽く手をあげる。ニコルとノアは、だいぶ小さくなっていた。
ニコルとノアは、見えなくなるまで手を振ってくれていた。最後の曲がり角で大きく手を振ったリリスが、前を向き、足を踏み出す。前を向いたその目には、滝のような涙があふれていた。
「……グスッ。つ、次来た時は、ノア君おっきくなってるのがなぁ~」
「獣人は成長が早いからな」
「グズッ……か、可愛いノア君は、これで見納めかぁぁ~」
「…………」
別れが辛いのかと思ったが、恐らく別の理由で号泣しているリリスに、ため息を零しつつ、レイは白いハンカチをリリスの顔面に押し当てた。ついでにリリスが両手に持っていた軽食を受け取って、収納する。
「ぐがが……。レ、レイ、前が見えないんですけどぉ~」
「……先に、その顔をどうにかしろ」
リリスはレイに借りたハンカチで顔を拭い、しゃがみ込んでいた。しばらくして気持ちを切り替えたのか、山に飛び込んでいった。いつものことである。さすがに慣れた。方角はあっているので、まぁいいだろう。レイは、のんびりとリリスの後を追って山へ分け入った。
***
リケ村に向けての道中は行きとそれほど変わりなく、リリスは灰熊に再戦を申し込んだり、灰猪を狩ったり、黄兎を追い回したりした。灰熊との戦闘は随分危なげなくなってきたものの、やはり力不足は否めず、止めをレイに譲る形になっていた。
「むむむむ……。力不足を何かで補うしかないのかなぁ」
力不足で体の軽いリリスは、基本的に投げナイフや打撃を打ったら素早く後退する攻撃方法を取る。一撃でももらうと命取りになるので、素早さを活かした方法を取るしかないのだ。今はレイがいるために、これでも全く問題はないが、やはりソロとしてやっていくには厳しい。
(別にソロでやっていきたい訳ではないけど、灰色魔物も一人で倒せないようじゃ、足手まといになっちゃう。何かいい方法ないかな……)
リリスは、自身の
嬉々として黄兎と向かい合おうと思ったその瞬間、「こいつヤベェ」とでも言わんばかりに黄兎は逃げ出した。人にもよるかもしれないが、逃げられると追いたくなるものである。リリスも間違いなくそちら側である。すぐさま追跡体制に入り、一人と一匹の追いかけっこが始まった。
(まさかとは思うが、リリスに兎に関する変な称号とかついてないよな……)
遠目にその一部始終を見ていたレイは、溜息を飲み込んで佇んだ。リリスと黄兎の追いかけっこはそこそこ長い。リリスは兎相手にはほぼ無双状態だが、それでも完全に逃げに回った兎のスピードは侮れないのだ。
この辺りは黄色魔物も兎と狼までしか出現しない。しばらく放置してもいいだろう。レイはリリスの気配は追いつつ、程よい岩に腰かけた。果実水を飲み、自身のアイテムバッグを確認する。
「魔法薬の調薬をしておくか、獲物の解体をしておくか……」
周辺の気配を探っても、近くに大物はいない。少し不安定な場所ではあるが、足りない分を作り足す程度の魔法薬作りなら出来なくはない。レイは少し考えた。
現在在庫が少なくなっている魔法薬を作るのは、さほど手間ではない。が、正直リリスが作れるようになれば、リリスに作ってもらってそれを買い取ればいいと思っている。それに、リケまで戻れば、ローグから購入することも可能だろう。
「…………」
レイはリケ村までの残りの工程と、在庫数を試算した。在庫は少ないが、リケまではもつはずだ。それに、リケ村には冒険者ギルドがない。
(よし、解体をしよう)
レイは気を取り直して、解体に取り掛かった。灰熊の皮を剥ぐことは、その大きさもあってそこそこ手間である。ちょこちょこ数をこなしておいて損はない。
ある程度の灰熊の解体を終え、解体中に寄ってきて倒した魔物を収納していると、何やら遠くから声が聞こえてきた。
「レ~イ~~!」
聞き取りにくいが、恐らくリリスの声である。辺りを見回すが、リリスの姿は見えない。気配を探ると、徐々に近づいてきていることが分かったので、手早く作業を切り上げ、自分と周囲に洗浄をかける。リリスの気配はズンズン近づいてきており、結構なスピードで駆けてきているようだ。山の中だというのに、相変わらずの身体能力である。さすが、腐ってもエルフ。
待ち構えていると、ガサガサと草をかき分ける音と共に、リリスがやってきた。
「あ、いたいた」
レイは一瞬見えた光景に固まり、信じたくないとばかりにパチリと瞳を閉じて、ゆっくりとその紫色の瞳を開く。
そこには、白い兎の両耳を鷲掴みにしたリリスが、我が物顔で立っていた。
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