第51話 暁天の星(2)

 調理台の上には茶色、青色、赤色の石華彩せっかさいが置かれている。他の色のものも迷宮から採ってきているのだが、場所の都合上、今回はこの三種類だけを使う。

 レイは自分に洗浄をかけて、厨房の反対側から覗き込む三人の生徒を見た。ニコルの店の厨房は、その正面にカウンターが設けられており、客と対面して調理できる作りになっているのだ。


「まずはこれを水洗いして乾燥させる。『洗浄』『乾燥』」


 色別に仕分けをした石華彩せっかさいに向けて、レイは魔法句を唱えた。途端に、色とりどりの石華彩せっかさいは洗浄され、濃いめの色合いであったそれが薄い色に変化する。


「魔法がなくても、その状態にすればいいのかしら?」

「あぁ。その場合は、何度か水洗いと乾燥を繰り返す必要があるが」

「時間がかかりそうねぇ」

「まぁそうだな。次に、この状態のものを鍋に入れて、水を入れる」

レイはさきほどの石華彩せっかさいを鍋に入れて、火にかけた。


「しばらく煮詰めてこのような状態になったら、して……、更に――」


 厨房で突如始まったレイのお料理教室は、魔法を使いながらテキパキと進んでいく。合間でメモを取るニコルが質問をし、初めから調理する気のないリリスとノアは、興味津々にカウンターにかじりついている。

 ノアは目を輝かせ、尻尾はゆらゆらと大きく揺れており、隣り合っているリリスの足に稀に触れる。リリスは内心悶絶し、その幸せを密かに甘受した。


「ねぇ、なんでレイはそんなこと知ってるの?」

「あぁ。この辺では知っている人があまりいないようだが、帝国にこれで作った菓子が名物の町があるんだ」

「あらん、そうなのねん」

「あぁ。でもこの辺では珍しいものだろうし、近場の迷宮でとれるなら、ニコルの店で扱ってもいいかと思ってな。あ、このくらいでいいか」


 レイの手元には、石華彩せっかさいを処理した後、抽出したものをそれぞれ鍋に入れて、砂糖を入れて火にかけたものがある。その中身をそれぞれ別の四角い容器に移し、レイは冷却の魔法を唱えた。


「うーん? レイ、これだけ?」

それだけを見れば、色付きの水というだけで、あまり美味しそうには見えない。リリスは首を傾げた。


「これを、こうする」

「「「おぉ――!」」」


 容器で固まったそれをひっくり返すと、プルンッと揺れながら四角い物体がまな板の上に飛び出した。


「スライムみたい!」

「スライムだ!」


「更にこうする」

レイは、そのぷるぷる揺れる四角い物体を切り分け、手で小さくちぎって皿に置いていく。


「綺麗~!」

「すっげー!」

「宝石みたいねん」


 レイによって皿に盛りつけられていく透明、水色、薄紅色の透明なそれは、まるで宝石のように光を弾く。

 好奇心満々にのぞき込むリリスとノアの大きな瞳に、レイの作った小さな宝石の色が映り込んで、ゆらゆらと揺らめいた。


「これ、食べれられるの?」

「どうぞ」


 レイが皿を差し出すと、三本の腕が皿に伸びる。


「甘い」

「砂糖を入れたからな」

「ぷるぷるだ」

「単純に砂糖の甘みねん? 石華彩せっかさい自体は味がないのねん」

「あぁ。水に溶かして、冷やすと固まる性質があるんだ。料理人ニコルなら、もっと上手く活かせるんじゃないかと思う」

「んふ~~。いいじゃない。面白い、面白いわ~ん!」


 三人の様子を見ていたレイは皿に残った食べられる宝石に、今度は緩く乾燥と冷却をかける。


「これが、帝国で売っている菓子に似せたものだ。帝国では琥珀糖と呼ばれている」

「どれどれ~。エッ。ナニコレおいしー!」

「外はシャリシャリ、中はトロッね~!」


 歓声をあげるリリスとニコルとは反対に、ノアは口に含んで両手で頬を抑え、じっくりと味わっている。あまり味わうことのない、その食感の虜になっているようだ。


「ところでこの作り方って、公開されているのかしら?」

「あぁ、恐らく。宿の女将が普通に教えてくれたぞ」


 正確には、レイが数日かけてその顔で誑し込んだ女将である。無理に聞き出そうとしていた訳ではないが、王子様のような顔で、毎日のようにその日狩った魔獣肉をお土産に持ってくる客に、ついつい口が軽くなって知っていることを教えたとしても、誰も責められないだろう。


「あらん。そうなのねん。てっきり秘匿されているかと思ったんだけど」

「英雄帝が見つけたレシピらしい」

「あぁ。なるほどねん。それなら私が作っても問題なさそうだわん」


 一部、貴族間で囲われている料理人が編み出したレシピだとか、色々な大人の理由で秘匿されている場合があるのだ。庶民がそれらに手を出すことほど、危険なことはない。ニコルはそれを心配していたようだが、今回はそれに該当しない。


「英雄帝って何だ?」

「あぁ。ドゴス帝国の初代皇帝のことだ。遥か昔の人物過ぎて、実在の人物か怪しいと言われている伝説の帝だ。数々の逸話を残している」

「そうそう。異世界からの転生者だったっていう噂もあるのよ~」


 ドゴス帝国の初代皇帝の逸話は多いが、その歴史は古く、もはやおとぎ話の人物と言っても過言ではない。


「へ~。なんでその人のレシピだったら、作ってもいいんですか?」

「あぁ。英雄帝は色んな知識を残していて、それを多くの人に広く普及させるようにって遺言を残していたのよねん。今となっては嘘か本当かわからないんだけど」

「まぁ、ずっと昔からあるから、今更権利を主張する者もいないってだけだがな。そういうことだから、色々作ってみてくれ」

「有難いわ~ん! 甘くない料理にも使えそうだし、腕がなるわねん」


 他国の料理や英雄帝の逸話で盛り上がる四人を他所に、外ではシトシトと雨粒が落ち始め、植物の葉を濡らしていた。

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