第50話 暁天の星(1)
「もう少しで完成だから、あとちょっと待ってもらっていいかしら~?」
「大丈夫です! 楽しみにしていますね」
迷宮もどきの調査依頼を終えた二人は、今日は依頼を受けずにのんびり過ごすことにしていた。
あの後、二人は五層もきちんと探索したが、五層は魔物が存在しない藻の海だったのだ。それらもきちんとギルドに報告し、依頼を完了している。ギルド側も前回の調査よりも色々と収穫があったらしく、依頼料に少し色をつけてもらうことができた。
レイは、一度専門家に調査してもらった方がいいのではないかと提案したが、受付嬢は苦い顔をしただけであった。どうも、キリリクのギルドを通して、ドゴス帝国の研究所には依頼を投げているようだが、帝国国内に今迷宮研究で熱いスポットがあるらしく、学者たちの目はそこに注がれているようだ。
「そろそろレイたち戻って来ますかね~」
「そうね、そろそろだと思うわ~ん」
レイとノアの朝の鍛錬を待つ間、リリスはニコルから依頼品の進捗を聞いていた。もうそろそろ完成が近いようだ。数日前に大まかな形だけ出来上がったものを握らせてもらったが、出来上がりが楽しみで仕方がない。
(戦闘も頑張らないといけないけど、まずは調薬で貢献しないとね!)
数日前に、調薬はできればリリスに任せたいということをレイがこぼしていたのだ。それを聞いたリリスは、俄然やる気を
リリスは、まだそれほど長い期間を一緒に過ごしている訳ではないが、レイと一緒にいてわかったことがある。無表情でとっつきにくいように見えるが、意外と面倒見は良い。
けれど、基本的に面倒くさがり屋だ。
底が見えないほど、実は色々なことができるのではないかと思う時がある。それなのに、剣を振る以外は極力自分ですることを避けているようだ。人との会話ですら、必要な時は話すが口数はさほど多くない。ギルドでの対応にしたって、リリスが対応できると見ると全く喋らない時があるくらいだ。しかしながら、リリスはそういった、レイが面倒くさいと思う部分でこそ、役に立てると思うのだ。別にそこに付け入る隙があると思っている訳ではない。
(一方的なお荷物になりたくないもんね! よし、頑張るぞ!)
リリスは気合をいれて両手で拳を握りしめ、鼻の穴を膨らませる。その様子を微笑まし気に、頬杖をついたニコルが眺めていた。
***
開け放たれた窓から潮風が吹いて、今日もニコルの店の青いカーテンを揺らしている。今日は生憎の曇り空だ。頬にあたる風も、心なしか水分を多く含んで重みがあるように感じる。
朝の訓練から戻ってきたレイとノアを加えて、四人はニコルの作った朝食を取っている。
「今日は雨かしらねん」
「結構雲が厚くなってきましたね~」
ノアは少し手に余るスプーンを片手に、笛吹貝のスープを飲み、口をモグモグさせている。そのパンパンに膨らんだ頬と、ご機嫌に振られる尻尾を見て、リリスの顔がだらしなく崩壊している。この貝は、先日二人が大量に狩ってきたものだ。
「雨だと店の売り上げが落ちちゃうわ~ん」
「家から出るのが億劫になりますもんね~」
「この店の経営は大丈夫なのか?」
「あら、アンタ達がうちに通うようになってから、お客さんは増えたのよ~」
思い当たる節がない。レイとリリスの二人は、揃って首を傾げた。
「師匠たち、この町でめっちゃ目立ってんもん!」
「そうよ~。目立つアンタ達が毎日うちの店に通ってたら、そりゃあ周りは気になるわよねん」
「……そうか?」
「まぁ、ニコルさんのお店に貢献できているのなら、いいのかな?」
ちなみにニコルは、フリフリのエプロンを止めて、黒色で丈が眺めのエプロンを装着している。スタイルが良いので、とてもよく似合っている。レイは、後でノアにそのことをめちゃくちゃ感謝された。例のフリフリのエプロンは、相手が出来たらパートナーの前でだけお披露目するらしい。
「貢献といえば……。ニコル、これを使ってみる気はないか?」
レイは、自身のアイテムバッグから、色とりどりの海藻を取り出した。
「あれ、レイこれって……」
「あらん? 何かしら? 見たことない海藻ねん」
「色がいっぱいできれいだな!」
「あぁ、これは
「迷宮もどきの五層にいっぱい生えていました」
そう、それはレイとリリスが、迷宮もどきの五層で刈り取ってきた海藻である。レイは食べ終わった朝食の食器を脇によけ、その海藻を色ごとに少量ずつ仕分けする。
「あら? そんなこと聞いたことないわねん」
「あ、ギルドのお姉さんも驚いていました。ちょっと前まで五層は何も生えていなかったらしいです」
「そうなのねん。食べ物なのかしらん? それとも錬金の材料?」
「……食べ物か? そのまま食べる訳ではないが。厨房を少し借りても?」
「えぇ、夜の仕込みの準備でちょっとごちゃごちゃしてるけど、空いてるところならかまわないわん」
ニコルに許可を取り、レイは店の厨房へ足を進めた。厨房は、夜の仕込みに必要なのであろう、野菜や仕込み途中のスープの入った鍋など物が多いが、きちんと整頓されており、汚いという訳ではない。ニコルの性格がよく表れているようだ。
食べ終わった食器を片付け、レイの手元がよく見える場所へ陣取ったニコルが、何かを思い出したように、白いそれを手に取った。
「あ、ワタシのお気にのエプロン貸してあげるわ~ん」
「……それは遠慮する」
ニコルが手に取って掲げたそれは、例のフリフリのエプロンであった。
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