第40話 クワァトの町とノア(3)

「少し聞きたいことがあるのだが」

「はい。どういった事でしょう?」


 レイとリリスの二人は、再びギルドを訪れていた。常時依頼の報告と納品のためである。ひとまず、常時依頼の紙の束から剥がした一枚を、受付嬢に手渡した。

 ちなみにこのギルドの受付嬢もやや露出が多い。日に焼けた手足や胸元が、健康的で魅力的である。


「リケからクワァトに来る街道沿いに魔物が多い気がしたのだが、何か知っているか」

「あぁ。そうなんですよ。最近内陸から来てくれる冒険者が減ってしまって。うちのギルドって、海に強い冒険者が集まってくるでしょ? なかなか山側の討伐が間に合わないんです」

「そうなんですか~」

「……それだけか?」

「? はい。何かありました?」

「いや、それならいい」


 普段がどの程度、魔物が出るのか分からないので、受付嬢がそう言うならそうなのだろう。冒険者は普通、町から町へ渡り歩く者も多いが、自分に最適な狩場があるなら、そこに留まるものも少なくない。


「そういえば、ここの海蟹もすごい、いっぱいいましたよ!」


 受付嬢はリリスの言葉を受けて、手元の依頼票へ視線を落とした。


「あ~、これですか。何故か急に数が増えてしまったんですよね。子どもが怪我をしてしまうことがあって、困っているんです」

「狩り尽くした方がいいのか?」

「あれでも一応、この町の名物なので、狩り尽くされるのは困るんですけど、ある程度は数を減らして欲しいですね。他の人たちにも声をかけているんですけど、魔物ではないのであまり人気がなくて」


 ここでも魔物ではないものの討伐依頼は、人気がないようだ。特にこの町では、屈強な体で海に潜り、獰猛な海の魔物と渡り合う者が英雄と呼ばれるため、浜辺や山の依頼は人気がないらしい。


「そうか。ひとまず清算を頼む」


 二人は海蟹をはじめ、磯で見つけたり討伐したものを受付に出した。


「ありがとうございます。素材は買い取りでよろしいですか?」

「あぁ」

「はい! お願いします」


 ついでに、リケ村からクワァトに来るまでに狩った獲物も、清算に出した。解体に時間がかかるようなので、先にニコルの店に向かう。


「今日はノア君にあえるかな~」

「ニコルに言えば、会わせてもらえるだろう」


 山で討伐した獲物以外の収入が入って、リリスは上機嫌だ。飛び跳ねながら町の中を歩く。ほどなく、ニコルの店である <暁天ぎょうてんの星> に到着した。すでに店は開いているようだ。


「いらっしゃ……あら~ん。早速来てくれたのね~ん」

「ニコルさん、こんばんは~!」

「あ! お前!」


 ニコルとリリスが挨拶を交わし、レイは頭を下げていると、奥から小さな獣人が飛び出してきた。ノアだ。ノアは、レイの元まで一直線で走ってきて、レイを指差しながら見上げる。


「お、お前! 昨日の剣士だろ! 俺を弟子にしてくれ!」

「ノア! この子ったら、命の恩人に何偉そうなこと言ってくれてるのかしら~!」


 慌てて厨房から出てきたニコルが、暴れるノアを抱き上げた。さすがムキムキな体を持つだけあって、ノアが暴れてもびくともしない。


「うるさい、変態! 俺はこいつに剣を習うんだ!」

「んまぁ。育ての親に、なぁんてこというのかしら~」

「離せ! 俺は育てて欲しいなんて言ってない!!」

「はぁ~~!? アンタなんて、まだ赤ちゃんのようなもんなんだから、一人で生きていける訳ないでしょ~!?」

「うるさい、うるさい!」


 二人の親子喧嘩は、収まる気配を見せない。仕方がないのでレイは息を吐いて、ノアと視線をあわせた。


「申し訳ないが、私は弟子を取るつもりはない」


 その言葉に、ノアは泣きそうに顔をゆがめ、ニコルの腹を思いっきり蹴った。一瞬ゆるんだその腕から逃げ出し、家の奥へと消えていく。


「あの子がごめんなさいねん」


 ニコルは蹴られた腹を抑えながら、二人に詫びた。


「別に構わない」

「何か事情があるんですか?」

「そうね~ん。聞いてもらえるかしら? とりあえず座ってちょうだい。食べに来てくれたのよねん?」

「あ、そうです」

「これ、良かったら使ってくれ」


 席に座る前に、レイは今日取ったばかりの海蟹をニコルに差し出した。


「あらん。海蟹ね~ん。食べてみたかったのん?」

「レイ、さすが!」


 ニコルの問いに、レイは頷く。正確には、リリスが食べたいだろうと思って、一匹残しておいたのだ。見れば、リリスの目がキラキラと輝いている。二人は席に座って、ニコルに今日のメニューを聞きながら、数品注文を入れた。


「それで、ノア君はどうしたんですか?」


 リリスは料理を待つ間、ニコルに先ほどの続きを促した。ニコルは料理を進めながら、リリスに返事を返す。


「そうね~。ノアは私が山で拾ってきた子なんだけど、拾ったとき怪我をしていたのよ~。多分魔物にやられたのねん。聞いても親は殺されたって言うし、どこが出身かわからないって言うじゃない。私はこんなだし、店も繁盛してるって言えないから、どうするか迷ったんだけどね~ん。幼い獣人の子どもなんて、下手したらどんな目にあうか分からないじゃない」

「それは、確かにそうですね」

「小さいころのノアはめちゃくちゃ可愛かったのよ~」

「今でも可愛いですもんね!」


 世の中には、幼少期の可愛らしい獣人を、愛玩動物か何かのように思っている者がいる。そうでなくとも、身体能力の優れた獣人を飼いならしたい貴族は、いくらでも湧くだろう。


「そうなのよ~! と言っても、ノアはまだ二歳くらいなのよ~」

「え! そうなんですか? 五歳か六歳くらいかと思っていました」

「獣人は、ある程度まで成長が早いのよ~」

「そうなんですね~」


 獣人の寿命は、人間より少し長生きするかどうか程度なので、さほど差はないものの、その成長スピードは早い。10歳になる頃には、成人と変わらない体格へと育つのだ。逆に、そこからはゆっくりと年を取っていく。身体能力に優れ、青年期が長いことが、その種族の特徴でもある。


「こっちは、二歳だと思って接してしまうじゃない? それが気に入らないみたいなのよねん。昨日も連れて行けって言うから、狩りに連れていったんだけど、あの子、兎を深追いしてしまってねん。こっちも焦って追いかけたせいで、黄狼に悟られちゃったのよ~。ほんと、昨日は助かったわ~ん」

「そうだったんですね。ノア君は剣士になりたいんですか?」


 ノアは、レイを見るなり弟子入りを志願していたので、それを思い出しながらリリスは尋ねた。


「そんなこと初めて聞いたのよねん。あの子、急にどうしたのかしら~」

「剣に憧れるお年頃ですかね~?」

「…………」


 二人は注文して出された食事に舌鼓を打った。この味でこの店が流行らないのが、本当に不思議だ。


 ニコルの調理してくれた海蟹は、大変美味しかった。レイは、海蟹を食べるリリスの目に、闘志が宿るのを確かに見た。


 クワァトの海蟹が狩り尽くされる未来も、そう遠くないかもしれない。

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