第35話 クワァトの錬金術師(3)

「こっちよ~」


 ニコルの誘導に従って、二人は無事にクワァトに到着していた。ニコルは、酒と料理を出す店を経営しているらしい。自らは料理人でもあり、たまに食材を狩りに山に入る。

 ニコルは街道ではなく、地元民しか使わないという獣道を案内したので、二人は思ったよりも早くクワァトに到着することができた。日が沈んでそれほど時間は経っていないものの、辺りはすっかり暗くなってしまっている。


「本当にいいんですか?」

「いいのよ~。お礼をしたいもの~! それに今日は休業日だから、気にしなくていいわ~ん」


 ニコルが助けてもらったお礼に夕飯をご馳走したい、ついでに泊まっていって欲しいと言うので、二人は有難くそれを受けることにした。ノアは、すっかり疲れてしまったらしく、ニコルの腕の中でスヤスヤと眠ってしまっている。


「ノア君、可愛いですね~」

「これがなかなか言うこと聞いてくれないのよ~。大人しかったら可愛いのにねん。」


 リリスは、意外にも初対面の相手には敬語で話す。打ち解ければ、直ぐにいつもの口調に戻るので、なかなかに要領がいい。


「ここよ~! ちょっと待っててねん。裏から鍵を開けてくるわ~ん」


 店に到着したニコルは、二人を残して裏口の方へ消えていった。レイとリリスは、その料理屋の看板に釘付けとなっている。見上げた先には、 <暁天ぎょうてんの星> と力強い字で書かれた看板がある。


「「…………」」


 レイは、ローグから預かった紹介状を取り出した。そこには「暁天ぎょうてんの星の店主へ」と書かれている。二人は図らずとも、目的地に到着したようであった。



「あら? どうしたのかしら~ん?」

室内の明かりを付けて、中から開いた扉から不思議そうな顔をしたニコルが顔を出した。



(( 店主ってもしかして…… ))

二人の心の声が揃った瞬間であった。


 ちなみに、ローグはあえて、二人にニコルの容姿を教えなかった。完全に確信犯である。そこには、二人に先入観を持って欲しくないという思いもあったし、その方が面白いという打算もあった。今頃、『二人は驚いたかのう。レイは変わらんじゃろうな~』とか言いながら、ひとり酒を飲んでいることだろう。



「いつまでもそこに立ってないで、中に入ってちょうだ~い。今日店はお休みだから、人に見られると困るわ~ん」


 ニコルに促された二人は、ハッとして、慌てて店に入っていった。ニコルは二人が入ったのを確認して、店の鍵をかける。


「適当に座ってちょうだ~い。今から作るから簡単なものになるけど、いいかしらん?」

「あぁ。頂けるなら、何でもありがたい」

「ありがとうございます! あれ、ノア君は?」

「ノアは起きなかったから、そのまま寝かせて来たわ~ん」


 ニコルはそのムキムキの肉体に、フリフリの白いエプロンを装着した。違和感が酷くなった。


「すまないが、料理の前にこれを」

「あら? 何かしらん」


 レイは、先にローグからの紹介状を手渡した。ニコルは素直にその手紙を受け取って、目を通す。


「あら~ん。錬金術のお客さんだったのねん。ローグ爺からの頼みじゃ断れないわ~ん。話は後でゆっくり聞くということで、いいかしらん」

「あぁ。邪魔して悪かった。何か食材を出すか?」

「それじゃあ、お礼にならないわ~ん。と言いたいところだけど、今日は狩りどころじゃなかったから、あまり食材を用意できていないのよねん。お金は払うから、出してもらっていいかしらん」

「あぁ。好きなものを使ってくれ」


 レイは、自分の鞄から解体済の肉を取り出した。


 兎、豚、牛、猪、鹿、熊、羊、鶏……といった、魔獣の肉と卵に野菜、木の実、果物などを並べていく。どれも迷宮や道中の森や山でとったものだ。


「まあ、まあ、まあ。いい腕ねん! 婿に欲しいわ~ん」

「……それは遠慮する」

「冗談よ~。少量ずつ、全種類買い取っていいかしらん?」

「あぁ。それは好きにしてくれ」


 ニコルの店には、料理屋を営んでいるだけあって、食材の腐敗を遅らせる保管庫があるらしい。料理人というのは伊達ではなく、出てくる食材に目を輝かせ、嬉々としてお金を払っていた。


 リリスは、二人のやり取りをニコニコしながら見守っている。ちなみに、まだ素面しらふである。



 トントントントン……と、リズミカルな音が店に響く。ニコルは対面の厨房で慌ただしく動き回っているが、そこは料理人、動きに無駄がない。


 店内を見渡すと、夜に酒と料理を出す店のようだが、なかなかにいい店だ。調度品は素朴であるが品よく、落ち着いた雰囲気である。賑やかな酒場、というよりは、食事を楽しみながら酒を飲み、落ち着いて語り合うことを目的とした店のようである。料理人シェフは、何故かフリフリの白いエプロンを付けているが。


 しばらくもしないうちに、厨房内にいい匂いが漂いはじめた。気づけば、リリスはカウンターから身を乗り出して、よだれを垂らしている。レイは、新しいハンカチを取り出して、無言でリリスの口元を拭った。


(……また、ハンカチを買い足しておかなければ)

 

「あら、あら~。ノアみたいな子ねん。先にこれ、食べていいわん」


 リリスは、自分の前にコトリと置かれた小鉢に、目を輝かせた。前菜のようだ。


「ありがとうございますッ!」

さっと祈りを唱えて、リリスは早速フォークを手に取った。


「すまないな。貴方の分は?」

「心配しなくても大丈夫よ~ん。もう少しで終わるから、一緒に食べるわ~ん」


 嬉々として食べ始めたリリスを横目に、レイは詫びた。ニコルも夕食はまだのはずだ。


「お、お、おいし~!!」


 リリスの瞳がより一層輝いた。目をキラキラさせて、手を頬にあてほころぶ様は、美少女に磨きをかけている。見た目だけはいいのだ、見た目だけは。


 あまりにリリスが美味しそうに食べるので、レイもニコルに断って、前菜に手を付ける。


「確かに。ずいぶん腕がいいな」

「あら~ん。嬉しいことを言ってくれるわ~ん」



 ニコルは、味付けを上品にした家庭料理を数品作って出した。素朴だが、素材を上手く活かして、見た目にも彩り鮮やかだ。また、その中には海に面したクワァトらしい魚料理もあり、レイとリリスの舌を十分に満足させた。

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