第17話 いざ、リケ村へ(5)

「リリス、そろそろ村か町に寄ろう」


 今日も元気に灰鶏に襲いかかっているリリスの後ろから、レイが声をかけた。


 レイとリリスが出会った町から街道に沿って北上すれば、リケ村までの間には二つの町と四つの村がある。しかしながら、初日から森に突っ込んでいったリリスのせいで、二人はこれまで一度も町や村に寄ることをしていなかった。


(一年ほど魔の森で過ごした経験があるとはいえ、さすがにベッドで眠りたい……)

レイはお疲れであった。


「うん、そろそろ換金したいしね~」


 リリスは狩った獲物の数にホクホクである。弱い魔物ばかりとはいえ、それなりの数を狩っている。出立の前に、レイから投げナイフを数本買取り、お手入れ用品を購入したリリスのお財布は寂しい。ちなみに、短剣とアイテムバッグはまだまだレンタル中である。悲しいことにアイテムバッグについては、買取りの目途すら立たないが。


 二人はまだ森の中にいるが、街道を目指して歩き出した。レイが地図を片手にリリスを手招く。


「今この辺りだから、このまま進めば……、この辺に出ると思うんだ」

「ふんふん。最寄りの町は、ラプーム?」

「そうなるな。果樹栽培が盛んな町だ」

「やった! 楽しみ~! 冒険者ギルドはあるかな?」


 リリスは何でもよく食べるが、特に果物が好物でこの旅でもよくかじっている。レイと行動を共にする前は、もっぱら果物でお腹を満たしていた。今はその反動のように、毎夕食に自分で狩った肉を食べている。ちなみに、例の孤児院の干し肉も買いに行ったようで、こちらもたまに齧っている。


「確かあったはずだ。リリスは酒は飲めるのか?」

「ん? この前、成人のお祝いでちょっと飲んだくらいかな」

「……まさか、成人したばかりか?」

「そうだよ~! 16歳。レイは?」


 リリスの年齢に、レイは内心驚いた。エルフは長命種であり、ある程度の年齢でその肉体の成長も止まる。言動をかんがみて、若いエルフだろうとは思っていたが、そこまで若いとは思っていなかったのだ。


「私は17だ。ラプームは果実酒も有名だから、もし好きなら試してみるといい」

「そうなんだ! ふふふ、楽しみ~」


 今にも踊りだしそうな軽い足取りで、リリスはレイの前に出て、軽快に歩いていく。


(よかった、今日は宿で眠れそうだ……)


 後ろでレイが、安堵するように息を吐いたことをリリスは気付かなかった。今日もリリスは絶好調だ。



***


「お、可愛い嬢ちゃん、身分証はあるかい?」

「ありがとう! どうぞ」


 リリスは、門番の青年というには、ややとうが立った男性に元気よく身分証を提示した。レイもその横で、無言でギルド証を差し出す。


「お、冒険者か! よし、問題ないな。ようこそ、ラプームへ! 楽しんでな」

「ありがとう! おじさん!」


 リリスは満面の笑みで手を振って、町の中へ消えていった。


 

「……おじさん」

 門番の青年は、未だにリリスの後姿を見送っている。横に立っていた同僚の門番が、慰めるようにその門番の男性の肩に静かに手を乗せた。




 ラプームは、至る所で果物が山なりとなって売られており、鮮やかな色に溢れている。実に目に楽しい。


「こんなに沢山の果物、初めて見たよ~!」


 木箱からこぼれそうなほど積み上げられた果物は瑞々みずみずしく、町は果物の甘い匂いであふれている。リリスは鼻をひくひくさせながら、果物の山に目を奪われていた。大きい市場が開かれているので、人も多い。


「まずは、冒険者ギルドへいくぞ」

「あっ! そうだったね!」


 レイは、放っておくと果物に吸い寄せられそうになるリリスの腕を捕まえて、冒険者ギルドへ入っていった。


 道中に狩った獲物は、ほとんど解体してあるので、買取窓口に直行する。二人が狩った魔獣は、数匹残してそのほとんどをギルドで換金した。傷が多くて状態の悪い数匹の魔物は、教会付属の孤児院へ寄付をする。


 リリスは灰狼単体なら撃破できるようになったが、複数相手はまだ厳しい。レイはギリギリまでリリスに戦わせて、いよいよ危なくなったら容赦なく一刀両断していた。この時に胴体が半分になってしまったものや、リリスが手こずって、素材に傷を多くつけてしまったものは値が付きにくいので、寄付に回す。特に灰狼は。

 宿の予約を取った二人は、早速町に繰り出す。リリスは、レイが宿の予約を取る横で、ずっとソワソワしていた。


「私はひとまず果実酒を買いにいくが、リリスはどうする?」

「ん~、私は色々見てみたいから、端から市場をまわってみるよ!」


「承知した。迷子になるなよ」

「うん! 晩ご飯までには戻るね!」


 そう言って、リリスが跳ねるように駆けていく。フードは被っているものの、リリスが跳ねるのにあわせて、膝丈のポンチョのすそから白い足がのぞく。それを目で追う男性がレイの目に入った。先ほどのやり取りを見ていたのか、その男性が確認するようにこちらを向いたので、軽く殺気を当てておく。


 今日のリリスは、白いフード付きポンチョに薄黄色のチュニック、茶色の皮の短パンに膝下のブーツを履いて、斜めかけの鞄を肩から提げている。普通に可愛い。


(変な男に絡まれないといいが……)

 

 しばらくリリスの後ろ姿を見守っていたレイは、一息ついて目当ての果実酒を売る店に足を向けた。



 レイは、数軒の果物屋をのぞいて買い物をし、目的地である果実酒専門の酒屋の前で足を止めた。フードを脱いで店に入ると、すこしひんやりとした空気が肌に触れて気持ちがいい。目を上げれば、この町の色をここに凝縮したような、色とりどりの果物を漬けたガラス瓶が目に飛び込む。これらは客の目を楽しませるために置かれているので、漬けられて日が浅いものだ。買うことはではないが、目には楽しい。


「おやぁ、レイさんじゃないかい」

「久しぶりだな。すまないが、また火酒をもらえるか」


 店番をしていた恰幅かっぷくの良い女性が、レイに気づいて声をかけた。何度もこの店に来た訳ではないのに、この女性はレイのことを覚えていたようだ。さすが、こういった商売をしている人は違う、と感心した。


 レイは申し訳なく思いつつも、この店の売りである果実酒ではなく、それを作るために使われている火酒の購入を頼む。

 この町でも老舗中の老舗であるこの店の果実酒は、原料にもこだわって作られているので品質が良く、土産にも喜ばれる。当然、火酒も大変良いものであるのだが、ここでそれを購入する者はほぼ決まっている。


「なんだい、またローグさんとこかい?」

「あぁ」

「いつもの強いのでいいかい?」

「あぁ、それで頼む。それから、今のおすすめの果実酒も数瓶包んでもらいたい」

「ちょっと待っておいておくれよ」


 レイは女性に頷いた。少し店内を見て回りながら時間を潰す。

 火酒もこの店で作られているものらしいが、この店の売りは果実酒である。さすがに火酒だけ買うのも気が引けるので、果実酒も購入する。


(リリスはどれが好みだろうか?)


 ピークを食べているのを良くみるので、ピークの果実酒がある辺りに移動する。この店では量り売りも行っているので、瓶を持ってくれば好きな量を買うこともできる。


「どれにするかい? 今の季節なら、このピークとシースがおすすめだね。甘いのが好みならこっち、あまり甘くないのが好みならこっちかね」


 火酒を包んだ店員が、果実酒の希望を尋ねながら色々と勧めてくる。レイは頷きつつも、女性の勧めるがままに結構な量の果実酒を購入して、店を後にした。




「ほんと、男前だよ。また来てくれないかね~」

女性がレイの後姿を見ながら呟いた声は、残念ながらレイには届いていなかった。

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