第2話 とある弟から見た姉(2)

 それは突然の出来事だった。


 いや、ジルにとっては唐突であったが、自分の姉は何かを感じ取っていたのだろう。


 ジルが11歳の頃、姉が突然亡くなった。父が姉と数名の部下を連れて魔の森へ魔物討伐へ向かった際に姉は足を滑らせ谷底へ落下して亡くなったのだという。


 だが、ジルは密かにこれを怪しんでいた。何故なら数日前に姉にこう言われていたからだ。

 

『もし私がいなくなってもどうにかして学院に入学しろ。そこで剣ではなく槍を持て』


 姉もジルも剣を持つこと以外は不要とばかりに、たいした教育を受けていなかった。何の気まぐれか産みの母親がまれに貴族のマナーの類いを教えてくれることはあったが。

 だと言うのに、何故か姉は思慮深い一面を弟に見せることがあった。


 普段から言葉は少ないが、姉がさりげなく父親の折檻せっかんや周囲の悪意から自分をかばってくれていることにジルは気付いていた。


 ジルは自分たちの父親が剣の才能の見受けられない姉を遂に見限り、処分したのだろうと半ば確信を持って推察していた。


 だが、姉が事故で亡くなったと聞かされて、それを不審に思っても、そのような素振りも見せずに淡々と剣を振った。すぐに姉を探しに行きたい気持ちを抑え込み、姉に言われたことを実行すべく慎重に行動した。


 幸いジルは姉よりも剣の才能がわずかばかりあったものだから、自分の猶予は姉よりは長いはずだ。

 また、腹違いの兄はその母親にかくまわれており、一切剣を持つことをしたことがないらしい。父親も早々自分の持ち駒を減らすようなことをしないだろう。


 綱渡りをするような緊張感に満ちた日々を過ごす中で、学院に入学するための情報を少しずつ集めていった。学院に入学するためには試験に合格しなければならないらしい。


 それは大丈夫だろうとジルは思った。武術科へ入学するならば必要なものは実技試験だ。幼い頃からひたすらに剣を握ってきた自分がその辺の者達に劣るとは全く思えなかった。


 しかし、庶民枠で試験を受けるにしても入学するためには金銭が必要であった。これがどう考えても自分ひとりでは調達が難しかった。


 頭を悩ませ、昨年つまり13歳の頃に親の目を盗んで屋敷を抜け出した。ひとまず冒険者ギルドへ登録し、お金を稼ぐことしか思いつかなかったのだ。

 これは賭けでもあった。計画がバレてしまえば、死ねとばかりに前線に放り込まれる恐れもあった。


 決死の覚悟で向かった冒険者ギルドの門を抜けようとしたその時、ジルの手を引くものがいた。振り向いた先には2年前に死んだと聞かされた姉がローブの中から無表情にこちらを見下ろしていた。


 話したいことは沢山あったが、お互い無口な上に何せ時間がなかった。ジルは相変わらず無表情な姉から、入学に十分すぎるほどの金銭とアイテムバック、槍やその他諸々を受け取った。

 それから冒険者登録に付き添ってもらい、森へ出て魔物の倒し方や解体、換金方法、注意することなどを時間の許す限り教わった。



 姉には感謝してもしきれない。言葉数は少ないが、姉の言うことはいつだって正しい。


 あの家を守るためにはジルが当主になった方がいいのかもしれない。だが、あの家を守る必要があるとも思えない。だから学院へ入ったら、ジルの好きなように生きろ。そう姉は別れ際に言った。


 これまで自分はあまり多くのことを知らなかった。ジルの世界は狭過ぎた。だが、学院に入ってから知ることや見えてくるものは確かにあった。


 自分の家が父親1代限りの男爵位であり、守るべき領地も領民もいないこと。父親が盲信している国王だが、他国といざこざを繰り返し、国民に少なくない犠牲を強いていること。

 その国王から無駄にプライドが高く社交界で持て余していた、いき遅れの令嬢を体よく押し付けられて結婚したこと。

 自分の父親は恐らく英雄という名誉のもと、度々前線に送り込まれている操りやすい王の駒であること。

 あの家で完結してしまっていた自分には、もしかしたら一生わからなかったかもしれないことだ。



 槍を持てと言われたこともそうだ。ずっと剣を握ってきたため、始めはその取り回しに戸惑ったし慣れるのに手間取った。

 剣で受けた入学試験の順位も良かったようで、教官にも幾度となく剣を持つように諭されたが姉を信じて槍を持ち続けた。


 学院での訓練が3ヶ月を過ぎるころ、槍が手になじむようになった。

 半年を過ぎる今、自分は槍の才能があるのだと確かな手応えを感じ始めている。槍を振っていると剣を握っている時のような、どこかつっかえるような感覚がないことに気付いた。


 今では槍を振るって冒険者ギルドの依頼を少しずつこなし、学院の合間に小金を稼いでいる。





「姉さんはすごい」


 ジルは澄んだ青空を見ながらまた微かに微笑んだ。


 学院を卒業したら自分も姉を追って冒険者になろう。そして成長した自分を褒めてもらおう。そう思いながら午後の鍛錬に向かうべくジルは同室者と部屋を出た。



 澄み切った青空を駆け抜けた風は開け放たれた窓から舞踊るように流れ込み、開いたままであったその部屋の扉をそっと閉じた。

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