第51話 容赦ない水



 「偉そうに」とぼやき、口角を上げる穂斑はストッパーにツンと顔を逸らせ、流し目で微笑する。

 握らていた手を叩くように離した。


「やるわよ」

「そう来なくちゃ」


 主導権を翔から奪う穂斑は生き生きとしていた。「姐さんはそうでなくちゃ」と揶揄う翔に、穂斑は「誰が姐よ」と翔の肩を叩く。


華炎舞はなえんぶ招来 蓮華」

「雷刀顕現蛟竜靫雷けんげんこうりゅうさいらい


 二人が同時に海沙樹目掛け、わざを仕掛けた。

 炎を得意とする穂斑が出した技は大きく、赤々とレンゲが咲き誇るように舞う。しかし、いつも以上に大きな赤紫の華を繰り出したが為、勢いで体は弾かれた。

 真っ直ぐ後ろへ。

 横にいた翔が穂斑の手を素早く引き、身体を抱き受け炎の熱風から透かさず庇う。力強い翔の腕に穂斑は心を打たれた。

 翔の腕の中で穂斑は照れるも翔はそんな穂斑を見ず、炎を眼で追う。

 炎は翔が繰り出した雷を纏い、色を吸い上げ更に大きく膨れ上がっていく。雷が起こす火花は炎にとって、より良い相乗効果を起こした。


(そんな……やばい!)


 翔は穂斑を床に丁寧に置くと直ぐさま、走り出した。


(間に合うのか?)


 海沙樹目掛け放たれた攻撃を水龍せせらぎが受け流そうと口から、放水を撒き散らした。


 炎は、水に負ける。


 本来なら炎の方が部が悪い筈なのに押し負けてしまう。水は蒸気上げ、空気に紛れ霧散した。

 水龍はそれを腹立たしく思い、襲い狂う火を呑もうと大口を開け向かい合った。

 放出された合わせ技の歪さに水龍が気付いていれば少し違う、闘いが出来ていたかも知れない。

 ……向こう見ずな龍に対し、術の力量を感じ取ったのは海沙樹であった。


せせ引きなさい、召喚土蛟竜つみずち


 海沙樹はヤミと同じ召喚術を放ち、翔を驚かせた。


「なっ!」


 翔を尻目に放たれた召喚術わざは、海沙樹と水龍せせらぎを守ろうと盛り土のように囲い始めた。


「ふふふ、驚いた? でも……」


(あの子の術の威力には勝てない。さすが瞳海沙みなさ、あなたの子だわ)


 海沙樹は、ヤミと同じものを出来て当たり前かのように振る舞う。術を放ち、翔を眼に写し不安に襲われた。

 翔に微笑んだ顔を、海沙樹は伏せた。


 敗北。


 海沙樹は心の中で、その二字を浮かび上がらせる。

 負けを認めたのだ。


(このままあの子の術に押される? いえ、それは駄目。私は社宮を、龍神を統べる者。ここで消されるわけにはでも……どうする?)


 思案に暮れる海沙樹がいた。本来ならすぐ対応出来る知恵も術もある。なのに体が萎縮され、思考も行動も追いつかない。


(初めて会う孫に負ける、なんて皮肉なことかしら)

 

 遠くから海沙樹を窺う翔は不安に顔を曇らす。ストッパーは足を動かせ海沙樹を気遣い、行動へ移った。

 

霹靂蛟網はたたこうもう


 ストッパーは雷蛟はたたみずちという雷を纏う蛇を出した。それを海沙樹に向け投げ、彼女を護るように命じ急いで後を追う。なぜそのような事をしたのか、それには理由がある。


 翔と穂斑の合わせ術力わざは大きく、上手く出来過ぎたのだ。


(くそっ、大きくなるのは計算済みだが、風力まで計算出来なかった)


 足を急かす翔の目には風も雷も吸い上げ、大きく孕んだ爆炎を受け止めようとする海沙樹が映っていた。海沙樹が位置するのは講堂の真ん中、隅にいた翔が追いつけなくもないがやはり、穂斑との合わせ技の方が先に着いてしまう。


(やばい。アレは海沙樹にはかわせん)


 翔は急いだ。

 海沙樹が盾代わりに用意した土蛟竜つみずちは炎の熱気を前に、散り散りと果てていく。

 炎雷を受け止めた水龍の大口から漏れ出た豪炎は容赦なく顎門あぎとを横半分に裂いていった。炎は雷を纏ったことにより水の威力を掻き消し、雷は光のきっさきを水龍に深く刺す。

 雷鋒は留まることを知らず、炎を喉の奥、その先へ進むことを誘発していく。雷を絡め取る火は内外にばら撒かれ、巨躯な水龍の中を舞い踊る。

 龍は穂斑の華に抗えず、無惨に爆ぜた。空中に散らばる水疱、水の膜覆う鱗、どれもが薄らと空気に溶けて行く。


 熱い蒸気が白いもや上げ、建物内に霧散されてく。


 海沙樹は? 翔は? 二人の姿は白い膜の所為で見えない。

 暫くすると蒸し暑さが晴れ、館内はゆっくりと全貌を曝す。

 まず姿を晒したのは……。

 白い気体の隙間からうっすら、影が浮かんだ。その姿は龍を模しているが先ほどの大きさではなく、ちょいーんと小さい。細長い軀体からだは無く、ずんむりと腹を出張らせた体型の神遣いが賢く坐っていた。

 龍は首を大仰に左右に振り驚き、目を大きく開くとまた、辺りを覗う。

 次に自身を二、三、見直し目を疑う。今見える部分と、以前の大きさとを見比べた。何が起きたか考えた後、はっと我返り海沙樹を探しだす。

 はっきりした視界の中、水龍はまず穂斑を目撃してしまう。主君より先に少女を見つけるとは思いもせず、思わず隠れた。姿を出すか悩んでいるとの声から聞き慣れた名が叫ばれた。


「翔! 海沙樹!」


 水龍は名に反応し、穂斑の方へ飛んだ。ぼやけていた輪郭、姿、徐々に見知った形を瞳に焼き付けていく。


『海沙樹! 我が主よ』


 雷蛟はたたみずちを纏うストッパーの腕の中で、海沙樹は気を失っていた。

 穂斑に気を遣ることなく前に出て『みさきみさき』おろおろと名を呼ぶ水龍がいる。

 水龍が翔の眼前を小刻みに舞う。小さな翼を羽ばたかせ、丸々とした体型を翔の鼻先に掠めている。

 鼻に当たるこそばゆい何かに翔は気付き、首を振るいつつ起き上がった。自身の体と海沙樹の体から少量の電子の糸が弾かれていたがそれを手で払う。身体の静電気を落とし終えた翔は龍を目の当たりにした途端きょとんと、瞳孔を開いた。

 しばらく固まり、龍の正体を暴くと笑った。


「くっふ、アハハハ。お前水龍せせらぎか? またなんと可愛らしい」


 笑う翔の頭をがぽかぽか殴り、恥ずかしそうにしていた。翔は、海沙樹を抱き直すとちょこまか動く水龍を捕まえる。


「ハハハ、痛いよ。構いたいが後だ」


 そう言い、翔は首を右往左往逡巡させ講堂を見回す。目を光らせ、天井を睨むと冷淡な声を零す。


「来るぞ」


 結界の水音がたゆんと揺れ、講堂の壁を覆っていた水の被膜カーテンはレースの糸が解けるようにいった。


せせ! が壊れる」


 翔がぼやくと同時に張られていた水はゆらぁり波打つ。そして、膨大な水が波となり翔達を飲もうと蠢く。「なっ」穂斑は驚き、水龍もまた驚いていた。

 海沙樹の意思で保たれていた水の結界は解かれたのである。


 教壇は崩れ、壁と柱、痛みダメージを負っていた古い部分から順に壊れ出す。水は勢いを留めることなく、講堂の中を暴れ回った。水は強大な畝りを上げ旋回し、やがて――。


 翔達を飲み込んだ。


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