第76話 平々凡々
「おまえ──、くだらんことを考えてないだろうな」
「……」
フウと重い溜め息つく陽介は黙り込む翔を、宥め
「翔。馬鹿なことを思うんじゃない。おじさんはおまえの今しか考えん」
諭されても翔の眼は納得いかないのか、陽介に穴が開くほどに釘付けられる。少し躊躇う陽介は掃除機の電源を切り、吸い込み口の柄で翔の頭を甘強くポンと、「おまえ……な?」と叩く。
「イチッ」
「うん、いつもの反応だ。よろしい」
陽介は掃除機を部屋の隅に戻し、翔に「下に降りるぞ」と、親指を下に向け朝食を急かす。
笑いながら踵返す翔に陽介は、頭をポンポンと手で叩き笑い返す。
「そうだ翔、穂斑ちゃんのとこには一人で行きなさい」
「どうして?」
「先ほどの進路でだが……ヤッ翔ではなくだな優希が」
もごもごと口を
「テストだよね?」
「そうだよ、優希に説教とドリルテストをやらせる。この間の点はなんだ?」
「数学と物理?」
「僕は明日から出張だよ、その前に怒らなくては」
「……でも数学は五点増えたよ」
「一問解答が増えただけとは……嘆かわしい」
階段を下りつつ、二人は真面目な会話を交わす。
「まあ、志望大は文系だが数学はある程度できた方が良い。優希はただでさえ数が嫌いなんだ」
「でも料理の配分量は好きだよね」
「翔、それは算数だ」
翔があっという顔を見せた。優希を庇うための言葉は逆に、優希の頭は小学生レベルだと云っているみたいで……二人は同時に唸る。
陽介は眉間に皺寄せ、目尻を下げる。軽く笑んだ陽介はまた、翔の頭をポンポンとして階段を降りる。
陽介は手を止めたあと、下一段を歩く翔の頭を急に抱く。
突然暗くなる視界に翔は驚き、「なっ」と喚くと陽介の腕に触れ、歩みを止めた。
「おじさん?」
「なぁ、翔……」
(くだらん考えは収まったか? 最近こいつの考えが怖い。僕はきちんと相談役に成れてるか?)
陽介はここ最近目まぐるしい変化を遂げる翔の背中を見て、幼少期の翔を想う。
(あんなに小さかったのに眼の前にあるデカさ、僕と肩を並べるほどに背が……あんなに小さかった
陽介は翔の頭を絞め、軽く身体を持ち上げる。
足が浮く翔は驚きとともに陽介の腕を引き離そうと腕を捉えるが、陽介はビクリともしない。
「おじさん?」
微動だにしない陽介を翔はしきりに呼ぶが……反応がなく。
「おじさん!!」
翔は陽介の腕に自らをぶら下げ、陽介の腕を下げようともするが動く気配もない。
「おじさん、苦しい!」
陽介が翔の呻きに気づいた時、翔は陽介の腕をしきりにタップしており。
「マジで、圧っ死ぬかと思った」
「えっ、そんなに力は」
「入れてたよ! それにそんな頭ポンポンされるとそれこそ俺が馬鹿になるよ?!」
「オオッ、おうっ」
(良かった。翔だ)
最近の陽介は前よりも、何か在るごとに翔を気に掛ける。
陽介の手が離れ、頭を振る翔も陽介のことは気に留める。何かに付け、気にかけてくれる陽介に翔は深い安堵をしている。
「おじさん、今度の休み魚釣りたい」
「オオ、行くか。じゃ、開けようかな? 日にちを」
「無理にじゃなくていいよ」
「いやいや、こういうもんは気が向いた時に行かんと」
何気ない会話を弾ませ、二人がリビングに足を踏み入れると奥のダイニングテーブルの上には朝食が並べらている。優希はにこやかに笑み二人の元に駆け寄り、手を掴んだ。
テーブルへと引っ張り、招いた者を席に着かす。
用意された朝食はサラダに優しい香りのオニオンスープ、ガーリックバタートースト、ジャム。各々のプレートに並べられ美味しそうだ。
更に三人が囲む皿の中央にはトマトがメインの野菜サンドが並べられる。
「今日は豪勢だな」
「だってお父さん交えての朝食は久々だし」
カップに珈琲を注ぐ優希は席に着く者に、お日様のように暖かい笑みを称える。
陽介は優希から珈琲を受け取り、目元を弛め破顔さす。
「優のこういうとこが可愛いな」
「いやいや、優はいつでも可愛いよ」
なぜか翔は優希のフォローをするというより、当たり前だと意気込む。優希は満面な笑顔を翔に見せつけ、翔も応えるように微笑み返す。
お似合いの
「優、大学落ちたら翔のお嫁さんな?」
陽介の言葉に固まる優希は照れたがしばらくした後、朗らかに笑む。
父親が笑顔に安堵すると二人は。
父親の前だというのに翔と優希は軽くキスを交わす。コホンと、咳払いをかます陽介がいる。
優希を撫でる翔は「あっ、見てた?」と陽介にわざと嘲笑い、また優希に口付け陽介の眉間に皺立てさす。
「翔!」
「やぁ、だっておじさんがそんなこと云うから」
「だからって親の前!」
「ええ? 公認でしょう」
「控えろ!」
翔を睨む陽介はナイフスプーンを翔の唇にギュムッと、押し当て減らず口を黙らせる。差し出されたスプーンを翔はカシッと咥え、歯を立て軽く応戦を始め。
目頭をぶつけ、互いの口にスプーンとパンを入れ闘う翔と陽介に優希は笑い転げている。
皆が笑い、食卓を囲む中。翔の頭から様子を窺う住人だけが、優希を睨む。
頭の中の様子に気づいた翔は、住人に話し掛ける。
(あからさまに優希を敵視するなよ、住人)
(『フン、この女も私には邪魔です、古来より男の気力は女との相乗効果といいますが翔クンもとは、いやはやです』)
(そんなこと……)
翔は優希の顔を眺める。明るい優希に安堵し、カップを持ち直した翔は住人と会話する。
(かもね。俺は優希のお陰もあって今があるんだ)
(『小賢しいこんな娘!』)
(海沙樹さんに身柄拘束して貰おうかな?)
(『……』)
住人はいきなり黙り込み、
─……チャポォン─。
いつもの
(まったく、困った住人だな)
翔はナイフスプーンを置き、優希に見惚れる。
頭の中で住人に
(まあ、優希が来ないなら都合が良い。穂斑と三人なら龍のことを詳しく……)
黙々とパンを頬張る翔に、陽介が話し掛ける。
珈琲を一口、陽介は流し込むと翔を見据え、そして声はいつもより低く何かを確かめるみたいに翔に訊ねる。
「実は海沙樹さんから打診がきている。翔、おまえを預かりたいと」
それはこの間、翔と海沙樹が喫茶店で話していた内容そのものを差す。訊いた優希は慌て、持っていたスープのカップをひっくり返してしまう。
翔はゆっくり立ち布巾を手に取り台を拭い、俯瞰しつつ笑みを浮かべる。
「ああ、そのことは断った。おじさんにも話が来たんだ」
黙る翔を陽介はただジッと待つ。
翔からの言葉を静かに待つ陽介に、翔は訊ねる。
「ここにいていいよね?」
「当たり前だ」
陽介は翔の言葉に安堵し、なぜか勝ち誇るように笑い立てると優しい表情を浮かべた。
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