第77話 苛苛(イライラ)する穂斑と仄仄(ほのぼの)する翔

  

 空は高く青さが澄み渡り、風は枯れ葉と相俟ってつむじ風となり道すがらの者達を強く凪いで行く。


「もう、何よこの風」


 鈴よりも高く澄んだ可愛い声がなじる秋風は、本人自慢のツインテールをふわり。それと同時に着ているワンピースの裾もすうっと、いやらしくふわつかす。


「もうやだ、スケベな風」


 視えないに、文句を撒き散らすのは穂斑ほむらだ。


「何を怒っているのかな。は」

「その声は翔か。さては見たな?」

「何を?」


 後ろから話しかけた翔は振り向いた穂斑にいきなり、睨まれ不思議に思う。翔は穂斑の素振りを観察する。

 風が舞うたびに穂斑のスカートがぶわっとめくれ、お尻を手で庇う穂斑がいる。


「ああ、なるっ! ちょっとごめん」

「なっ何!!」


 穂斑は翔の手が自身のくびれにあることにびっくり。戸惑うと腰に何かが巻かれたことに気付く。翔が微笑む。

 

「優希もよくぼやく」

「ちょっ、頼んでないわよ」


 翔は自身が着るワイシャツを脱ぎ、穂斑の腰部分に。

 結わした袖は真正面ではなく横に垂らされ、シャツ裾部分はスカート丈からはみ出さないように三角に折られ工夫される。


「俺の上衣ワイシャツ、色味も緑だし、その巻き方だと服の可愛さも隠れず後ろスカートが浮くこともない」


 今日の穂斑はシャーリングトップスであしらわれたシャツで肩を露出させ、腰元は細いギャザーで寄せた白色のワンピースで自身を可愛いく魅せる。普段垂らすだけのツインテールを今日はカールに巻き、フェミニンに。

 しかし、ビル風でスカートが激しく舞うのは計算外。が、それを優男が読んでいる。

 翔の手際に穂斑はむかつく。


「……女の子の扱い慣れしてるっポイところが」


 翔は目尻弛ませ、セットアップされた穂斑の髪をポヨンと手で遊ばせている。猫のように戯れる翔がいる。


「クスッ褒め言葉と取っておくよ、姐さん。今日の髪、カールは自分で巻いた? 可愛いね」


 穂斑は翔のさりげない言葉に更に苛立ち、頬を赤らめ眼が合うなり顔を背ける。

 訊かれないよう、心中を吐露さす。


「無駄にムカつくわ」


 翔は怪訝な穂斑に首をかしげ、様子伺いし周囲を覗く。


「? それより海沙樹さんは?」

「もう店よ! あの人、待ち時間四十分早く来るのよ? 信じられない」

「そういう姐さんも俺より十五分早いよ?」

「あ″っ? あんたも早いじゃない」

「まあね……。穂斑姐さんとの待ち合わせは俺も四十分前にしよう」


 二人が待ち合わせ時間に文句言いあう。

 翔が今日ここにいる理由、それは穂斑が先日の礼を兼ねて昼食に招いたからだが。


「穂斑、海沙樹さんますます待たすよ。いいの?」

「良くないわよ! あんた優希はどうしたのよ」

「陽介さんに少々捕まり。出てこられなくなった、でもその方が俺には都合がいい」

「?」


 二人は会話をしつつ、店があるビルに入って行く。


「あれ。たまに来る中華の店だ」

「そうなの? おばあちゃんがここが美味しいって言うから予約入れたのに優希は来ないのか。ふぅん」

「お祖母ばあ様元気?」

「おかげ様でぴんぴんしてるわ」

「そうか、良かった」


 翔は喜びをこれでもかと言わんばかりに、表現する。


(何よ、ムカつくけどなんか可愛いわ。なんで素直なのよ)


 穂斑は翔を背にし、エレベーターのボタンを顔を綻ばせながら押す。翔は穂斑の笑顔を見てクスッと、微笑んだ。

 なぜ穂斑の笑顔が視えたのか。それは上にある鏡に穂斑の姿が写り込んだから。はにかむ彼女の姿を翔は嬉しく思うついでに、店の情報を一つ。


穂斑ほむら知ってた?今向かう店、チャイナのコスプレ出来るよ」

「えっ嘘?」

「ほんと」

「着てみたいわ」


 店内は予約を入れたとはいえ、まるで貸し切ったみたいに客は一人もいない。穂斑と翔が不思議がり、顔を付き合わすと席に座る海沙樹が扇子をパタタと仰ぎ二人を手招く。

 卓上テーブルには紹興酒と老酒ラオチュウ、そしてグラスが置いてある。待つ間、何をしていたかが一目瞭然である。

 翔は席に堂々構える、海沙樹のチャイナドレスの着こなしを褒める。


「ありがとう、まさか褒められるとは思いもしませんでした」


 紺色の布地にきらびやかな金竜の刺繍が施され、長裾のスリットが入ったドレスは海沙樹の姿を際立たす。


「リップサービスは誰に習ったのかしら。それともコマシ?」


 翔は苦笑する。


「(困り口調で)あのね、穂斑といい海沙樹さんといい、貴方達の中で俺どういう扱いなの?」

「フフ、穂斑は?」

「ああ、レンタルしてる」

「フフ、ここのは刺繍がいいんですよ」

「でも海沙樹さんの自前でしょう? 生地と刺繡糸が市販じゃない。でもほんとよく似合うよ。綺麗だ」

「……あら、この子。天然だわ、どうしましょう」

「?」


 翔は海沙樹の言う事に不思議がる。そこに着替えた穂斑がやって来る。そして海沙樹の色香スタイルに喰いつき、牙をむく。


「ちょっと海沙樹、年幾つよ。なんで似合うのよ」

「フフ、そう? ありがとう。でも穂斑も可愛いわ、パフスリーブチャイナね。フフフ、でも……。優さんがいなくて良かったわね」

「ひと言余分!」


 海沙樹の褒め言葉に翔は小さく吹き笑い、穂斑に睨まれ「スタイルの良いあんた達は」と毒吐かれる。

 翔と海沙樹が同時に首を捻る。クスッと笑んだ翔は穂斑を頭から爪先まで品定めるように見入り、はっきり褒めちぎる。


「分かってること言わないで?」

「くすっ、はいはい」


 穂斑のパール真珠色ドレスチャイナ服は半袖口がぷくっと膨らんだ特徴あるパフスリーブ。スカートの両端は紐ギャザーが絞られ、すらりと伸びた細い美脚が際立つ。

 肌を露出させた襟元は穂斑の小顔の輪郭を捉え、ますます姿と共に映えささす。

 

「かわいいね。ちなみに優希も中学までBサイズだったよ」

「なにその情報、高校生の私をバカにしてるわね?」


(ほんとひと言が……。それさえ無ければこいつを褒めるのに、もうっ!)


 何かに付け、「優希」「優希が」と、言う翔に穂斑は頬を膨らませていく。


(比べるなんて、失礼な話だわまったく!)


 翔を軽く睨みつつ席に着き、テーブルの真ん中に置かれた上海蟹を手に取る。そして貪っていく。茹でられた蟹はまるで穂斑の表情のように赤く、ハサミを向け怒っているようだ。

 穂斑と蟹を見比べる翔は赤い甲羅が捨てられる度に「あ~あ」と嘆息し、を見比べ微笑む。


(クスッ、どっちも朱い……。怒ってるなぁ、優と比べ過ぎたかな?)


 穂斑の次に翔は傍らの海沙樹を見遣る。海沙樹も穂斑の食いっぷりに競う勢いで蟹味噌に紹興酒を入れていく。


(海沙樹さん。年の割に感心。容姿からも想像つかない。この人が俺のお祖母さん……。食ベ方、雰囲気といいなんか俺に似てるな。いいのかな?)

 

 この「いいのかな」は海沙樹を気遣ってのことだ。二人の食の速さスピードに躊躇う翔はあっと頭で叫ぶ。


(あっ、ああ。俺が海沙樹さんに……)


 翔の心配を余所に食べ、呑みまくる海沙樹と、ぱくぱく食べる穂斑。次々、殻が放り込まれていく容器の音。

 翔も負けずに蟹に手を出す。


「美味いけど、蟹の為だけに来たんじゃないよね?」


 翔は蟹のハサミを持ち頬の横でぶんぶん。海沙樹は蟹真似する翔に、目を躍らす。


「あら、貴方でもそんな素振りするのね?」


 少し頬を赤らめた翔は遊んでいた遊具蟹鋏を殻入れに放り、軽くだが咳払いをした。


「ン、ン、海沙樹さん、俺らが来る前から相当呑んでるでしょ、それって何のため?」

「……なぜ?」

「もしかしたら、店。貸切では?」


 空いているテーブル席を翔は一瞥する。


「穂斑とは別に予約、入れたでしょ。だって店員が少なすぎる。初めから人員整理してあるようだ」

「洞察力が良いですね。褒めましょう」


 海沙樹が翔に微笑する傍ら店員が小籠包をテーブルに置き、お辞儀して去る。


「……あまりの静けさに龍でも出して話し合うのかなと」


 翔は用意された小篭包を皿に取り分け、口に運んでは汁を喉に通す。

 隣の穂斑は翔に云われハッとなり、海沙樹を睨んだ。


「今日はお詫びのつもりで来たんだからそう言うことなら帰るわ」


 席を立とうとした穂斑を、翔は呼び止める。


「帰る? 聞きたいことあったのに」

「何!」

「この間倒した黒龍おろちだ」

「?!」

「どうやって奴は穂斑に近付いてきたの?」

「えっ?」


 「黒龍の話」と言われ、穂斑の表情は苦しそうに歪んだ。


「……」

「思い出したくないのは解る。だけど話してほしい」

「……何かあったの?」


 翔の口の端々から感じる重さ慎重さに、穂斑は何かを感じる。


「俺、この間黒龍あいつ、本体と戦ったバトった

「えっ!」


 穂斑の驚きの声は静かな店内の至る所に響く。


「あんた、そんな大事なことを……」


 怒る穂斑の横で翔は端然ときびすを返した。





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