第32話 青い空と窓
白く大きく、綿菓子のように膨れる入道雲と青い空。
優希はとある窓から空を眺め、残り少ない休みを反芻していた。大きな瞳の中に、ブルーハワイと白いかき氷を映し込んでいる。
(真っ青に、わぁあ美味しそう……じゃない夏もあとわずか)
優希は学校の調理実習室にいた。翔に付き添い、一緒に登校していたのだ。そして校内で葵と落ち合う。
翔は体育実行委員、葵は文化祭クラス実行委員。
可愛い女の子二人は制服の上にエプロンをつけ、調理台の前に佇む。優希の左手にはアルミのボール、右手には泡立て器を持ち、わいわいと葵含め数人で会話を弾ませていた。
文化祭で催すクラス考案、「メイド喫茶」で出すメニューのために。
葵は窓の側でボールを持ち呆ける、優希に声を掛けた。
「姫、物思いに耽けない。ねぇ、こんな感じ?」
葵の手には、ハンドミキサーとアルミボールがある。ボールに入れた粉をミキサーで混ぜ、ネットリとさせた物を優希に見せる時、なぜか苦笑う。
苦笑いの理由。
葵は料理は作れるが、あまり得意ではない。ましてや、このようなイベントに出す物と言えば甘いものが定番。葵の菓子作りは褒められたものではなく、その腕前を知る優希は優しく頭を撫でた。
優希がにっこり微笑むと葵は唇を結んで、躊躇いがちに笑う。いつものクールビューティーは何処へやら。
滅多に見られない葵の笑顔を優希はかわいいと、褒めた。
いつもクールで決めている子は首をぷいっと上げ照れた。優希はそんな彼女ににこやかに。
材料で戯れる女子は笑顔で会話を繰り返し、作業に打ち込んだ。
葵のボールの中を優希は覗きこみ、白い練り粉を小指で掬い舐める。
「うん、じゃあ焼きますか」
出されたホットプレートに粉を薄く張り、ジュィという音と香ばしい匂いが焼かれる。
スウッと細長い棒状のヘラで素速く剥がれた生地は隣のプレートに置かれた。カスタードを薄く挽き、その上にマスタード、千切りしたレタス、ハム。スプーンで測ったシーチキンがポンと置かれ、手早く巻かれ。
ツナサラダクレープの完成だ。
「味見」
優希はクレープを葵に食べさせ、葵は親指をグッと上げた。優希が「うん」と頷く。
「大丈夫そうね。では次はフルーツ」
同じ所作で焼いていく優希に、フルーツが乗る皿が渡された。
葵の他に三人、エプロン姿の女子が瞳を輝かせ満面の笑みで強請る。各々が好き放題、イチゴだ、やれバナナだと優希をせっついた。優希は困りもせず、言われた通りの品を出していく。
女の子の注文は尽きない。
「ワァ、次はこれ乗せて巻いて」
「うん、うん。私も欲しい!」
「私も! ちょうだい」
「ちょっと、みんな忘れてない? これ文化祭に出す試作品」
「大丈夫、優希が作るから問題無し! それより食べさせて」
「もうっ! 私、裏方ではないよ」
「大丈夫よ。優希は作るの好きだから絶対一緒に作るよ」
優希は文句を言いながらも焼く手は休まらず。ドンドン、要望通りに仕上げていく。
本来なら葵が仕切るはずが優希が場を仕切っていた。お菓子作りが大好きな優希は楽しそうに、鼻歌交じりにクレープを焼く。
「ねえ、このクリーム。姫に塗って姫を食べたい?」
葵は棒ヘラにクリームを乗せ、優希の前に差し出した。
「もう。おちゃらけない、そして塗りません。翔みたいなこと言わないで!」
優希は葵を睨み叱りつけた。葵は
優希はハッとするも、咄嗟に口走った言葉に慌てることしか出来なかった。
目の前でクレープを頬ばる女子は手を一瞬止め、各々が呆れ口調で二人に言ってやった。
「あんたたちほんっと~に、ごちそうさまだわ」
「ほんとノロケですわぁ」
「お後がよろしいようで」
「えっ、えっ、え、そのね、聞いて違うの!」
戸惑う優希は猥談の格好の餌食となり、女子に囃子立てられた。
「違う違う。されそうになったけどしてないからッ!」
優希は耳まで赤くさせ右手にあるヘラはじゅじゅうと音を立て、生地に押し付けられた。
左手は照れて熱い頬を、押さえていた。
「翔クン、ウラヤマ~~。姫今度は是非に! 私と」
「葵! だからやってないの」
葵は目を爛々と輝かせ、見ている子達はクレープ咥えつつ果物皿を優希に渡す。
「はいはい。分かったからさぁ、次はこれ乗せて作って?」
「もう! あなた達は作らないの?」
「優希、クリーム……付いてる」
「そんな、飛っ──ッウン。やだ葵」
葵は優希の顔についたクリームを舌でべろりと馬のように舐め取り、「ごちそうさま」と微笑む。
「はい~、イチャつくより巻いて、巻いて」
イチャつく優希と葵に目の前の子が、粉の入ったボールを差し出す。悔しがる葵に笑う優希。
クレープの香ばしい匂いとやさしい音が広がる、緩い教室がここにある。
「みんな大丈夫? レシピは置いていくけど……」
「大丈夫、あんたはクラスというより翔くんのために作るから、知らない内に料理係に参加してるからレシピはいらないよ」
好き勝手を物を言う女子達がいた。
モウッと呆れる優希だが手はまた、生地を焼き始めた。
其処いらに甘い香りが立つ。葵はその横で生地をこね、にへらぁと口を緩めている。
「フフフ、姫のゴスロリ楽しみ~~」
「もう、葵鼻下伸びてる! なんで茶店の服ゴスロリ? 今からでも変わらないかなぁ」
クレープを巻き、文句を言う優希に葵以外が賛同する。
「それに─、育祭が終わるとすぐ文化祭って」
優希の小言は止まず、溜め息ついてはクレープを仕上げた。出来上がった品を「はい」っと、目を輝かす子に差し出した。
「優希、美味しいよ。今からでも裏方希望すれば?」
「そうしようかな~」
「フフまぁ仕方ないわよ。クラスの野郎どもは見たがっているわよ。姫のウエイトレス! 翔クンだけは怒っていたけど」
「そうなの。翔は反対なの。この間私の分の衣装勝手に改造してた」
「ああ、私もお手伝いしました。翔クン器用ね」
「そう。空いた胸、肩部分に全てリボンで塞がれ、なぜか可愛く仕立てられてた」
「うん、あれいいわぁ、可愛いわぁ。胸の谷間なくなりますが私も賛成。優希を安く晒したくないです」
「! そういうことなの!?」
優希は葵を見て照れた。葵は子をあやすように優希の頭を撫でた。撫でる手は止まらない。
優希は優希でクレープを焼く手を休めないが次に出来上がったモノはほんのりと、焦げつきを見せていた。
「フフ、優希可愛い」
「えっ?」
葵に隙を突かれ、優希は唇を奪われる。
「葵ねぇえ。あんたは恥じらいがないね。翔君の方がまだ恥じらうよ? イチャつくけど」
「アレはアレです。私は私。隙があれば姫にアピールです」
女子と葵の話に優希はますます照れた。手をクレープに戻す優希だがある騒ぎが耳に飛び込んで、気がそがれている。
気になる原因は……。
通路は、走る男子でざわついていた。大きな声で会話が飛び交う中に変わった名字が混じる。
その名をしっかり耳に入れた子はぴくりと、眉をひそめた。
「本当に見たのか? 聖鈴の推し嫁」
「ああ、
「また翔かよ。いいなぁ」
「ほんとうらやましいな」
一陣の嵐が止み、通路は静けさを取り戻す。
(七十麟って翔だよね?)
全校生徒の中に、この名字は一人しかいない。
「あれ? 優希ちょっと」
優希は窓際に呼ばれた。窓を覗くとちょうど裏庭がある。
そこには翔がいた。通路で騒いでいた男子の言う通り、女子と一緒にいる。その傍らにはヤミが。
優希は翔の前にいる女の子に目が向いた。同じ景色を眼に捉えるエプロン女子がぼそぼそと、話し込んでいる。
「あれ? 聖鈴のミス嫁じゃない?」
「だよね。翔君モテるね」
「ええッ? でも聖鈴附属は隣だよ、翔君と優希の噂は聞き及んでるんじゃないの?」
ひそひそと、下世話に囃子立てる女子がいる。優希は急いで鍵に触れ、力任せに窓を開いた。
「翔!」
タイミング的にはちょうど、穂斑が走り去った後で、翔の旋毛を拝む優希がいた。
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