第25話 互いに踏ん張り合う。「翔」と『陽炎』

「熱い」


 人格しょうは、上着を脱いだ。 

 服を腰に巻きつけ、眼前の被膜を見据える。そして刀を振るう。

 刀身と共に発された雷が、くうを裂き、被膜を裂き、蒸気が漏れる。

 翔は蒸気に包まれる最中、自分の腕を気にした。左腕は水滴を纏い、うろこ部分は濡れ目映い。嫌悪を感じる人格がいた。


「……好かん」


 人格も、本体と同じ気持ちであった。

 腰に巻いた上着の袖を破くと、左腕に巻きつけ隠す翔がいる。

 夏の日差しがてらてらと、翔を射貫く。

 熱い最中にも拘わらず、翔は白い長袖のシャツを着ていた。下は黒のノースリーブ。上着を脱いで出す左腕は、今までと違った。

 見慣れない、痣が付いた腕。

 自分のモノのようで自分のモノじゃないような。


「──その内慣れるさ」


 自分に言い聞かせるように人格は、右に持つ刀を振るう。膜から蒸気がモクモクと上がる。充満された熱気は外の世界を遮る。

 目の前にいた優希も哲弥も、今は見えない。自分の足元には蒸れた水が溜まっている感覚を与えられ、露出された肌に水気がベタッと張り付く。

 人格が首を振ると、髪にある水滴がピッと跳ねた。


「視るか……」


 翔は一言呟き、眼前に携え光る刃文を見据えた。人さし指を刃に剃ってなぞる。

 パクリと指先は割れ、血が流れた。刃筋に血が滴り落ち、ぎらつく波に人影を捕らえる。

 

「視えた! そこにいたか」


 翔は人を探していた。

 この陽炎を作った人物を見つけるとすうっと息を吸い、呪言ノリトうたう。


一二三一二三四ひふみひふみよ瀬戸の淵。誘視誘波江いざみいざなえ我が穏敵オンテキ───|れい


 翔は言い終えと同時に刀を足元に突き刺した。刺し込まれた根元に、雷と数滴の血が飛び散る。雷は蒸気に乗り、翔を中心に激しく閃光が走る。

 翔は笑う。跳ねた血溜まりは、翔の頬に当たり伝った。伏し目で足元を、そして刀を抜き取ると血飛沫が舞う。 

 ニタァと笑みする翔がおり、足場には人を模した膨らみがある。それは女の姿だった。

 転がる女がいる。

 周りを覆っていた蒸気はなくなり、女は翔に召喚され現れた。

 女の足の太股には刀が突かれた痕があり、血が噴き垂れているがしかし女は、痛みを感じないのか苦しがる素振りをまったく見せない。それどころか、横にいる翔にも気付かない。

 巻癖の黒い長髪を乱雑に、小綺麗な顔立ちの美女が横たわる。


「やぁ、こんにちは」


 女を俯瞰する翔は、頬に垂れる血を指で舐め取り笑い、厭らしく口角を上げていた。

 女は顔を上げた。翔の声に気が付き、瞳を交えると驚いていた。見上げた男は冷たい眼で自分を──その上、顔に付いた血を舐め取り、厭らしく笑う口があるではないか。

 優しそうな表情とは裏腹な男の子の仕草に、女は震えた。

 おぞましさに声が出ない。


「やぁ、お姉さん。何を期待した?」


 クスクスと笑う翔だが瞳は冷たく、口調もめていた。


「やさしくはしないよ?」


 翔が見下ろす人は、タンクトップにデニムの短パン、スニーカ。胸は巨乳に、丸みを帯びた尻は短パンで強調され、いかにも女を売りにした姿だ。


「エロいね。お姉さん」


 肉付きの良い太腿の片方は血まみれではあるが、それを込みで褒める翔がいる。


「……エロいって口だけで真意が感じられないわ」

「ああ、思っただけだそれに」


 翔は女を見た後、外に目を向ける。


「あの子?」

「そう、あの子。可愛いでしょ」


 外はすっきりと見えていた。翔は優希に目をやり微笑むと、すぐ女を見遣る。

 翔が刀を振るう。刃先の血は跳ね、宙に浮きピタッと止まる。

 丸くなる血雫ちしずく

 その丸さに女は、眉をひそめた。


「フウン。浮いているのは電気の応用かしら」

「正確には電導ね」


 翔は女に向け刀剣を薙ぎ払い、止まっていた血を矢じりのように飛ばした。飛んできたソレを女は睨んだ。女は眼前に空気の渦を作り、熱気を膨らまし血を蒸発させた。その熱気はそのままに、翔を狙う。

 翔は飛んできた熱気を刀先で去なした。また翔も女を睨み返し、刀から鎌鼬を繰り出すが女の熱気で掻き消された。


「──……風は相性が悪そう」


 翔は言葉を溢した。バンクルに化けている夜刀ヤトに翔は、蛟竜ミズチに戻り、刀を飲むように命じた。

 夜刀は言われた通り動き、次に足を鳴らされたので影に戻った。

 女の視線は翔にあった。


「ミズチ。能力に目覚めてるのね?」

「……どいつもこいつも。目覚めていないを前提で話す。目覚めると何かあるのかな、は」

「………」

だんまりか」

 

 翔は女に呆れ、腹を蹴り上げた。

 女はゴフッと咽せ、勢いのまま被膜に打つかる。そして一つ咳をつくと立ち上がり、翔の足元の膜を引っ張った。

 翔は滑り転がる。女は透かさず、翔の顔面にかかとを落とした。

 翔は踵を手で止め踏ん張り、女を睨む。手を踏ん張らす翔と、足を踏ん張らす女。

 翔はふと言葉を漏らす。


「自分の意志? それとも差し金?」


 女は翔の言葉に躊躇した。翔は、その一瞬を見逃しはしなかった。女の足を引き、地面に体を転がさせ瞬時に女の腹の上に跨がる。心臓の真上に両手を付いた。


「フウン。素敵な構図だ。ベッドの上なら美味しいのにね」

「……抱く?」

「やだよ」

「はっきり言うのね」

「ハハッ、心配しなくても、違う意味で犯すよ。『陽炎』」


 名を呼ばれた女は驚きと共に、口から熱気を出す。翔は透かさず、女から退いた。


 翔は宙返り、被膜を蹴り外界そとに出る。翔が外に出ると被膜はすうっと消え──。翔が着地した先には優希がいた。ほんの少し、優希と視線をまみえ差す。

 驚く優希の瞳に翔の姿が映るが、一瞬の相互で終わった。

 翔は女を抱え、優希達の前から消えた。


 優希達から離れよう──。


 翔は今さらだが墓より離れ、外れの広場に移動した。


(! 視た映像ではない。周りに墓はなく優希達もいない。回避出来たのか?)


 人格本体の視た【予知みらい】を思い返した。

 翔の頬を風が凪いだ。女を地面に放ると、またもや上に乗った。手の中にすっぽりと収まる女の顔がある。

 翔は女を強く押さえた。逃げないよう頭を地面に打ち付けさす。

 指の隙間からキョドる瞳があり、女は翔の手首を掴み抵抗するも力で敵うはずがない。出来る、精一杯の抵抗を女は見せた。口から熱気を吐き出し、翔を退かそうと踏ん張る姿がある。翔の手は、熱気が当たると赤く爛れた。


「! 口からも熱気が出せるということは体内で熱を構築か。ほしい能力ではない。だが」


 翔は女の首筋を舐めた。ビクつく女は、顔を赤らめた。耳まで。


「クスッ、初心うぶだね。処女でもないのに、躰を合わすと良い音色を奏でそう」


 女はますます赤くなる。白い躰が逆上のぼせたようにピンク色に染まると首筋に、翔が舐めた部分に桃色の降龍が浮かぶ。


「綺麗な龍だな、『陽炎』」


 指から垣間見る瞳が──女が、涙を流す。


「済まん、いただくぞ。─蝕喰ばく─」


 翔の掌は微かに光る、合わさるように女の龍痣も光る。


「ッツウ!」


 翔は悲痛を上げ女の顔から手を離した。痺れた掌を見ると龍痣がほんのりと浮いており───。

 痣がスゥと退いていくのを、翔は伏し目で見届け。


   『龍を喰らった』


 しばらくすると、翔の手のひらにポトと雫が浮いた。 

 ポトポトと落ちる雫は女の顔にも落ち──。

 女は自分が流していた涙と一緒に雫を拭う。頬を拭う雫は何度も伝い、女は自分の涙でないことに気付いた。


(?)

 不思議がる女は、翔を見た。 


「お前───」

「──虚しい」

 翔はひと言──。

 

 翔は口から言葉を落とすと同時に、身体が落ちていく。女の上にゆっくりと……。

 無意識に女は腕を広げ、気を失う翔を受け止めようとした。


「おおっとォ」


 女の上に落ちかけた翔の身体を、ヤミが捕む。


「フッ、翔を触らす訳にはいかんのョ。『陽向』」


 腕を広げた女はキョトンと、した。


「『陽炎』は俗。名は陽向ひなただよナ」


 女は初めて見るヤミと瞳が合わさり照れるが、それ以前に「本名」を呼ばれたことに驚く。顔は火照り、広げた両腕は誤魔化すため急いで自分の胸を抱くが。

 照れたのも一瞬、激痛が首に走る。


「痛っ、なあに?」


 女は叫んだ。激痛が走る首筋を触れ異変に気づく。首筋の痣があった所は腫れており、そして──。


「あっ、ツゥウン」


 次に女は、太腿を押さえた。先ほど刺された部分が、今になって痛覚を訴える。

 翔が女の悲鳴に気付き、起きた。


「体内で構築されていた熱が冷めたんだ。だから、痛みが」

「翔、起きたか」

「うん。ヤミさん、これを巻いたげて。俺、下ろして……」


 翔の人格は元に戻っていた。腰のシャツを女に放り投げ、ヤミに指示を仰ぐ。

 ヤミは鼻息をつき、女と会話する。


「熱で痛覚がないって───」

「悪かったわね。今までこれで代謝ぁ……アっい!」

「かわいそうに、今からはだ」


 ヤミは淡々と述べ、シャツを巻く。太腿に巻かれた白いシャツは、赤い血が滲んだ。陽向は身体を起こし、投げだした太腿を見て青ざめた。ヤミは懐から札を出し、その上に貼り付けた。


「止血の札だ。車できちんとした処置をする」


 ヤミは蛟竜を一匹召喚すると、女の腕に巻き付くように命ずる。


「翔、帰る……ぞ?」


 翔に声を掛けるヤミだが、翔は寝息を立てていた。ヤミは困り顔で髪を掻き、翔を見てぼやく。


「図体のでかい子どもだな」


 すやすやと眠る翔を癒すかのように珍しく冷たい風が吹く。芝生の緑がそよぐと翔の頬も一緒に撫でた。

 翔は墓を参らず寝入ってしまった。

 時間は……寝入る翔に構わず、過ぎていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る