第6話 お姫さま抱っこ

 

 崩壊したトイレを後にした二人は、息を継ぐことを忘れ元いた場所に戻る。プールの側近くまで走り足を止め、深く深く息を吸い込む。

 二人の胸は、深呼吸の膨らみが目立った。


「おいっ、翔。トイレはおれ達が壊したことになるのかな?」

「あっ……!」


 二人の間に気まずい空気が流れ、交え交える瞳は真っ直ぐに合わさる。気まずい空気に黙りこむ、二人の脚は震えだす。


「いやぁ、あのトイレはカメラないし、たぶんバレてないんじゃね?」

「ああ、うん。そういうことにってばれるよたぶんテツ、ごめん。俺」

「落ちこむな。バレたらバレただ。それまで遊ぼう」

「あ、うん」


(公共施設を壊してしまった……もし弁償することになったらどうしよう)


 黙り、溜め息をつく翔の姿を見て哲弥は突然フフフと笑い出し、明るい口調で話しだした。


「フフ、驚かされた。まさか翔にあんながあろうとは」

「えっ」

「おれが知る翔には『意外な一面がありましたぁ』で終わらせてやる」

「え」


 明るく振る舞う哲弥に対し、そこまで気が晴れない翔がいる。


「なぁ翔。黙っておくから今度なんか奢れよ。もしくは例のゲームソフトでもいいよ」

「ああ、あのソフトか高っ。それは軽い恐喝では?」

「うーん? 下手すると一生の秘密を抱えた友に労うどころか恐喝扱いとは悲しい」

「一生……。そのように考えるとバレる相手は優希がよかった」

「ははーん? 諦めろいいじゃんおれで」

「うう、まぁソフトで済むならってテツ、おまえ安いよ。一生の約束をゲームソフトでいいのか?」

「だろう? おれって良心的~。気持ち安らぎ惚れちゃいますぅ?」


 両腕で脇腹を抱え、身体をくねらしおどけて話す哲弥に翔は吹き笑う。


「その話し方、くすくす。誰の真似なの」

「ふふふ、おれの母親の靖子でございま~~~~~す」


 自分の母親の口調を真似る哲弥に、翔が吹き出す。


「プッ! あははは。確かに、そうだよ。やだよっ、ハハッハァっボったよ。ハハ、テっテツ──ァッハハハ」


 身内ネタで自虐し、笑いを取った哲弥は胸を撫でおろした。


(おおう、ここまで受けるとは。単純な。やって見るものだうん、うん。少しハズかったがよかった)


 暗かった翔を慰めるための行動がとんでもないぐらいにバカ受けで……。 

 笑いが止まらない友に、安心する哲弥がいた。


「絶対漏らさないでよ。その時は一緒に死んでもらうからね」

「おまえ言うこと恐いな。さらっと言うなよ」

「ふふ、ありがとう。テツ」

「おおっ、おう」

 

 頬を指でなぞり、照れる哲弥がいる。

 プールの横を肩を組み歩く二人は笑い合い、優希達が待つ場所へと戻って行った。


(普通なら蔑み避けられるのだが逆に慰め横で笑ってくれる。それだけでありがとうテツ)


 翔は強く、頭の中で哲弥に礼を述べた。今は哲弥の言う通りに壊したことを頭の隅に置き、目の前の遊びに集中する翔。

 先ほど居たプールサイドに優希達はいない。翔と哲弥、二人が見渡すとビーチボールを抱え歩く、葵のほっそりと色っぽい後ろ姿を見掛けた。

 声を張り上げ、哲弥は葵に近づく。葵は哲弥を見るなり、罵声を浴びせた。


「おっそーい。そしてキモイきみ達! トイレで何をしていたのでしょうか。こちらは大変だったのです──。あれです」


 顔を引きつらせ、葵が文句を述べている。


「うん。優希と葵の先輩が二人、でそれがどうした」

「休みの日に先輩の相手は疲れるのです」


 指差す方向には、プールの浅瀬で遊ぶ先輩女子と優希の姿があった。

 ビーチボールを哲弥の顔面に撃ち込む葵の横を、翔は通り過ぎた。

 さほど離れてはいないが優希へと、勇んでいく翔がある。

 そして翔は、優希に文句言われた。


「お・そ・い。もう、先輩方と葵のおかげで退屈せずにすんだあぁって、えぇ何?」


 翔は優希を見るなり抱きしめ、髪に顔をうずめた。


「ええっととと。翔?」

「優!」


 優希に甘える翔がいる。脇目も振らず、翔は思いのまま優希にしがみ付いた。


「ワワッ、白昼堂々と、優希の王子さまは大胆だな」


 先輩の一人が翔の行動に声を上げるが翔は動じず、優希を離さない。

 優希はそんな翔を気遣う。


「えっ、あっ、うぅんん? 翔?」


 確かに、翔は時に大胆だが人前ではわきまえて行動をする。いつもの翔と違うことに気付き、黙ってされるがままの優希がいた。

 髪にうずくまる頭を優希が撫でやると吾返る翔がいた。

 翔は顔を上げた。


「先輩方、すみません。優希をもらっていいですか?」


 端正な顔で瞳が潤み懇願する翔。そんな翔と眼が合う女子どもは、顔を赤らめた。互いの手を取り腰を砕かせる。目力の強い、綺麗な面立ちに見つめられたのだ。へなへなぁと、プールの浅瀬に腰を座らせた。


「あっ。どうぞ、どうぞ。煮るなり焼くなりお好きに──ねぇ?!」

「えっ、せっ、先輩」


 困惑する優希の頭を翔は撫で、くすりと微笑む。


「すみませんありがとうございます先輩。この礼は今度にでもしますからほら、優希」


 先輩二人に翔は頭を下げ、姫さま抱っこをして優希を攫っていく。


「ぅわぁ噂以上だね。優希の彼氏」

「うんやっぱ格好いい。あとさ、さり気なくあんなことする彼氏はどう?」


 彼氏がいない先輩方は優希達を見てうっとりとし、声を合わせた。


「「ハズいけど、うらやましい」」


 先輩たちに見送られ、照れる優希は声をうわずらせ翔に話す。


「翔、恥ずかしい……よ、ちょっとぉ翔!」

「ん?」

「恥ずいけど……少しだけ気持ちがいい……よ?」

「あっ、考えてなかった。ごめん、(公衆の)面前だよ」


 翔の腕に抱かれ優希はほほ笑むと、翔の唇に軽くキスをした。


「優希、怒っていいんだよ?」


 キスをされるとは思っていなかった翔の顔はますます赤くなり、照れた声で優希につぶやいていると頭をまた撫でられる。

 翔は優希にほほ笑み返し、哲弥の元に帰るとを冷やかされるが満面笑みで優希を降ろした。翔は集まる者に、改めて礼を述べた。


「みんな、ありがとう」


 意味が分からない優希と葵は首をかしげるが、礼を知る哲弥は照れる。哲弥は翔の頭を強く叩き、大笑いをかます。

 笑いの輪ができ、楽しんでいる翔にまた感触があった。

 翔は哲弥を軽く睨むが、哲弥の手は腰の横にある。頭を悩ませ、深く考えているとを軽く小突かれたことに気付く。

 ズキッと痛む頭の内側に声が響いた。


(いい身分だな。お前)


 脳内で響く声に、思わず振り向く翔がいた。

 翔は不思議に思う。


(? なんだ頭の中?)


「おいっ、翔。バレー対決するぞ」

「ああ、今行く」


(……考えるのはよそう)


 哲弥たちが待つプールへと足を走らせようとする翔だったがいきなり、足をもつらせ転がる翔がいた。


(?? 鼻打った)


 翔は、足元の影が起こしたが原因で転んでしまったのだが、気付かない。

 翔は普通に身体を起こし悩む。


(なんだ。今日は本当に不思議なことが起こる、どうしたのかな)


 悩む翔の横では影が離れ、人の形を成す。しかし翔は優希達の声に、夢中だった。仲間が待つ輪へと駆けていく。をその場に残して。

 残された影は走り去る翔を見てニヤり。そしてまたへと戻り、何ごともなく一緒に遊んだ。


 何かと忙しい翔ではあったがきちんとプールを満喫し終えたことに喜ぶ。各々が帰り支度を終え、控室を出るとトイレの方向が騒がしい。

 忙しく動く従業員達の動きに哲弥と翔、二人は顔を見合わせ黙った。


「テツ……」

「何も言うな翔、大丈夫だろう」


 その様子に肩を竦ませそして、悪びれつつも吹き笑っていた。


「おいっ翔。早速だが明後日行くぞ。金、用意しとけ」

「あ、うん。分かった付き合うよ」


 翔と哲弥が次の約束をしている。そんな二人に優希と葵が不服そうにしていた。二人の予定だったが仕方ないと、翔は四人で遊ぶ約束をすると葵と優希は喜んだ。

 家路の途中にふと翔は何かを思う。空を眺めると大きな積乱雲の端に、くっきりと線を浮かせる夕空がある。

 その白い雲は翔の考えごとを形に、現しているみたいだった。


 翔の思いを感じ取る頭の中の『住人』が、注意を告げるため現れる手段を考えている。そうとも知らず、翔は帰るなりひと眠り。

 その眠りは『住人』が仕向けたことなのか……。ただいまの掛け声のあと、就寝する翔がいた。


 

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