月並み画家と雪うさぎ
そら春になったぞと冷凍庫を開ければ、ぴょこんとうさぎが飛び出してくる。
冬に比べてやや小柄になったこの雪うさぎは、ある大雪の日に手慰みに作ったらたまたま魂を持った気まぐれ屋だ。
「春が見たい」
部屋にかかった桜の絵。月並みで誰も振り返りもしなかった桜並木の絵を見つめては恋するように言うものだから、ついぞ今日まで冷凍庫でかくまってしまった。
まあ、駄作と絵の具転がるこの部屋で、描いた自分も一際気に入りの桜並木にたった一目で惚れたのだから同居うさぎとして充分及第点である。
「約束は果たしたぞ」
雪うさぎはものも言わず窓の外、桜の青い空に舞うのをじいっと見つめている。
良い風の日、桜吹雪、見下ろせば桜の絨毯。真っ白で小さな背中、薄紅と青を見つめる南天の赤い目、南天の葉の耳。
ああ、こいつとも今日までかなどと感慨に耽っていると、雪うさぎは飽いたとでも言うようにぴょんぴょん跳ねて再び冷凍庫のねぐらに帰っていく。
「おいおいどうした」
恋い焦がれた春ではないのか。もう飽いたのか。そう問えば今度はまたこの月並み画家の描きかけた別の絵をじっと見て真っ赤な目をキラキラさせている。絵は青、真っ青。
「おいそりゃ無理だ」
キャンバスに描かれているのは真っ青な海、白い砂浜、照りつける太陽。
「夏が見たい」
気まぐれなうさぎはそれだけ言って冷凍庫の奥へと潜り込み、器用に自分で扉を閉めた。
(気まぐれめ)
海はこの辺にない。連れていけということか。
残された画家ははあと息をつき、クーラーボックスの値段を調べ始めていた。
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