十六話:謎の襲撃を裂く瞬光

 ——昼過ぎ。


 ノエア、ミエルと合流し昼食を取り終えた後、食事休憩を取っていた。ミエルは荷物として袋にぎゅうぎゅうと食材が詰められている。流石に買い過ぎではないか少々不安になってしまうが、本人が満足気に頬を上げているのならそれでいいのだろう。


 ノエアといえば、ロヴィエドとの話は何だったのだろうと伺うと「大したことねーよ」と話を逸されてしまった。問いただした所で彼の性格上話してくれるとは限らないので、そのままにしておこうとリシェントは静かに黙りこくった。


 リシェントがホットココアを啜りながら三人の会話に耳を傾けていると、そういえばしっかりとした自己紹介をしていない事実を思い出す。会話に割り込む形になるのは萎縮してしまう気持ちはあるが、恐る恐ると小さく手をあげた。



「あの……これから行動を共にするなら、改めて自己紹介しときたい、というか」



 試しに意見を述べてみると、どうやら全員の意見が一致。とりあえず名前と戦闘スタイルを紹介しようという事で話が纏まった。



「リシェント・エルレンマイアー。まあ……武器は使えないけど、殴って蹴るわ」


「ミエリーゼ・ウィデアルイン! ミエルって呼んで! 銃の腕はまだまだだから、召喚獣頼りになっちゃってる召喚士でーす!」


「ノエア・アーフェルファルタ。魔法士だ。強いて言うなら得意なのは回復魔法だな。でも基本的には自分の身は自分で守れ。以上」


「レフィシア・リゼルト・シェレイ。公に名前が知られ過ぎてるから、シア、って呼んで欲しいな。そこら辺によく居る剣士だよ」



 一人ひとりが丁寧に自己紹介と戦闘スタイルを述べる中で「おーい、一人だけ嘘ついてる奴がいるぞー」とノエアは明らかにレフィシアの方を向いて大きく舌打ちと棒で読む声色を出した。レフィシア本人は自分から強いと言いにくいからこそ敢えて言葉を選び抜いた結果だと動揺の色を隠さず訂正をしようとする。だが、そこら辺によく居る剣士には到底当てはまる訳ではないのは確かで、ミエルは強くノエアの意見に首を縦に頷く。

 リシェントもそれに同意を示してみると、レフィシアはまるで子供が悔しがるように頬を少し膨らませた。十九という年齢、中央国の王弟殿下という身分と中央四将として戦い生きてきた彼であるが、時折先程のようなあどけなさを見せるようだ。


 四人の座る席の周囲の女性客の殆どが皆ちらちらと興味ありげにレフィシアに視線を向けているのは、店に入ってから割とすぐの事。

 そして今、こそこそと小さく話し込む女性客の会話も聞こえてきたが「イケメン」の他に「可愛い」という単語も発していた。レフィシアと接しているうちに何となく彼の人物像を理解しはじめたリシェントだが、これはいまいちよく分からない。



「リシェント、どーしたの?」


「……ねえミエル。シアってイケメンと可愛いのどっちの部類に入るの?」


「え!? えー……あたしの感覚だけど、イケメン七割、可愛い三割?」



 年相応の幸せそうに顔を緩ませてホットココアを啜ったミエル。しかし、声を大にしてしまったせいで会話の内容が漏れてしまい、男性陣二人は身体を石のように硬直させた。

 余程ツボに入ったのか、ノエアはテーブルに両肘をついて顔を伏せる。笑いすぎて涙さえ滲ませている様から、本人の想像を超える程に笑いが止まらないらしい。



「く……はははっ、面白ェ、おま……オレと同い年だろ……っ、歳下の女に、可愛いって言われてんの……はは、はははっ」


「そ、そんなに笑う事じゃ——」



 日常会話を弾ませていた、その時。



 ——地面全体が、大きく揺れる。


 がたがたと椅子やテーブル、建物も含めて振り子の如く大きく、大きく揺れ動く。鈍く鼓膜が張り裂けそうな重い音は、きんと耳が痺れるほどだ。


 暫くすると落ち着いて静まり返るが、辺り一帯の兵士達は慌てて道を駆け抜けていった。「敵襲か!?」「分からん、お前はあっち側。俺は向こうに行く」と、一般兵達は持ち場に一直線でこちらを見向きもしない。それほど緊迫した状況なのはまず間違いないだろう。ごくりと唾を呑んで緊張のあまり肩が張る中、ただ二人だけは冷静に事を運ばせていた。



「シア! 一箇所頼めるか!」


「役割分担だね。問題ないよ」



 ノエアが指示を促すと、レフィシアは椅子から立ち上がり、腰にさした剣に手を添えた。急いで会計を済ませてから、問題があったと思われる二箇所は互いにかなり離れた位置にあるようだ。




「ミエル、リシェントはオレについてこい! シアは化け物だから一人で大丈夫だろ!」


「さらりとまた化け物呼ばわりするの止めてくれない!?」


「じゃあ何とか出来ねえってのか!」


「出来るけど!」


「出来るんじゃねーか!」


「もお! 言い争ってる暇ないじゃん! 行こ!……ってあ! 荷物どうしよ……」


「貸せ!」


 ミエルが二人の会話を遮って止めたが、ミエルは自らが荷物を大量に持っているのにようやく気づく。このまま置いておけば確実に盗まれるだろうと考えを唸らせていると、ノエアがそれを右手でひったくる。

 もう片方の左の手を何もない所に翳すと、突然と白と水色が渦のように混ざり合った穴のようなものが出現。そこに、ミエルの荷物を勢いよく投げ入れた。あまりにも雑な扱いだが、荷物を入れた直後にその渦の穴はゆるりと消えてゆく。

「ちょっと! 雑に扱わないでよ!」とさぞこの現象を知っているミエルが怒って頬を大きく膨らませるものの、ノエアは至って平常にしんと澄ました顔で指示を続けた——。




 *




「……これは」



 ぐにゃぐにゃと原型を留めずにうねるそれは、人でもなければ魔物でもない。それは断言できる。僅かに体が透けている薄銀の姿は一見すれば綺麗に見えるかもしれないが、極めて不気味だ。

 後方から兵士達——魔法士隊による属性魔法の雨霰がそれを襲うが、爆発の末にそれが吹き飛ぶ事はない。


 ——それは、一気に魔法士隊の背後を取った。


 速い。レフィシアでさえ眼を凝らすほどに、それは生物とは思えないほどに速い。例えるならば至近距離で放たれるクロスボウのように。

 ぐにゃぐにゃと変形し、まるで網のように広がったのを確認してからレフィシアは察した。すぐ様腰にさした剣を抜き、両脚と剣身に魔力を宿す。灰銀のそれ以上のトップスピードを叩き出して、網のように大きく広がったそれと、魔法士隊の間に割り込む。

 そのまま向かって、六発ほどの高速斬撃。

 十六等分程度に切り分けられるようにぼたりぼたりとそれが崩れ落ちた。

 魔法士隊がほっと胸を撫で下ろしたのを確認してから、近くにいた顔見知りの姿を遠目に確認。




「アドルフォン殿、ロレーヌ嬢、ヴァレンティーヌ嬢」


「……貴様は!」


「レフィシア!」


「レフィシア様!」



 順番にアドルフォン・ヤルナッハ。


 ロレーヌ・マルシェ。


 ヴァレンティーヌ・マルシェ。



 順に老将、子爵令嬢とその妹にあたるが今はそれを気にかけている場合などではない。


 状況を確認するに、何とか抑え込んではいるがどうやら魔法、というよりも魔力が効かないらしい。もしそうなら先程の場面にも納得はいく。



「……分かった。俺がやる」


「レフィシア! 援護は」


「いや、必要ない」

 


 ロレーヌが一つに結んだ緋色のポニーテールを揺らし小走りでレフィシアに指示を仰ぐが、レフィシアはこれに首を横に振る。

 下手な連携は戦闘において邪魔になるだけだ。特に——本当にアレに魔力魔法の類が効かないのならば尚更。



「アドルフォン殿。貴公はもう片方へ」


「貴様に命令される筋合いは……」


「ここは俺と、民間人の避難にあたる兵士数十で足りる。私的な意見を述べる時間があるなら急げ」


「く……ッ!」



 アドルフォンがレフィシアに対してまだ蟠りが消えた訳ではない。気に入らない、という嫉妬心の塊の黒い眼を向けられているのも無理はない。レフィシア自身も理解している事だが、やはり今は彼の私的感情に付き合っている状況ではない。これに関しては後程謝罪しておこうと心に留めた。

 改めてそれがレフィシアに襲い掛かろうと勢いよく向かってくる。


 確かに速い——が。


 〝瞬光〟の名を轟かせるレフィシアにその速さはまるで通用しない。さぞ当たり前の如くに避ける。すぐ様それの背後を取って三連続の剣撃を入れたが、何故か有効打にはならず、中々に体勢が崩れなかった。



「(さっきの奴より随分と硬い。でも、切れなくはないな)」



 誰もが眼で追う事が叶わぬ光速の世界では、レフィシアが冷静に分析を開始していた。ここまで自らの攻撃が効かないのはそうあるものではない。

 で、あれば先程のように捌くまでだ。

 原型を留めておらず、急所すら分からないそれに目を細める。鷹のように鋭く対象の狙いを定め、足が床に着地した瞬間——一気に間合いを詰めた。

 知力があるのかないのか、間合いを取らせるかと後方に下がろうとする、しかし、あまりにも実力差がありすぎた。


 剣身に魔力を最大にまで込めると、眩い光が帯びる。そのまま、まずは突きを六連続。次いで斬撃を十一連続。ここまでも瞬光の異名に相応しく、一瞬。


 流石に此処までレフィシアの攻撃を受ければ容易くは生きられないだろうと目の当たりにしていたロレーヌとヴァレンティーヌは眼を大きく凝らしながら悟った。



「……こんなものか」



 それは予想通り、ずしり、と鈍い音を立ててうつ伏せとなり倒れ込んだ。しかし、完全に切れた訳ではない。レフィシアは片膝をついてそれの脈と思われる血管のように盛り上がった部分に警戒しながら触れる。確かに死亡はしているが、何故真っ二つに出来なかったのかはいくら考えても思い浮かばない。



「レフィシア様! お怪我は」


「この通り、無傷だ」



 ヴァレンティーヌが顔を真っ青にして一番とばかり駆け寄ってくる。汗一つ滲ませる事なく将としての振る舞いを続けながらレフィシアは雪の地面に転がるそれを見下す。

 やはり魔法、というよりもその基礎たる魔力そのものが通用しないように思えたが、レフィシアの攻撃は効き目があった。何故なのかと分析するより、もう片方の様子が気になり眉を潜める。



「……ロレーヌ嬢、ヴァレンティーヌ嬢。この場は任せても?」


「ああ。問題ない」


「レフィシア様! お気をつけて!」



 ロレーヌとヴァレンティーヌにこの場を任せて、レフィシアは駆ける。


 魔力魔法の類が効かないというならば、或いは——。


 片方に向かっていった三人の安否を直ぐにでも確認を取りたい焦りがレフィシアの心を充満させた。


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