39.千客万来
休みが終わって、私は相変わらず宿からモーティマー邸へ通い、ジーンからマナーの手解きを受けていた。
あれからずっとジェイクとは休みがずれて、休みを一緒には過ごせていない。
代わりに、休みにはいつもケネス隊長が夕方まで警護してくださっている。
ジェイクはユージン隊長と同じ1番隊で、どうしても休みを合わせられるケネス隊長になるらしい。
最初はどうなることかと思ったし、窒息死するかと思ったけれど、回を重ねる内に、ケネス隊長とも随分と話ができるようになった。
「ルイーズ様、パーティーに着ていかれるドレスが届きました。一度合わせていただけますか」
休憩時間にエマがドレスを手に部屋へ入ってくる。
「それでは私は一度外させていただきます」
入れ替わりにジーンが部屋を出て行った。
エマの手には煌めくような青色の生地に、白色のレースをふんだんあしらったドレスがある。
歩き方やお辞儀の仕方などのマナーを身に着けるために、別のドレスを用意されて、ある程度着慣れてはきたけれど、目の前に持ってこられたドレスを見て私はげんなりした。
こんな豪華なドレス着て過ごすなんて…。
とりあえず、先の不安に目を向けず、目の前にある課題に取り組んできたら、いつの間にかパーティーはもう数日後になっていた。
以前のように話せないままであれば、ケネス隊長にエスコートしてもらうというのも不安だったけれど、警護の交代のおかげで、話ができるようになっていて良かったとは思う。
エマが手際よくドレスを着つけてくれ、全体を眺めて「髪型をどうしましょうか…」などと一人ブツブツと呟きながら、髪飾りや化粧道具などをゴソゴソと引っ掻き回している。
そこへノックの音が響き、返事をするとリアム様が部屋へと入ってこられた。
「ドレスが届いたと聞いてね。不備がなかったか確認しに──」
言いかけた彼の言葉が止まる。
そして感嘆したように息を吐く。
「…美しい。とてもよくお似合いです」
公爵様になるとお世辞もこんなに上手く言えるようになるものなのだろうか。
私が変に感心していると、リアム様の呟く声が聞こえてくる。
「ケネスにエスコートを任せたのは失敗でしたね」
一体何が失敗だったのか。
私は小首をかしげ、リアム様を見つめるが、独り言だったのかそれ以上彼は何も言わなかった。
本当に言葉通り、ドレスに不備がないか確認すると、エマに髪飾りやネックレスについて指示を出し、早々に部屋を出ていかれた。
流石に今回ばかりは、パーティーの場で、ドレスに合わせたアクセサリが必要になり、ジェイクに貰ったものを身に着けていく訳にはいかないようで、凄く残念だしなんだか少し心もとない。
エマが散々髪型や化粧について、あーでもないこーでもないとやった後ようやく退散して、交代でジーンが来て続きの手解きを受けて、夕方にようやく解放された。
最近あまりジェイクとゆっくり一緒にいられる時間がなくて、朝夕の送迎が待ち遠しくてしかたない。
いつも部屋まで彼が迎えに来てくれるのを待っているのだけれど、私はそわそわとして、彼はまだ来ないのだろうかと、そうっと扉を開けた。
扉を開けて視線を上げた瞬間、扉にかけていた手を強引に捕まれ部屋へ引き込まれ、開けたはずの扉は静かな音を立てて閉じられた。
「ちょうど良かったわ。貴方とお話しがしたくて、部屋へ伺うところだったの」
目の前には普段着のはずなのに、豪奢なドレスのような服を纏ったグレイス様が立っていた。
突然のことに驚いて目を瞬き、言葉を出せずにいると、彼女はそんな私の様子にはお構いなしに話始める。
「貴方、今度のパーティーでケネス様にエスコートされて出席なさるそうね。その日のエスコート役、私の婚約者のデューイと交換してくださらない?」
疑問形で言われているのに、疑問形に感じない言葉をかけられたのは初めてだ。
しかも
私は思わず言葉も返せぬまま、眉をひそめてしまった。
「なあに、その態度。やっぱり貴方もケネス様をお慕いしているの?」
唐突なその問いかけに頭の中で問いを反芻している間に、勢いよく扉がノックされ、直後に「失礼します!」という声と共にユージン隊長が部屋へと入ってきた。
「グレイス様、ルイーズ嬢はお仕事でこちらへお見えになっています。勝手な行動はお控えください」
彼の慌てたような言葉にも、グレイス様は動じた様子もなく、ゆっくりと彼の方へ視線を向ける。
「あら、ユージン様。良いところへいらっしゃったわ。今度のパーティー、エスコート役をデューイとケネス様を交代するようにデューイに伝えてくださらない?」
「出来かねます」
優雅にお嬢様然と言う彼女に、ユージン隊長は即答で叩き切る。
いつも割とにこやかに対応する彼の瞳に、この一瞬だけは激しい怒りが見て取れた。
「デューイは貴方の婚約者です。デューイがお気に召さないのであれば、どうぞベックフォード家へ婚約破棄する旨通達なさってください。それと、ケネスは今回仕事としてエスコートを引き受けています。私が引き受けられる立場でないため、マイクロフト家に無理を言ってお願いしておりますので、貴方のエスコートはできません」
ユージン隊長の激しい口調に、思わず一歩下がりながら、2人のやり取りを眺める。
彼の言葉から察するに、デューイというのは彼のご兄弟?
それなら確かにこの物言いは彼が怒っても仕方ないと思う。
「なによ!私はずっと、幼い頃からずっとケネス様と婚約したいと言っていたのに!ユージン様だってご存じでしょう!?」
「存じています。けれど、家を出た彼では公爵家ご令嬢の貴方の相手には相応しくありません」
なんだか突然、本人不在の修羅場に放り込まれた感が否めない。
私はどうしたらいいんだろうと思いながら、また一歩後ろへ下がる。
これって、リアム様を呼んでくるべき?それともケネス隊長?
どうしよう…と視線を彷徨わせていると、突然ビシッとグレイス様に指さされた。
「だからって、つい最近出逢ったばかりの方に奪われてしまうなんて嫌ですわ!」
指さされた私に、ユージン隊長も視線を寄越す。
その瞬間、コンコンと落ち着いた音で扉がノックされた。
「は、はい」
私が躊躇いがちに返事を返すと、ゆっくりと扉が開かれ、ジェイクが顔を出した。
部屋へ顔を覗かせた彼は、入ってすぐの位置に、グレイス様とユージン隊長の姿を見つけ、困惑の表情を浮かべる。
「あの。ルイーズを迎えに来たんですが、また何かありましたか?」
彼の言葉に、ユージン隊長は小さく息を吐いて返事を返した。
「いや。何でもない。送ってさしあげてくれ」
ユージン隊長が言うと、ジェイクは躊躇いがちに返事を返し、固まってしまっている私の手を引き扉へと促す。
「ちょっと!」と、私の背中にグレイス様の声が投げかけられるけれど、ユージン隊長がジェイクに手で合図して、彼はそのまま私を部屋から連れ出してくれた。
このまま2人を放っておいていいんだろうかとか、誰か呼んできた方がいいのでは…とか。
グレイス様の想いとか、色々考えると、思わず扉を振り返って立ち止まってしまうけれど「ルイーズ?やっぱり何かあったか?」とジェイクに問いかけられて、ハタと我に返った。
結局のところ、当人不在で、しかも私の関われるような問題でもない。
気にはなるけれど、たぶんいてもユージン隊長の邪魔になるだけだろう。
私はジェイクへと向き直り、ふるふると小さく頭を振った。
「いいえ、何も。大丈夫よ。帰りましょう」
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