29.仄暗い気配 ※本編ケネス視点

  本編をケネス隊長視点で書いたお話です

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「私は今日は王宮へ向かうつもりにしている。ケネスは私についてきてくれ。ユージンは屋敷を頼む」

朝一番にリアム様の部屋へ挨拶に行くと、開口一番にそう声をかけられた。


「それと、今日から暫くジーンはルイーズ嬢の傍付きをしてもらう。代わりにイアンを私の傍に置く」

そう言って、傍に控えるイアンに視線を向ける。

その言葉に、私はリアム様の意図を察した。


昨日の今日にこの采配。

ということは、イアンがルイーズ嬢と接触してしまうことを避けるため。

そして、王太子殿下とイアンを近づけて、今後の行動の変化を見るため。

後は…純粋にルイーズ嬢を労わるための采配か。


私もユージンも即座に「承知しました」と返事を返す。


ユージンにも、昨日のルイーズ嬢の様子については伝えてある。

イアンと遭遇してしまったことも。

恐らくユージンもリアム様の意図は察しているだろう。


私たちの返事を聞くと、リアム様は再度イアンに視線を向け彼の名前を呼ぶ。

すると彼は「馬車の用意をしてまいります」と一礼して部屋を出ていった。

扉が閉まるのを確認すると、リアム様は小さくため息を吐きながら、更に言葉を続けた。


「彼女の体調を鑑みて、一日の面談人数を半分に減らすことにした。終了予定が遅れることになる。お前たちにも迷惑をかけるが、よろしく頼む」


リアム様の言葉に、昨日のルイーズ嬢の様子が思い出される。


予定人数の面談が終わり、庭園へ向かった彼女が椅子に手をついたと思った瞬間に崩れ落ち、動かなくなる姿を私は屋敷の側から見ていた。

なるべく他の者に気取られぬよう、離れた場所から見守っているため、何となく足取りが重そうなくらいしか見て取れなかった。


彼女が私の腕の中に倒れこんできた時の顔色の悪さと、虚ろな目を思い出すと、今更ながらこんなことを提案した自分の言葉が悔やまれる。


退路を断ったのは私だが、初めて逢った時私の視線から逃れるようにジェイクの背中に隠れた彼女が、ここまで必死に役をこなそうとするとは思わなかった。


「では、行こう」


思考を遮るようにリアム様の声がかけられ、私は短く返事を返しリアム様に続いた。

部屋を出る寸前、ユージンと視線を合わせる。


私の視線を受けたユージンは「分かっている」と短く言葉を紡ぎ、頷いた。

彼なら、私より余程彼女に気を配ってくれるだろう。

私も小さく頷き、リアム様に続き部屋を出た。


「ケネス。私は暫く彼女に会う暇がない。何かあれば報告を頼む」

部屋を出て馬車へと向かうリアム様の後ろに従う私に声がかかる。

昨日彼女が倒れてから、リアム様は少し塞いでおられる様子が見て取れる。

原因にはなんとなく思い当たるが、ご本人がそこに目を伏せておられる以上、私が差し出ることではないだろう。

会わない方が良いと判断されたなら、私はそれに従うまでだ。

「はい。承知しました」


それよりも──。






王宮へは先に遣いを出されていたので、到着するとすぐに客室へと通された。

部屋へはリアム様と私だけで入り、イアンは部屋の外で控える。

暫くすると、近衛兵に付き従われて王太子殿下がお見えになった。

殿下が部屋へ入られると、近衛兵は外で控えるため、そっと扉を閉めた。


「やあリアム。今日は珍しい面子だな」

部屋へ入ってくるなり、軽く手を挙げながらリアム様に気軽な様子で話しかけられる。

「ああ。例の件で事情があってな。すまないなクリス。突然押しかけて」

王太子殿下を相手に、一応立って挨拶は返されるものの、他に人のいないこの場では、とても王太子と公爵家子息という立場の話し方ではない。


クリストファー・アーサー・ラザフォード王太子殿下。

銀色の長髪、碧い瞳をした青年はリアム様の幼馴染だ。

リアム様の一つ年上で、幼い頃から良き友、良き競争相手として、共に勉学や剣術などの鍛錬をされてきたと聞いている。

妹君しかおられないお二人にとっては、友でもあるが、兄弟にも近い存在なのかもしれない。


「で、外に控えている彼が、優秀な侍従か?」

ソファに腰掛けながら、殿下がリアム様に問いかけられる。

「ああ。だから今日はケネスも連れてきた」

リアム様もソファに腰掛けながら、それに答えられる。

私はリアム様の背後に控え、再度深々と一礼した。


「ああ。適任だな」

私たちが王太子殿下にお会いする機会は少ないけれど、それでも騎士の叙任式や、王宮でのパーティーなどの警護、王族の視察の警護などで、幾度かお会いし、話をさせていただく機会もあった。

その数少ない機会でも、きちんと私たちのことを覚えていてくださっている。


「それで?他にも私に伝えたいことがあってきたのだろう?」


殿下は私へちらりと視線を向けた後に、本題はなんだと言わんばかりにリアム様に問いかけられた。


「ああ。例の彼女に少し無理をさせすぎたようでな。体調を崩してしまった。予定より少し長引きそうなんだ。だから、こちらで少し動こうと思ってな。モーティマー家のをクリスに紹介しておこうと思って連れてきた」


外には近衛兵も控えている。

迂闊に盗み聞きなどできないだろうが、聞かれても問題のないように核心には触れず、話を進めていかれる。


「分かった、会おう。ケネス、通してくれ」

殿下に求められ、私はイアンを部屋へと招き入れた。


「王太子殿下。こちらが常々お伝えしておりました侍従のイアンです。他の者はただ今選定中ですが、彼は特に優秀で必ず王太子殿下のお役に立つものと存じます。どうぞお見知りおきいただきますよう」


イアンが私の隣に立つと、リアム様は畏まった言葉でイアンを紹介し、彼に「殿下にご挨拶を」と促す。

イアンは今まで見たこともない、珍しく驚いたような表情を僅かに浮かべ、殿下へ恭しく礼をして挨拶を述べた。


「モーティマー家で侍従を勤めさせていただいております。イアン・ハンコックと申します。恐れ多くも、王太子殿下にご挨拶させていただける僥倖ぎょうこうに預かり恐悦至極に存じます」


その挨拶を受け、殿下は頭を上げるようイアンに促すと彼に言葉をかけられた。


「モーティマー爵子から話は聞いている。体制が整い次第私の元で働いてもらうことになるだろう。よろしく頼む」

「精一杯勤めさせていただきます。よろしくお願いいたします」


殿下のお言葉にイアンは再度恭しく礼をし言葉を返す。

視界の端におさめたイアンの姿は畏まった表情を浮かべていた。

しかし、頭を下げた瞬間に口の端が吊り上がった様子を私は見逃しはしなかった。


その一瞬だけ、イアンから仄暗い気配が漂った。

顔を上げた時には表情も気配も元通りに戻っている。


ルイーズ嬢はこの気配を、あの無表情から読み取ったということか。


昨日、部屋の前でイアンに遭った時の彼女の姿が思い出される。

私たちのような者でも警戒するこの気配を、何の力も持たぬ女性が感じ取れば、どれ程の恐怖を感じたことだろう。


せめて、イアンが今ここにいる瞬間だけでも、彼女が少しでも安心して過ごしていてくれればいいが──。

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