27.目を向けてはいけないもの ※リアム視点

     リアム視点のお話です

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昼食を共にした時のルイーズ嬢の顔色の悪さが気になり、そろそろ終わる頃だろうかと彼女の部屋へと足を向ける。

けれど、着いて見ればそこに彼女の姿はなく、すれ違った使用人に訊いてみれば、庭園の方へ向かったのを見かけたと言うので、私も庭園へと足を向けた。


屋敷から庭園へ出て、少し歩けばすぐに人影が見える。

椅子に腰かけるルイーズ嬢と、その前に跪いているのはケネス…か?


「ケネス?…ルイーズ嬢?」


近づくにつれはっきりと見て取れる状況は、どう見ても普通の状況に見えない。

ぐったりとした様子のルイーズ嬢と、様子を窺うように跪いているケネスに、私は「何があった!?」と声をあげ慌てて2人に駆け寄った。


私の剣幕に圧されたのか「すみません…。少し気分が悪くなって…」と絞り出すようにルイーズ嬢が答える。

覗き込めば酷い顔色をしている。

私は思わずケネスに「医師を!」と声を荒げたが、彼女はそれを止めるように頭を振った。


「大丈夫です。もうしばらくこうしていれば…」

「しかし…」


彼女の言葉に私は食い下がるが、彼女は再度頭を振る。


「分かりました。ケネス、ジーンに水を持ってくるように伝えてくれ。それとジェイク殿に連絡を」

仕方なく私はケネスに指示を出し、立ち上がった彼に代ってルイーズ嬢の前に跪いた。


酷く辛そうにしながらも椅子の上で体制を整え、彼女は私に向かって小さく頭を下げる。

「申し訳ありません。屋敷内ではそれなりの態度をと仰られていたのに…」

そんな彼女の言葉に、私は驚きと同時に胸が痛んだ。


私がどうしても彼女を傍に置きたいと望んだせいで、彼女に酷く負担をかけてしまっているのに、何故彼女が謝るのか。

午前の様子を見ただけでも、彼女にとってこの仕事がどれほど酷なことだったのかと思っていたのに、申し訳ない気持ちになって私は慌てて彼女の謝罪を止める。

「なにを仰るのですか。元はと言えば私が無理なお願いをしたせいでこのように体調を崩されたのでしょう。ルイーズ嬢に謝っていただくようなことは何もありません」


儚げな彼女が今にも崩れ落ちそうで、手を取り、抱き寄せたい衝動に駆られて、彼女の手にそっと手を伸ばす。

その瞬間に、ビクリと震えるように彼女に手を引かれてしまった。


「ぁ…。申し訳ありません」


自身の行動に少し驚いたように、申し訳なさそうに彼女が小さく呟く。

まるで下心でも見抜かれたような気分になり、私は苦笑を浮かべ伸ばした手を引いた。

「いえ。私こそ申し訳ありません。弱っている女性にむやみに触れるものではありませんね」


タイミングよくジーンが水を運んで来て、その後すぐにケネスも戻ってきた。

ケネスの報告を聞いて、ジーンが気をまわして馬車の手配に行くとルイーズ嬢はまた申し訳なさそうに目を伏せる。

「ここまで負担をかけると思わず、申し訳ありませんでした」

「いえ、こちらこそ沢山の方にご迷惑をおかけしてしまって…」

気負わせてしまっていることが申し訳なくて声をかけるが、更に彼女に謝罪をされてしまい、余計に申し訳なくなる。

「リアム様。ジェイクが到着するまで私がルイーズ嬢についていますので、リアム様は屋敷へお戻りください」

この悪循環に呆れたのだろうケネスに促され、私は「そうだな」と言って、仕方なくその場から立ち上がった。


「ルイーズ嬢、無理をさせて申し訳ありませんでした。せめてこの後はゆっくり休んでください」


彼女を見下ろし言葉をかけ「それでは私はこれで失礼します」と彼女に背を向けた瞬間「ルイーズ!」と彼女を呼ぶ声が屋敷の方からとんできた。


勢いよく駆けてきたジェイクがすれ違いざま申し訳程度に一礼し、すぐまた彼女の元へと駆ける。

「ルイーズ大丈夫か!?」


私の横を通り過ぎていった彼を目で追い振り向くと、彼はルーズ嬢の前に跪き、彼女の手を取り顔を覗き込んでいた。

そしてルイーズ嬢はそんな彼の手を握り返し、一気に力が抜けたような安心しきった表情を見せる。

私は勢いよく踵を返し屋敷への道を急いだ。


急ぎ屋敷へ戻る私を追うように、モヤモヤとした気持ちがせり上がってくる。


気付いてはならない。

目を向けてはならない感情だと知っている。



屋敷の手前まで来た時、ふと木陰に人の気配を感じ立ち止まると、ルイーズ嬢たちのいる方向をじっと見つめていたグレイスと目が合った。

彼女が今抱いている感情が手に取るように分かる。

グレイスと同じ表情を私もしているのだろう。


ふいっと視線を逸らし、私はグレイスに言葉をかけることなく屋敷へと戻った。






執務室に戻り、机に置かれた面談予定者の書類を捲る。

なるべく早く済ませてしまおうと詰め込んでいた、日程調整の書類に訂正書きを入れていく。


訂正書きを入れた書類を横に置くと、使用人に声をかけ、イアンに今まで溜め込んでいた釣書を持ってこさせる。


「リアム様。お持ちしました」


いつも通り静かに仕事をキッチリこなすイアンから釣書を受け取ると、それを捲りながら口を開く。

「イアン、明日から暫くの間、ジーンの代わりに常に私の傍で控えていてくれ」


そう言うと、イアンは訝しむこともなく「かしこまりました」と頭を下げた。

それを横目に、見るともなしに釣書を捲りながら、手だけでイアンに退室を指示すると、彼は静かに部屋を出ていった。



これで少しはルイーズ嬢の負担を減らせる。

明日もまた同じように詰め込んで、倒れられては困る。

彼女の身の回りに気を配らせる為にジーンを配置しておけば、彼女も少しは安心できるだろう。


手元で釣書を意味もなく捲り続ける。


明日は王宮へ行って、終了が少し遅れることを伝えてこよう。

ついでにイアンを紹介して、今後の彼の動きが変わらないかも見てみよう。

だとすれば、一緒に連れて行くのはケネスがいいか。


私は机に両肘をつき手を組み口元にあて、目を閉じた。


ふた月後には王宮でパーティーが開かれる。

それまでに計画を進めないといけない。

用意しないといけないことも沢山ある。


目を開くと釣書を横に放り、別の書類を引っ張り出す。

当分の間考えないことだ、と自分に言い聞かせ、私は仕事へと取り掛かった。

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