26.限界
どれくらいケネス隊長に抱えられていたのか、ようやく少し落ち着いて、私は彼の胸から頭を離す。
「…申し訳ありません。…もう大丈夫です」
何とか声を絞り出し、下ろしてくれという意思を込めて言うと、彼はそのまま私を抱え上げ、ゆっくりと椅子へ座らせてくれる。
「どこか体調が?」
椅子にだらりと腰掛ける私の前に跪き、私の顔を覗きこむようにしながら、彼が問いかけてくる。
小さく頭を振り、言葉を紡ごうと「いいえ…」と口にした時、屋敷の方向から声をかけられた。
「ケネス?…ルイーズ嬢?」
ケネス隊長と私の状態を視界に入れ「何があった!?」と、ケネス隊長に対し慌てた声をあげ、リアム様が駆け寄ってくる。
「すみません…。少し気分が悪くなって…」
心配をかけてはいけないと、何とか声を出すけれど、多くを語れる気力がなく、一言で伝わる言葉を選び言う。
それを聞きケネス隊長に「医師を!」と言うリアム様に私は首を振って断る。
「大丈夫です。もうしばらくこうしていれば…」
「しかし…」
食い下がろうとするリアム様に、再度私は頭を振る。
「分かりました。ケネス、ジーンに水を持ってくるように伝えてくれ。それとジェイク殿に連絡を」
「承知しました」
私が頑なに断ると、リアム様はケネス隊長に指示を出し、立ち上がった彼に代って私の前に跪く。
なんとか椅子の上で体制を整え、私は小さく頭を下げる。
「申し訳ありません。屋敷内ではそれなりの態度をと仰られていたのに…」
「なにを仰るのですか。元はと言えば私が無理なお願いをしたせいでこのように体調を崩されたのでしょう。ルイーズ嬢に謝っていただくようなことは何もありません」
私が謝ると、リアム様は慌てて否定し私へと手を伸ばす。
脚の上に投げ出された手を取ろうと伸ばされた手に、思わずビクリと手を引いてしまう。
「ぁ…。申し訳ありません」
倒れた時には身体も動かず、余裕もなさ過ぎてケネス隊長に身を預けていたけれど、回復していない今、あまり人に触れられたくはない。
例えそれが謝罪のためであっても。
「いえ。私こそ申し訳ありません。弱っている女性にむやみに触れるものではありませんね」
苦笑いを浮かべながら、伸ばした手を引くリアム様に申し訳ない気持ちになってしまう。
「リアム様。ルイーズ様。水をお持ちしました」
気まずくなりかけた空気を換えるのにタイミングよくジーンが水を持ってきてくれる。
水差しからコップに水を注ぎ、私に手渡してくれるジーンにお礼を言い、私は水を口に含んだ。
ゆっくりと何口か水を飲んでコップをテーブルに置く。
時間の経過と、水を飲んだことで少し身体が楽になったところへ、今度は戻ってきたケネス隊長から声がかかる。
「リアム様、ジェイクには連絡をやりましたので、間もなくこちらへ来ると思います。あと侍女のエマ殿にも声をかけておきました」
ケネス隊長の言葉に、リアム様が礼を述べられると、それを聞いていたジーンが「ではわたくしは馬車の手配をしてまいります」と屋敷へと引き返していった。
なんだか初日から色んな人に迷惑をかけ通しで、申し訳なくなる。
申し訳なさで目を伏せる私にリアム様の優しい声がかかる。
「ここまで負担をかけると思わず、申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ沢山の方にご迷惑をおかけしてしまって…」
「リアム様。ジェイクが到着するまで私がルイーズ嬢についていますので、リアム様は屋敷へお戻りください」
謝る私の言葉が終わると、このままでは謝罪合戦になると察したのか、ケネス隊長がリアム様に声をかける。
未だに私の前に跪いたままだったリアム様が、ケネス隊長の声に顔を上げ、もう一度私へ視線を向けると「そうだな」と言って、立ち上がった。
「ルイーズ嬢、無理をさせて申し訳ありませんでした。せめてこの後はゆっくり休んでください」
それでは私はこれで失礼します。とリアム様が私に背を向けた瞬間「ルイーズ!」と私を呼ぶ声が屋敷の方からとんできた。
勢いよく駆けてきたジェイクがすれ違いざまリアム様に一礼し、すぐまた私の元へと駆ける。
「ルイーズ大丈夫か!?」
勢いよく駆けてきて、私の前に跪き私の両手を取り顔を覗き込んでくる。
ジェイクの顔を見た瞬間、一気に安心感が広がり私はふにゃりと顔の力が抜け、握られた手をきゅっと握り返すと「ジェイク」と声が漏れた。
ずっと緊張していた糸が切れ、前のめりに倒れそうになる。
そんな私の肩を掴み倒れないように支えるジェイクに、ケネス隊長が声をかける。
「ジェイク。ジーンが馬車を用意してくれている。エマも待っているはずだ」
ジェイクはその声にビクッと肩を揺らして顔を上げると、ケネス隊長の姿を確認して慌てて声をあげる。
「ケネス隊長!申し訳ありません。ありがとうございます」
ケネス隊長が、ジェイクの言葉に苦笑いを浮かべながら軽く片手を上げるのを確認すると、ジェイクは再度私へ向き直り私の肩を押して、一度椅子に座り直させる。
そして私を軽々と抱き上げると、ケネス隊長に向かって「失礼します」と言って頭を下げ、彼に背を向け歩き出した。
恥ずかしくはあるけれど、自力で歩ける気のしない私は、大人しくジェイクの胸に頭を預け目を閉じた。
宿に着いて、また私を抱き上げようとしたジェイクに断り、彼とエマに支えてもらい、何とか自力で歩いて部屋まで戻った。
楽な服装に着替え、ソファに腰かけたところでノックの音が響く。
「どうぞ」とソファに腰かけたまま声をかければ、開かれた扉からジェイクが遠慮がちに顔を覗かせた。
「…その…。女性の部屋に押し掛けるのは失礼だとは思うんだが、心配で…。少しいいかな?」
彼にしては珍しく、ごにょごにょと歯切れ悪く問いかけてくる。
私は苦笑しながら「遠慮しないで。どうぞ入って」と返事を返す。
ちょうどエマがお茶を淹れてくれていたので、2人分お茶を用意して彼女は部屋を出ていった。
「ジェイク、心配かけてごめんなさい」
向かいに腰掛けるジェイクに頭を下げる。
「いや、それは構わない。それより体調はどうだ?」
「もう大丈夫。ちょっと気を張りすぎたみたい」
私の顔を覗き込みながら問いかける彼に答える。
ジェイクがいてくれる。
ジェイクしかいない。
そう思うと、心の底からほっとして顔が緩む。
その表情を見て彼もほっとしたのか、ふっと息を吐き「なら良かった」と零す。
エマが淹れてくれたハーブティーを一口飲んで考える。
人の顔色を窺う恐怖心で気を張り詰め過ぎて倒れてしまったけれど、やはりこの仕事からは解放してもらえないんだろうか。
明日も今日と同じようにしていたら、きっとまた同じように動けなくなりそうな気がする。
…責任放棄して逃げちゃだめかな。
ああ。でもそんなことをしたらジェイクに迷惑がかかってしまうかもしれない。
ぐるぐると考えを巡らし、疲れて視線を落とす。
「ルイーズ?」
黙り込んでしまった私を心配したようにジェイクに名を呼ばれ、私は慌てて顔を上げた。
「ごめんなさい。大丈夫よ」
私を心配そうに見つめる彼を見返すと、なんだか無性に彼に甘えたい気分になってしまう。
けれど、そんな訳にもいかないと私は小さく頭を振って思考を追いやる。
「…夕食まで少し休むことにするわ。ジェイク、ありがとう。また後でね」
私がそう言うと、ジェイクは「ああ。分かった」と言って席を立つ。
ソファに腰かけたままの私の横まで来ると、跪き片方の手で私の手を握り、もう片方の手を頬に添える。
「ゆっくり休んでくれ」
それだけ言って、彼はすぐに部屋を出ていった。
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