22.予想外な流れ

「つまり。現状として、ルイーズ嬢の忠告を入れたとしてもイアンを罰するようなことはできません」


滔々とうとうと話し続けるユージン隊長の言葉を全員が黙って聴き入っている。

報告される内容を聞けば、確かに私如きの忠告を入れたところで、今のイアンを罰する理由にはならない。

侍従であるイアンを理由もなく解雇もできないだろう。


結局、私では何の役にも立たなかったという事実に、僅か情けない気持ちになる。


「そこで、罠を仕掛けるしかないだろうという結論に至りました。その為に、ルイーズ嬢、そしてジェイクに協力をお願いします」



──は?



ユージン隊長の思わぬ言葉に、意味を理解しかねて彼を見つめてしまう。


「…あの…?今何と?」

「罠を仕掛けますので、ルイーズ嬢とジェイクに協力をお願いしますと」


いつもの人好きのする笑顔で淀みなく返してくれるユージン隊長の言葉に絶句する。


なぜ。

なぜ『貴方の言葉だけでは信用できないから、この話は終わりです』とならないのか。

おかしいでしょう。


そう思うけれど、流石にこの場で言葉には出せない。


「それで。具体的な内容を聞かせて欲しいのだが」

カルヴィン騎士団長がユージン隊長に話の先を促す。

ここで私に話の腰を折られると困るのだろう。


促されたユージン隊長だったけれど、そこで彼はケネス隊長に視線を向ける。


「内容については私が」


ユージン隊長の視線を受け、ケネス隊長がすかさず応える。






内容を聞かされた私は、もう何も反応できなかった。

驚きや戸惑いや、恐怖や不安、色んな感情が綯い交ぜないまぜになって、混乱をきたしてしまっていた。


ジェイクの心配そうな視線を感じる。

けれど私は顔を上げることすらできなかった。


「それでは、安全性も考えて、この近くに2人が泊まれるよう部屋を手配しておきましょう。騎士宿舎に近い方が何かと安心でしょうし」


リアム様が話を聞いて、そこに新たな提案を乗せる。

「そうですね。行き帰りに襲われる心配や家を特定される心配もありますし」

ユージン隊長が考えられる可能性を挙げ、同意の意思を示す。


「あの…」

それまでずっと黙って話を聞いていたジェイクが遠慮がちに口を開く。

その瞬間、部屋にいた全員の視線が彼へと向けられた。


「どうしても彼女にその役をさせないといけないのでしょうか。彼女は極普通の非力な女性です。こんな危険な役は…」


私を庇うように言い募る彼に、リアム様だけは少し申し訳なさそうな表情を見せてくれる。

しかし、他の3人は意見を覆す意思は微塵も見せてくれなかった。


「彼女に危険が及ぶ可能性に関しては十分承知した上でお願いしているし、その為に騎士団長にも相談して、ジェイクを含め、騎士団を巻き込んでの警護にあたるつもりでいる」

「それに、この件は既に王太子殿下にもお伝えしてあります。殿下のお名前も借りる以上、申し訳ありませんが拒否権はないものと思ってください」

ユージン隊長はジェイクに、それに続いてケネス隊長が私に向け言う。


「ルイーズ嬢。危険な役をお願いして申し訳ないが、貴方の身は必ず我々騎士団が守ります。どうかご協力をお願いします」

ダメ押しのようにカルヴィン騎士団長が言えば、ジェイクも流石にそれ以上言葉が出ないようだった。



どうしてこんな大事になってしまったのか…。


顔から血の気が引いていくのを感じながら、周りでどんどん進められていく話をただ茫然と聞く。


「では、屋敷の警護は騎士団で手配しておきます」

カルヴィン騎士団長が言い、それにケネス隊長が続く。

「宿の周りにも数名の警護をお願いします」

「それから、ジェイク。念のために、ルイーズ嬢のところにいるお嬢さんも一時退避してもらっておいてくれ」

ユージン隊長がジェイクに指示を出す。


素晴らしい連携。仕事ができる騎士団というのが窺い知れる。

けれど、できればそんなことは微塵も知らない一庶民のまま、何の係わりもなく生きていきたい。

私は、痛烈にそう感じながら、ひたすら話が終わるのを待つしかなかった。






話が終わって一旦家までジェイクに送ってもらった私は、必要な物を鞄に詰めながらため息を吐く。


昨日の夕刻、突然訪問してきたジェイクから、今日の会談の話を聞かされた。

私はてっきり、何かしら事が進んだ報告か、私を信用できないから何もしないという報告かのどちらかかと思っていた。

しかし、迎えに来てくれたジェイクと行ってみれば話だ。


理解できない。


転写者のこの国での立場やケネス隊長からの眼差しを思えば、転写者の私の意見など、裏が取れない以上捨て置けばいい話なのに。

まあ、命の危険があるから気をつけろと言ったのは私だけど。


やっと自分自身の気持ちと、周りの人たちと、と向き合おうと決めたところだったのに、いきなりこんな状況に放り込まれても困る。


でも、困ると言ったところで、ケネス隊長に言われた通り、王太子殿下にまで話がいってしまっていては、断ることもできない。


私はもう一度ため息を吐くと、荷物を詰め込んだ鞄を持って、ジェイクが待つダイニングルームへと向かった。




部屋に入ると、セレスも準備ができたようで、既に荷物を持って待っていた。

「ごめんなさいねセレス。私は家にいてもらっても全然構わないのだけれど、貴方が危ない目に合うと困るから」

「気にするな。居場所は確保できているのだから心配ない。クロフォード家は居心地がいいしな」

私の言葉に、セレスはにっと笑って応えてくれる。

今回の件が終わるまで、万が一にも家を特定されてセレスが危険な目に合わないようにと、ユージン隊長の指示通り、彼女にはクロフォード家に避難してもらうことになっている。


「じゃあ、行くか」

ジェイクに促され、私たちは家を出た。

家の前でセレスとは別れ、彼女はクロフォード家へ、私とジェイクはリアム様の手配してくださった宿へと向かう。


「宿に着いたら、俺は一度荷物を取りに宿舎に向かう。その間はケネス隊長が傍にいてくれることになってるから」

宿へ向かい足を進めながら、ジェイクがこの後の段取りを話してくれる。

「わかったわ」

返事はするものの、やはりこの先のことへ考えが巡り、不安が沸き上がってくる。

それを察したのか、ジェイクがそっと私の手を握ってくれる。


ジェイクも考えが纏まらないのか、それ以上喋ることはなく、2人黙って宿までの道のりを歩いた。


騎士宿舎に近い場所は、貴族屋敷が立つ地区にも近いだけあり、治安が良く上客の泊りが見込める。

その為、割と大きめで綺麗な宿が多く、その中でも一番高級なのだろう宿が手配されていた。


部屋はジェイクと私、並びで2部屋。そして到着すると何故か、ケネス隊長と一緒にモーティマー家の侍女が1人待っていた。

ケネス隊長曰く、リアム様が「それらしい恰好をしていただく為に」と暫くの間私付きにするよう遣わされたらしい。

彼女も事が終わるまで同じ宿に控えてくれるらしい。


侍女のエマがジェイクから荷物を受け取り、先に部屋へと運んでくれる。

その後を続いて歩きながらケネス隊長が小声で私へ問いかけてきた。

「彼女は大丈夫ですか?」

その問いに数度目を瞬く。


そしてケネス隊長の言った意味に思い当たり、前を歩くエマの背中に視線を向ける。

「ええ。大丈夫です」


部屋に着き、私が部屋に入ると、ケネス隊長は扉の前で立ち止まり「私はここで」と扉を閉めようとする。

恐らくジェイクが来るまで部屋の外に控えているつもりなのだろう。


「あのっ…」

扉を閉めようとしているケネス隊長に思わず声をかける。

その声に、ケネス隊長は扉を閉めかけていた手を止める。

「なにか?」

返事は返してくれるけれど、相変わらずな冷ややかさだ。


はっきり言って、未だにケネス隊長と係わるのは少し怖いし、自分を嫌っているだろう人間に話しかけるのは本当に怖い。

けれど、それでも。

私は胸の前で手をきゅっと握り、勇気を振り絞って口を開いた。


「その…ケネス隊長は転写者とあまり係わりたくないんですよね?なのに、私のせいで申し訳ありません。なるべく…ケネス隊長にご迷惑をかけないようにしますから…」

言って頭を下げると、ケネス隊長は一瞬目をみはって私を見ると、すぐにばつが悪そうに視線を逸らした。


「いえ。私こそ失礼致しました。転写者全てが悪いとも思っていませんし、全ての人を嫌っている訳ではありません。ただ、私の大切な人たちが色々と被害に遭っているもので…」

そう言って、ケネス隊長は小さく頭を下げてくれる。

けれど、ケネス隊長の言葉に、私は尚のこと申し訳なくなってしまう。


「…本当に申し訳ありません」


私が何かをした訳ではないけれど、思わず再度頭が下がる。

それをケネス隊長が慌てて制止する。

「いえ、貴方は何も」

そう言って、私に頭を上げるよう促し、これ以上ここにいては、この不毛なやり取りが続くだろうことを悟ったのか「では、私は部屋の前で控えていますので」と言って、早々に扉を閉めてしまった。

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