19.それぞれの想い
「ただいまセレス」
とりあえずジェイクをダイニングルームへ通そうと、扉を開けるとセレスが1人テーブルにお菓子を広げて紅茶を淹れようとしているところだった。
「ああ、お帰り!ちょうどお茶にしようとしていたところだ。お前たちもどうだ?」
セレスのいつもと変わらない対応に心底ほっとする。
「ありがとう。じゃあ、カップを用意するわね」
ジェイクは座ってて。と言って、私は荷物を置き、カップを2人分持ってくる。
この家に来てから、自分でお茶を淹れるようになって、セレスも随分と手際よくお茶を淹れてくれるようになった。
彼女が紅茶を注いでくれるのを見ながら、私はカバンから包みを取り出す。
「それで。今日はどこへ行ってきたんだ?」
紅茶を注いだカップを私とジェイクの前にそれぞれ置きながらセレスが訊いてくる。
その言葉にジェイクが私に視線を向ける。
私から言えということなのだろう。
「…えっとね。その前にこれ」
受け取ってとセレスの前に包みを差し出す。
「何だ?」と問うセレスに事情を説明する。
「いつも気にかけて良くしてもらっているお礼。セレスがいてくれて本当に心強くて、安心して過ごすことができてるから。だから今日はセレスへのプレゼントを買いに行ってきたの」
私の言葉にセレスは目を丸くして、包みと私を交互に見やる。
「気にするようなことではないのに。だが、ありがとう。開けてもいいか?」
セレスの問いに「もちろん」と答えると、彼女はスルスルと包みを開いていく。
そして中身を見ると凄く意外そうな表情を浮かべる。
「翡翠の髪飾りよ。翡翠は災いや不運から持ち主の身の安全を守ってくれると言われる石でね。セレスはまたいつか旅に出るんでしょ?お伴に連れて行って?きっと貴方の金髪に凄く似合うわ」
私がそう言うと、セレスは髪飾りから視線を上げ私を見つめる。
「…ルイーズ。ありがとう!まさかこんな私に髪飾りを贈ってくれるとは思わなかった。大切にする」
嬉しそうに微笑み、髪飾りを大事そうに手に取り眺める彼女を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
そんな彼女に今度はジェイクが包みを差し出す。
「これは俺からだ。ルイーズを護ってくれて感謝している」
差し出された包みに、セレスは手に髪飾りを持ったまま、目を大きく見開いて完全に固まってしまった。
「セレス?」
私が遠慮がちに声をかけると、彼女はようやく我に返ったように髪飾りをテーブルに置き、ジェイクが差し出した包みを受け取った。
「あ、ありがとう。開けても?」
ぎこちない様子で確認を取りジェイクが頷くのを確認して包みを開ける。
中から出てきたのはオニキスを編み込んだ皮ひものブレスレットだった。
セレスはブレスレットをそっと手に取り、反対の手首に通す。紐を締め、手を目の高さまで上げブレスレットをキラキラした瞳で見つめる。
「ありがとうジェイク。大切にする」
キラキラした瞳のままお礼を言うセレスが、本当に嬉しそうで、少し複雑な気持ちになる。
気になってジェイクへと視線を向けてみても、彼の表情に特に感情の動きは見られない。
ジェイクはセレスのことをどう思っているのだろう…。
考えてしまったその思考に、池の畔での彼の顔が浮かび、胸が酷く痛む。
誤魔化すように紅茶に口をつけ、意識してゆっくりとカップをソーサーに戻し、セレスに笑いかけた。
「素敵ねセレス。よく似あっているわ」
私の言葉に、彼女は紅潮した頬のまま花のような笑みを浮かべ私へ振り返った。
「ありがとうルイーズ。髪飾りもブレスレットも、こんな女の子らしいものを贈ってもらうなんていつ以来か分からない。本当に嬉しいよ。ルイーズ、ジェイク、ありがとう!」
セレスは本当に素直で、大人で、優しくて、可愛くて…。
私はそんな彼女と比べて自分が酷く醜く感じられて哀しくなってくる。
20歳まで生きて、私は一体何をしてきたんだろう…。
私は彼女のように真っ直ぐに生きられない。
自分が生きていくのに精一杯で、誰かに助けられてばかりで…。
そんなふうに考えて、どんどんと気分が落ち込んでいく。
私は小さく頭を振ると「喜んでもらえて嬉しいわ」とセレスに笑みを返し、続けて、精一杯の笑顔を浮かべてジェイクへ声をかけた。
「ジェイク、一日付き合ってくれてありがとう。夕飯を用意するから食べていってね。できればセレスがいてくれる間は休みごとに一緒に食事ができると嬉しいのだけど」
そう言って、私は返事を待たず台所へと向かった。
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「で、ルイーズとは進展があったのか?」
ルイーズが食事の支度をする為に部屋を出て、扉が閉まるのを確認した途端、セレスはジェイクへと問いかけた。
突然の問いかけにジェイクは硬直してしまう。
何と答えていいものか思案して、口から出た言葉は「…いや…」という一言だけだった。
「ジェイク。私は諦めるつもりはないが、ジェイクの気持ちはわかっている。そして、ルイーズの顔を見れば何かあったんだろうくらいはルイーズみたいな力がなくても分かる」
そこまで言って一口紅茶を飲むと、改めてジェイクへ視線を向ける。
「…
そう言うと「私は暫く部屋に籠っている。片付け頼んだぞ」と言い残してセレスはダイニングルームを出て行った。
セレスの後ろ姿を見送って、ジェイクはテーブルに肘をつき手を組むと、その手に額を押し当て項垂れた。
「…はぁ…」
大きくため息をついて、顔を上げ、テーブルに残されたティーセットに目をやる。
組んでいた手を外し、片手の指で額を支え、そのまま暫く考え込む。
やがて決心がついたように立ち上がると、ティーセットをトレイに纏め、ジェイクは台所へと足を向けた──。
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ダイニングルームを出て真っ直ぐに台所へと向かう。
何を作ろうかと意識的に考えながら台所へ入り、最奥の収納庫の前に立つ。
収納庫の扉を前にして立ち止まり──。
どこを見るでもなく、何をするでもなく、ただ茫然と立ち尽くしてしまっていた。
振り払った思考が蘇る。
私は独りでは何もできない──。
セレスのように強く、優しく、人を思いやり生きることもできない。
ジェイクのように誰かの支えになってあげられるような人間でもない。
料理や家事はできても、
生まれ変わっても…結局、誰かに愛してもらえるような人間にはなれないんだ…。
前向きに生きようと思っても、この卑屈な考えも捨てられない。
私は収納庫の扉に額をつけもたれかかる。
瞬きをすれば、ポタリと雫が落ちた。
何より──。
こんな力があるせいで、大切な人の傍にいるのが怖いなんて──。
一粒雫が落ちてしまえば、堰を切ったようにポトポトと涙が頬をつたい落ちる。
私はズルズルとその場に崩れ落ち、膝をついた。
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