18-1.プレゼント

2人並んで腰を降ろし、静かな池のほとりでサンドイッチを頬張る。

大した会話はないけれど、鳥のさえずりや風の音を聞き、豊かな自然の中で並んでいると、妙に落ち着いて、食事も普段食べるよりもずっと美味しく感じられた。


「…こんなふうに、外で景色を楽しみながら食事をするのは本当に久しぶりだわ」

「少しは気晴らしになったか?」


感慨深く漏らした私に、ジェイクは私の視線を追うように揺れる木々を見上げ問いかけてくる。

彼の言葉に「ええ。とても」と短く返した私は、隣に座る彼へ顔を向け心からの笑みを浮かべた。


「ありがとうジェイク」


私の言葉に、短い沈黙の後小さく「…いや…」とだけ言葉が返ってくる。

そんな彼の反応を不思議に思ったけれど、私から顔を逸らした彼の耳が僅か赤くなっているのに気付き、真正面からお礼を言われたことに照れているのだろうと思うと少し可笑しくなった。


昼食を食べ終わり、ゴミを片付けていて、ふと鞄の中の包みに目がとまる。


「あ…。そうだジェイク…」

言いかけ、鞄の中の包みを取り出そうとした私の頭に、ふと何かが触れる気配がする。


「…?」


不思議に思い顔を上げると、ジェイクが私の髪に何かを触れさせていた。


「ジェイク?」


私が彼を見上げ問いかけると、彼は優しく笑みながら「似合うと思ったんだ」と私の目の前へ綺麗な水色の髪飾りを差し出す。

それは土台に幾つかの石が花びらのようにしつらえられた、ターコイズの髪飾りだった。


差し出された髪飾りに恐る恐る手を伸ばす。

「…私に…?」


問いかける私に彼は「ああ。ルイーズに」と答え、伸ばされた私の手を取り、もう片方の手で髪飾りを握らせる。

髪飾りを受け取り、私は両手でそっと包み、髪飾りを撫でる。


「嬉しい」


素直にその言葉だけが私の口から漏れた。

いつも下したままの髪をハーフアップに纏めて、早速髪飾りを着けてみる。

ここに来てから随分慣れたとはいえ、やはり余裕がなかったのか、髪を結うとか飾るとかそんなこと考えることもなかった。

髪に着けた飾りをもう一度手で触れ、くすぐったいような、何とも言えない嬉しい気持ちになって、隣でじっと見守ってくれているジェイクに「…どうかな?」と問いかける。


「ああ。よく似合ってる」


私の問いかけに彼は優しく笑んで、片手を伸ばし、そっと私の頬に触れてくる。

その行動に、一気に熱が上り顔が熱くなる。

どうしていいのか分からず目を泳がせていると、ジェイクは自分の行動に今気付いたというように、「すまない」と言って慌てて手を引いた。


「…あ…。えっと…大丈夫…気にしないで」


とは言うものの、気にしているのは自分の方だなと思いながら、慌てて俯き彼から顔を逸らす。

逸らした先に鞄から出しかけた包みを見つけ、私は深呼吸をしつつ改めて包みを手に取った。


「あの…ジェイク。私からも貴方に贈りたいものがあるの」


一つ大きく深呼吸をして顔を上げ、ジェイクに包みを差し出す。


「俺に?」


驚いたように私を見て、一瞬止まってしまったけれど、すぐに私から包みを受け取ってくれる。

「開けていいか?」と問われ、私が頷くとジェイクはそっと包みを開いていく。

中身を見て数度瞬いたまま止まっている彼の手から、その中身を手に取り、膝立ちになりながら説明する。


「ガーネットよ。戦地へ赴く兵士が、ケガをせず生還できるためのお守りとして持っていたって話を母から聞いたことがあったの。ジェイクもこれから騎士として危険な仕事に就くこともあるのでしょう?」


言いながら、彼の首にガーネットの首飾りをかける。

穴を開け革ひもを通したガーネットがジェイクの胸に落ちる。

それを視界に収め一瞬硬直したようになっていたジェイクに、次の瞬間には強く抱きしめられていた。


「?!…ジェイク?」


言葉もなく強く抱きしめる彼に、問いかけるように名を呼ぶけれど返事はなく、ただ何かを堪えるように深く息をする気配だけがする。

そうして暫くすると、不意に抱きしめる力が緩み、すっと身体が放れていく。

彼の手が私の両腕を掴み、私を真っ直ぐに見据えてくる。


「ありがとうルイーズ」


そう言う彼の顔を見て、ドキンと心臓が嫌な音を立てる。

ジェイクと出逢ってから一度も見たことのない、何かを隠しているような顔──。


どうして──。


喜んでくれていない訳ではない。

それは判る。

なのに何か、自分の気持ちを誤魔化しているような、そんな表情が見て取れる。


今日一日の、楽しかった気持ち、嬉しかった気持ちが一気にしぼんでいく。


表情に出てしまいそうで、私は慌てて顔を逸らすと、立ち上がってハンカチを拾い上げた。


「帰りましょうか」


何とか明るい声を心掛けて出した言葉が震えてしまったような気がする。

「ああ」と短く返事を返してくれた彼が気付いていないことを祈りつつ、私たちは帰路へとついた。






馬車の中では気まずくなるのが怖くて寝たふりをしている内に本当に寝てしまっていた。


「着いたぞルイーズ」


薄っすらと覚醒しかけたところへかけられた言葉で目を覚ますと、ジェイクに寄りかかり、馬車の揺れで倒れこまないよう、抱きしめるように支えられていた。


「あ、ごめんなさい」

慌てて身体を起こし、ジェイクに手を取られるまま馬車から降りる。


恐る恐る見上げた彼の顔からは表情は消えていた。


馬車を降りてから、ぼーっとした頭のままジェイクに手を引かれ、ただ黙って家まで歩いた。

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