15.安息を待つ

あれからモーティマー家からの接触もなく、特に私の周りで何か起こることもなく、平和な日々が続いている。

事件にでもならない限り、噂になるようなことでもないし、本当に何も聞こえてこない。


何も問題ないのであれば、職探しをちゃんとしたいところなのだけれど、行先の知れている所に出かけて、何かあると嫌なので、どうなったか連絡があるまでは職探しも中断中だ。


「ルイーズ、ジェイクが帰ってきたら、こちらに来てくれるよう、クロフォード家に伝えてきたぞ」


買い物と伝言を頼んであったセレスが扉を開けるなり、声をかけてくる。

買い物くらい行きたい気もするけれど、家を知られていないなら、家にいる方が安全だと、セレスが買い物やなんかは全て請け負ってくれている。

日数が経って、少し緊張が解れた感はあるけれど、セレスはきちんと私の身の安全を考えてくれていて本当に有難い。

私はセレスに「ありがとう」と言って、買ってきてくれた品物を受け取った。


明日は休日なので、今日の夕刻にはジェイクは家に戻ってくる。

私一人の時には夕飯に誘っても来てくれたことはないけれど、今日こそは是非とセレスにクロフォード家への伝言をお願いした。

例の話もしたい、色々とお礼をしたいこともある。

今はセレスも一緒に暮らしているし、来てくれることを期待して料理に取り掛かることにした。


「なぁ、ルイーズ。いつも料理を作ってくれているのを見て思ってたんだが、お前は料理はどうやって覚えたんだ?」

「…10歳までは母親に簡単なものを教えてもらってたし、そこから先は料理も掃除も家事ほぼ全てやらされていたから。下手なもの作れば殴られるから、本を読んで勉強したりしてね」


食材を刻んでいる後ろから覗き込むようにしながら訊いてくるセレスに答えながら、ふと日本でのことを思い出す。

地獄のような日々だったけれど、独りで生きていくための力も、このもあの人たちのおかげで身についたとも言うのね。


「そうか。ルイーズは凄いな。嫌な思いも沢山しただろうが、その経験で培われたものがちゃんと役立てられている」


切った生野菜をつまみ食いしながら言うセレスに、思わず目を瞬く。

そんな風に褒められたことは初めてだ。

…というか、考えてみれば私の人生、一番多くを過ごす家庭で褒められたことなど両親の死以降皆無だったな。

セレスと話していると、今まで考えもしなかったことに思考が向いていく。

けれど、セレスとしてはいつも通り、自分が考えたこと思いついたことを次々話しているだけなのだろう。


「しかも、料理や掃除、家事全般ができるというのは「女子力が高い」と言うのだろう?やはり男性はそういう女性の方が好みなのだろうか」


なんとも女の子らしい疑問だ。

セレスの言葉に、ジェイクの顔が思い浮かぶ。


「…ジェイクはそんなこと拘らないんじゃない?」

そう思ったままに口にすると、セレスの頬が赤く染まる。

「そ、そうか?」

少し嬉しそうに言うセレスが、いつもと全然雰囲気が違って、とっても可愛らしいと思えてしまう。


セレスはサバサバしているし、話し方や態度は女性らしいとは言い難い。けれど、自分の感情に素直で、言葉にも行動にも出して、可愛らしいと思う。


私も両親が亡くなるまでは、こんな風に女の子らしく、好きな男の子がいたり、両想いになることを夢見たり、色んな未来を夢見ていたな。

でも、今の私は…他人ひとから見てどうなのだろう?

…幸せになりたいと思う。

私を愛してくれる、家族になってくれる人に巡り逢いたいと思う。

でも…今の私って凄く中途半端よね。


「ところでルイーズはこちらに来てから、ジェイク以外で親しくなった人間はいないのか?」

唐突な問いかけに思考が途切れる。

「…そうね。ジェイクとセレス。あとはクロフォード家の人だけね」

答えながら、少し物悲しくなってくる。

新しい人生を生きると決めてここへ来たのに、過去の経験のせいで臆病になっているところがある。


「そうなのか?なら、今度少し落ち着いたら私の友人を紹介しよう。まあ、どこかに腰を落ち着けているような奴は少ないがな」

「ありがとう。ぜひお願いするわ」


セレスの友人なら、きっと素敵な人たちだろう。

いつかセレスのように旅に出てみるのもいいかもしれないな。

そんなことを考えながら、着々と夕飯の支度を進めていった。






コンコン


陽が沈みかけた頃、夕飯の準備が出来上がり、テーブルにある程度並べたところで、玄関扉をノックする音が響く。


躊躇いなく扉を開けたセレスの「ジェイク!待っていたぞ」という嬉しそうな声が部屋まで届いた。

来てくれたのだと嬉しくなる半面、何とも律儀な人だなぁと苦笑いしてしまう。


確かに今日こそはとは思っていたけれど、信頼しているジェイクだからと夕飯に誘っても、女性1人のところへは…と、一度も来てくれなかったのに。

…それとも来てくれたのか…。


セレスに背中を押され、部屋に入ってきたジェイクの姿を見て、軽く頭を振ってから笑顔を浮かべる。


「ジェイク、いらっしゃい。来てくれてありがとう」

「ああ、こちらこそ誘ってくれてありがとう。お邪魔します」

「何を改まっている。ルイーズの料理は美味いぞ。冷めない内に食べよう!」


クロフォード家で話した以来で、何だか改まった様子のジェイクをセレスは容赦なく押し進め、席に着かせる。

そんな様子に苦笑いを浮かべながら、私も最後にスープをテーブルへと運び、席に着いた。


「どうぞ。冷めない内に食べてね。お口に合うかは分からないけれど」

「口の方を合わせれば大丈夫だ。ルイーズの料理は美味いぞジェイク」

「確かに美味そうだ」


私の言葉に、セレスが嬉しそうに勧め、ジェイクも料理を見渡して感心したように言葉を漏らす。

「いただきます!」とセレスが遠慮なく食べ始めるとジェイクもそれに続いて料理を口に運び「本当に美味いな」と声を漏らし、次々に口へと運んでくれる様子を見て、私は安心して一つ息を吐いた。


食事の間はこの1週間のジェイクの騎士としての仕事の内容等を差し障りのない範囲で聞いたり、私とセレスの話をしたりと、雰囲気が悪くならないように、例の話は後回しにした。

食事が終わり、テーブルの上を片付け、お茶の準備を済ませて、ようやく私が腰を落ち着けると、皆黙って一口だけお茶に口をつけた。


「…で。ジェイク、例の件はどうなったかお前は聞いているのか?」


セレスが口火を切る。


「いや、何も聞いていない。お前たちの方にもまだ何も話はきていないのか?」

「ええ。あれから音沙汰なしよ」


セレスの問にジェイクは首を左右に振り答えながら、私とセレスへ視線を向ける。


「そうか。俺の方はお前たちがジーンに会うと言っていた日に、ユージン隊長とケネス隊長に呼び出されて、ルイーズについて訊かれた以外何も知らされていない。結局あの日、どうなったんだ?」


ジェイクには、リアム様に騎士立ち合いの元会談をお願いしてみるという話を手紙にしてセレスに届けてもらった以外、私たちからは何も伝えていない。

ジェイクの視線を受けて、私はあの日のことを簡単に説明した。


「あの日、侍従のジーンだけが来る予定だったのだけれど、予定外にリアム様もカフェに来られたの。それで手紙で知らせていた通り、騎士の立ち合いの元会談をお願いしたら、すぐに話をつけてくださって、騎士宿舎でそのまま会談になったの。ケネス隊長が立ち合ってくださって」


リアム様との会話、ケネス隊長へ言ったことを掻い摘んで伝えると「なるほど。それでケネス隊長がルイーズのことを…」とジェイクは軽く頷いた。


「俺の方は、ケネス隊長にルイーズのことを訊かれただけで、後は任せてくれと言われている。ルイーズの安全に関しては俺も気になるところではあるが、イアンのことに関しては立場的に俺は部外者だからな。隊長たちに任せて待っているしかないだろう」

「そうね」

「そうだな」


ジェイクの言葉に、セレスも私も短く答え、お茶を口に運んだ。

モーティマー家の問題である以上、私やセレスも部外者だ。

ジェイクの言う通り、リアム様が頼ったであろう隊長たちに任せて、事が解決するのを待つしか私たちにはどうすることもできないだろう。

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