6.品定め再び…?
「先日は助言いただき感謝しております。調査したところ、貴方の助言通り、彼らはグレイス…妹と懇意になることを狙って、近づいてきたようです」
「…そうですか。お役に立てたようで幸いです」
声が震えそうになるのを何とか抑え、言葉を絞り出す。
パッと見には紳士に見えた助けた方の男性も、私から見れば厭らしい顔つきにしか見えなかった。
その上、ぶつかってきた男が去り際、助けた方の男性と目配せしているのも見て取れた。
だからあの時、リアム様に助言したのだ。「あの男性、信用しない方がいいと思いますよ」と。
リアム様は、最初から周り全てに警戒するような眼差しを向けられていたから、大丈夫だとは思っていたけれど。
リアム様は、優雅な仕草で用意されたお茶を一口飲むとカップを戻し、じっと私を見つめてくる。
品定めするようなその視線は、ケネス隊長とはまた違う鋭さを持っていた。
「貴方は"転写者"だそうですね。"転写者"というのは、何か特別な
「いえ、そんなことはありません。私も何も特別な
どうしても、品定めするようなその視線に、目を合わせることができず、俯き加減になりながらも、変な誤解をされては困ると慌てて否定の言葉を紡ぐ。
それに対して、彼は質問を重ねていく。
どうやら、ジーンが言っていた「お願い」をできる相手か見極めたいらしい。
「では、ルイーズ嬢はなぜあの男が信用してはならぬ者だと思われたのか、お教えいただけませんか」
「それは…」
思わず言葉に詰まる。
ジェイクには、出逢って割とすぐに理由も全て説明した。
それは彼になら話してもよいと思えたから。
リアム様は…敵意、悪意の類は感じない。けれど…品定めするような、その瞳が怖い。
別に話したからと言って、悪用のしようもないけれど。
「あの…。申し訳ありません。その話はしたくありません」
小さく返しながら、少しだけ視線を上げてリアム様を見返す。
彼はこれといって感情を動かされた様子もなく私を見つめているだけだった。
「…どうしても、その理由を申し上げなければならないのであれば、友人を1人同席させた上でお願いします…」
何とか聞こえるだろう程度の声で返すと、彼は躊躇いもなく「分かりました」と返し、言葉を続けた。
「では、理由に関してはお答えいただかなくて結構です。代わりに、先日と同じようにその人間が"信用できる人間か否か"確かな判断ができるかどうかについてはお答えいただけますか?」
「…それはどういう…」
「例えば…そうですね、例えばモーティマー家に雇い入れたい人間がいたとして、その者がモーティマー家もしくは、私や妹に害成す人間でないかを判断する…というようなことですね」
彼の問いに戸惑いがちに返すと、彼は少し考えて例を挙げ答えてくれた。
それはつまり…
私に品定めして欲しいと…?
そういえば彼は、職業紹介所で「信頼できる人材が欲しい」と言っていた。
そう考えて、私はどう答えるべきか考えを巡らせた。
別にこの力を使ったからといって、私に害はない。
私が生きていく為に身についただけの力なのだし。
「…できると思います。余程上手く隠されていない限りは」
今度は、リアム様をしっかりと見つめ返し答える。
リアム様も、私の言葉に嘘がないか、私の目をしっかりと見つめ返す。
「…そうですか。探るような真似をして申し訳ありません。ジーンからもお聞きかと思いますが、貴方にお願いしたいことがあり、その前にどうしても確認したかったのです」
一度大きく息を吐くと、彼はようやく本題を話し出した。
「実は、
彼の言いたいことは何となく分かる。
家柄や職業など、"信用のおける人間"と判断する要素はあったとしても、それで本当に本人が信用できる人間かと言えば、それはまた別問題だろう。
「家柄や今雇っている者の身内から選んだとしても、当人が本当に信用できる人間かどうかはまた別の話です。だからと言って、他に判断する方法もない」
彼は大きくため息を吐く。
しかし、そのすぐ後には、真っ直ぐに私の目を見て話を続ける。
「ですから、あの一瞬で人の本質を見抜くような判断をできた貴方の力をお借りしたいのです」
リアム様の言いたいことはよく分かった。
確かに、ほぼ確実に信用できる人間か否かを見極められる力があるなら、高貴な身分になればなる程、頼りたいところだろう。
身分が高くなればなる程に、取り入ろうとしたり、利用しようとしたり、果ては暗殺しようとしたりする者が出てくるだろうから。
そこまで考えてから、はたと気づく。
もしかして私のこの"人を見る目"というのは、この世界では非常に役に立つものなのか…と。
同時に恐怖も沸いてくる。
非常に役に立つ…イコール、これは安易に人に知らせるべき能力ではなかったのではないか…と。
ああ…失敗した。
何とか断って、他言無用に…。
いや、1回限りで引き受けて、それと引き換えに今後一切の接触禁止と緘口をお願いした方が確実か。
私はリアム様から視線を逸らし、考えを巡らせる。
そして考えた結果出た言葉は…。
「少し考えさせてください」だった。
今、この場で即断で判断するのは避けたい。
自分の落ち着く場所で色々な可能性も含めてちゃんと考えたい。
何が最善かを。
そう思って口をついた言葉だったが、リアム様は少し残念そうにしながらも頷いてくれた。
「分かりました。こちらもお願いする立場ですので、お返事はお待ちします。ですが、なるべく早く取り掛かりたいことでもありますので、2日後までにお返事をいただけますでしょうか」
「分かりました。2日後には必ずお返事を」
私がそう返すと、彼は少し安堵したように息を吐いた。
「では、2日後にはジーンをルイーズ嬢のお宅へ向かわせます」
返事を聞くための手段を提案されたが、これには少し焦った。
家に来られるのは避けたい。
目立つのも困るし、家を特定されるのも怖い。
「あ、いえ。どこかお店でお願いします。えーと…確か、国立図書館の近くにカフェがありましたよね。あそこで。開店の時間に。お願いします」
慌てて頭をフル回転させ、適当な場所を挙げると、リアム様は訝しむ様子もなく「分かりました」と頷いてくれた。
「では、2日後に。本日は突然ご足労いただいて申し訳ありませんでした。お宅まで馬車で送らせます。どうぞ」
リアム様は立ち上がると、来た時と同じように胸に手を当て軽くお辞儀をして、私を馬車へ案内すると促してくる。
「いえ、あの…」
家を特定されるのは嫌なんです。
とは流石に言えないので、歩いて帰りますと言ってみるものの、無理やり連れてきたのにそんな訳にはいかないと譲ってもらえない。
「イアン、ルーズ嬢をお送りしてくれ」
部屋の外に控える侍従らしき若者にリアム様が声をかけると、呼ばれた若者は恭しく礼をした後、私へ向き直り、私を馬車へと促した。
しかし、イアンと呼ばれた彼が、私へ向き直った瞬間──。
私は全身に鳥肌が立つのを感じた。
怖い──。
何これ。何この人。
何なの…。
怖い。怖い。怖い。怖い……
嫌だ!
全身が彼を拒絶する。
別に見た目が怖い訳じゃない。
私より少しだけ背の高い彼は、表情こそあまり動かないものの、整った身なりで丁寧な対応をしている。
目に見えては、愛想はないけれども、それなりにできる侍従といった感じだ。
けれど、その無表情の向こうから感じるものは、私が今までに感じたこともない程、仄昏いものが漂っていた──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます