第17話 才能は認めます2


「明日果、元気ない?」

「えっ?」

 かなたに顔をのぞきこまれて、私はハッとなる。

 毎週土曜のいつもの待ち合わせ。

 私とかなたは南公園のキリン像にもたれかかるように立っていた。

「何かあった?」

「ううん、別に……」

「じゃあ、頭が痛いとか?」

「だいじょうぶ……」

「それならいいけど」

(惺也、来ないな……)

 小さなため息が出る。

(やっぱり、ダメだったんだ……)

――いつも通り楽しんで書いてくれれば、きっと惺也をひきつける物語が生まれる――

(理輝くんはあぁ言ってくれたけど……)

 きのう、惺也はだまってノートをつき返してきた。

(惺也の心を動かせなかった……、くやしいな……)

 かなたが空を見上げる。

「くもってるね」

「そうだね……」

 今の私の心の中みたいだ。

「明日果、かさ持ってきた?」

「折りたたみをバッグに入れてる」

「カナも」

 かなたの手がツイとのびて、私の服のすそをつまんだ。

「明日果、せっかくかわいい服着てきたのに、ぬれちゃうかも」

「梅雨の季節だから、しかたないよ」

「うん……。あっ、新川くん来た!」

 かなたの声に顔を上げる。

 いつものように春風をまとって理輝くんはほほ笑んでた。

 どんよりした天気でも、理輝くんの周りだけはさわやかな風がふいているように見える。

「2人ともお待たせ。じゃあ、行こうか」

「うん」

「? 明日果ちゃん、具合でも悪い?」

「え……」

 理輝くんが心配そうに私を見ていた。

「もし体調がすぐれないなら、今日は無理しなくていいよ? 榎原さんの絵をデータにインポートして動かしてみるだけだから」

「ううん、だいじょうぶ」

 私は口もとにクッと力を入れて笑って見せる。

「かなたの絵が動くところ、私も見たい」

「そう? じゃあ、行くよ?」

 最初の日と同じように、自転車をおしながら進む理輝くんに、私たちはついていく。

「……」

もう一度、キリン像前をふり返る。

(やっぱり、来ないよね……)

胸の奥がツキリと痛んだ。


「……ぇえ!?」

 理輝くんの部屋に足をふみ入れた瞬間、思わず声が出た。

 初めにここに来た時と同じ光景が、そこにあった。

「……」

 惺也が、部屋の中央のテーブル前でジュースを飲んでいる。

 私たちから目をそらし、少し気まずそうな顔つきで。

「理輝くん、郷田くんが……」

「協力してくれるんだって!」

 うれしそうに笑って、理輝くんが惺也の首にうでを回す。

「ね、惺也」

「ウッザ、からむな」

 言いながらも、惺也はあの時のようにどなったり立ち上がったりしない。

(惺也が、戻ってきた……)

「何だよ、ジロジロ見んな」

 私をにらみながら、惺也がボソリと言う。

 でもなぜか、いやな感じもこわい感じもしなかった。

「榎原さん、絵のデータもらっていい?」

「うん」

 ノートPCを立ち上げた理輝くんのとなりに、かなたが座る。

 交代するように、惺也は私の横に移動してきた。

 理輝くんはUSBケーブルを取り出し、スマホとPCをつないでいる。

「……」

 ジュースを飲みながら、惺也は無言で私のとなりに立っている。

(え~っと……)

 なんて声をかければいいんだろう?

「……き、来てくれて、ありがとう」

「は?」

 何とかしぼり出した声を、惺也はあっけなくはじき飛ばす。

「お前に礼言われるすじあいないし」

「デスヨネ……」

 ずじゅるぅ~……と、ジュースがストローを通って飲み干される音がした。

 惺也はグラスをテーブルに戻す。

 PC前では理輝くんとかなたが作業を続けていた。

「お前さ」

「はいっ?」

 惺也に話しかけられ、思わず身をすくめる。

「なんで理輝と名前で呼びあってんの?」

「ゲーム作り仲間になった時、なんとなく? そうしよう、みたいな感じになって」

「ふ~ん」

 惺也はつまらなさそうに返事をする。

 やがて眼だけ動かして、こっちを見た。

「じゃ、オレもお前のこと明日果って呼ぶわ」

「え!?」

「そっちもオレのこと、名前で呼べばいいし」

「……」

「いやなのかよ」

「いや、じゃないけど、それは……」

「は? じゃあ、理輝だけは特別ってことか?」

「べっ!? ちがっ……!」

 私のひっくり返った声に、理輝くんとかなたが顔を上げる。

 私は「なんでもない」と言うふうに、2人に手をふって見せた。

「……ちがうし」

「フン、どうだか」

「わかった。そっちのことも名前で呼べばいいんでしょ」

 私はキッと惺也に向き直る。

「せ……!」

「……」

 あ、あれ?

 惺也のこと名前で呼ぼうとすると、すごくきんちょうする。

(頭の中ではいつも、惺也って言ってるのに……)

「せ……っ」

「……」

「惺也……」

「は?」

「!?」

「お前、理輝のことは『理輝くん』で、オレは『惺也』かよ」

「!」

 しまった!

 いつも心の中で呼んでる時のくせで、呼び捨てにしちゃった!

「じゃなくて、くん! 惺也くん!」

「今さら、おっそ」

「まちがえたの! 惺也くん!」

「いーよ別に。『くん』つけなくて」

「そ、そういうわけにも……」

「いいから、『くん』つけんな。キモい」

 キモい、て。

「そう言うことだから。お前、今日から『明日果』な」

 今日からって、元々、それ私の名前なんですけど!

 意味わからん!

「明日果ちゃん」

 理輝くんから名前を呼ばれて、私たちは口をつぐむ。

「惺也も。ちょっとこっち側に来て」

「なんだよ」

手招きしている理輝くんのそばに移動した。

「見てて、これ」

4対の視線が、ノートPCの画面にそそがれる。

理輝くんの指が、カチリとマウスを鳴らした。

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